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シンセサイザー鍵盤狂漂流記 その265 ~MoMAコレクション的、永久保存ライブアルバム パート1国内盤編~

2025-10-27

テーマ:音楽ライターのコラム「sound&person」, 音楽全般

美術館でいうところのライブ盤永久コレクションを考える

今回からは、ライブアルバムの名盤特集を展開したいと思います。
これまでも様々な特集の中で、ライブ盤やライブ楽曲を単発で取り上げたことはありましたが、「ライブアルバム」という括りでの特集はしていなかったことに気づきました。

ニューヨーク市のマンハッタン53丁目には、Museum of Modern Art(MoMA)、通称ニューヨーク近代美術館という、20世紀以降の膨大な近代美術を集めた美術館があります。1980年、私は学生の時にMoMAを訪れ、開催されていた「ピカソ展」を幸運にも鑑賞することができました。チケットは完売で途方に暮れていたところ、偶然にも近くにいたご婦人から「あなたにあげるわよ」とチケットを譲っていただき、偶然にも入場できたのです。『ゲルニカ』や『アビニヨンの娘たち』といったピカソの大作に接し、深く感動したことを今でも覚えています。

そのMoMAには、「MoMAコレクション」と呼ばれる永久収蔵品があります。いわゆる名品といわれる収蔵品のことで、この収蔵品はMoMAのお墨付きを得た作品として販売されています。MoMAコレクションに選ばれることは作家にとって大変な名誉です。デザイン的に優れ、普遍的な品質などが評価された作品のみが永久収蔵品となります。
今回は、そんなMoMAコレクションに匹敵するような、「ライブアルバム」の超名盤を取り上げ、ご紹介できればと考えております。

矢野顕子というミュージシャン

当時の私にとって矢野顕子とは、YMOのサポート・キーボーディストで、流暢なピアノを弾きながら奇妙で面白い歌を歌うミュージシャン、という印象でした。リトル・フィートと共演したファーストアルバム『JAPANESE GIRL』とセカンドアルバム『いろはにこんぺいとう』を軽く聴いた程度。
ライブでは、渡辺香津美さんのKYLINバンドでそのパフォーマンスを見たことがあるくらいで、好んでアルバムを聴くというほどではありませんでした。
しかし、大学1年生の夏、合宿帰りのバスの中で聴いた“あの曲”だけは忘れることができず、私の記憶の底にワインの澱のように沈殿し、決して消え去ることはありませんでした。

■ 推薦アルバム:矢野顕子『東京は夜の7時』(1979年)

先日、SNSで一枚の写真を見て、非常に興味を惹かれた。その白黒写真に写っていたのは、矢野顕子本人と、坂本龍一(key)、高橋幸宏(ds)、細野晴臣(b)、松原正樹(g)、浜口茂外也(Per)、そして山下達郎、吉田美奈子という、ライブ直後のグループショットだった。
「なんだ?この面子は!?」
この顔ぶれによるライブアルバムがリリースされていたとは、全く知らなかった。国内の名盤はほぼ聴いてきたと自負していた私にとって、それは一つのカルチャーショックでもあった。そして、こんな素晴らしいメンバーによるライブ盤を聴いていなかったとは、随分と損をしていたような気持ちになった。
聴いてみると案の定、そのサウンドに驚愕しました。ライブの名盤が、ここにあった。

推薦曲:「行け柳田」

話は、大学時代の夏合宿へ向かうバスの中に遡る。記憶の底に澱のように残っていた曲、それがこの『行け柳田』だ。初めて聴いたのは、音楽学科ピアノ専攻で後にプロになった同級生から教えてもらった時だった。ずいぶん可笑しくてとぼけた曲なのに、なぜかカッコイイ、というのが当時の私の感想だった。この曲は、読売巨人軍の柳田真宏選手をテーマにしている。

私が聴いたのは、1977年リリースのセカンドアルバム『いろはにこんぺいとう』に収録されたオリジナル版。マニピュレーターに松武秀樹を招いたかなり先進的なアルバムで、YMO結成前夜のセッションがベースになっている。今聴くと、サビのファンキーさを強調するためにホーナー社のクラビネットが使われているのが分かる。

一方、このライブ盤でのリズムセクションは、ベースは同じく細野晴臣ですが、ドラムは高橋幸宏。キーボードは坂本龍一で、まさにYMOだ。
私が驚いたのは、ライブという状況もあるかもしれませんが、『いろはにこんぺいとう』収録のバージョンとはグルーヴに大きな差があること。ライブならではのうねり具合が半端ないのだ。特に後半部分のグルーヴは素晴らしいの一言!高橋幸宏、細野晴臣、浜口茂外也、そして矢野顕子のアコースティックピアノが混然一体となり、音の塊となって耳に飛び込んでくる。
高橋幸宏、細野晴臣、坂本龍一といえばYMOなのだが、この16ビートのグルーヴはYMOのそれとは全く異なり、とにかくうねりまくっているのだ!アウトロ部分で松原正樹の短いギターソロが入るが、あのKIKYNバンドの幻影がハッキリと聞こえてくる。音楽として最も心地よい瞬間の記録が、ここに存在している。

推薦曲:「Waterway backward again」

私はこの曲を聴いて、すぐにKYLINバンドの曲だと理解したが、そうではなかった。矢野顕子の曲をKYLINバンドが演奏していたのだ。KYLINのライブでは、渡辺香津美のギターとのデュオで演奏されている。

推薦曲:「いもむしごろごろ」

「いもむしごろごろ、ひょうたんぽっくりこ」という、人を食ったような歌詞。この言葉だけで、アメーバのように歌い回しを変えながらグルーヴに乗る。歌詞そのものをグルーヴさせる彼女の感性は、ワン・アンド・オンリーなもので、誰にも真似することはできない。
坂本龍一のシンセサイザーと矢野顕子のアコースティックピアノが楽曲の輪郭を描き出していく様は、YMOとは主客が逆だ。
サビの部分の、サウダージを感じさせるメロディが心地よい。よく歌う矢野顕子のピアノソロは、このライブで最も美しい瞬間かもしれない。そんな素晴らしい音楽の断片が記録されているのは、ライブ盤ならではといえるだろう


今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲

  • アーティスト:矢野顕子、細野晴臣、高橋幸宏、坂本龍一、松武秀樹、松原正樹、浜口茂外也、渡辺香津美など
  • アルバム:『東京は夜の7時』
  • 推薦曲:「行け柳田」「Waterway backward again」「いもむしごろごろ」

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鍵盤狂

高校時代よりプログレシブロックの虜になり、大学入学と同時に軽音楽部に入部。キーボードを担当し、イエス、キャメル、四人囃子等のコピーバンドに参加。静岡の放送局に入社し、バンド活動を続ける。シンセサイザーの番組やニュース番組の音楽物、楽器リポート等を制作、また番組の音楽、選曲、SE ,ジングル制作等も担当。静岡県内のローランド、ヤマハ、鈴木楽器、河合楽器など楽器メーカーも取材多数。
富田勲、佐藤博、深町純、井上鑑、渡辺貞夫、マル・ウォルドロン、ゲイリー・バートン、小曽根真、本田俊之、渡辺香津美、村田陽一、上原ひろみ、デビッド・リンドレー、中村善郎、オルケスタ・デ・ラ・ルスなど(敬称略)、多くのミュージシャンを取材。
<好きな音楽>ジャズ、ボサノバ、フュージョン、プログレシブロック、Jポップ
<好きなミュージシャン>マイルス・デイビス、ビル・エバンス、ウェザーリポート、トム・ジョビン、ELP、ピンク・フロイド、イエス、キング・クリムゾン、佐藤博、村田陽一、中村善郎、松下誠、南佳孝等

 
 
 
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