稀代のシンセシストでありフェンダーローズピアノの使い手
日本を代表する音楽家、坂本龍一さんが3月28日にお亡くなりになりました。71歳でした。心よりご冥福をお祈り申し上げます。
前回の特集パート1では坂本さんの鍵盤楽器ソロの魅力として「メロディアス」をテーマに、南佳孝さんのアルバムや高橋幸宏さんのアルバムから抜粋して紹介をしました。
今回も同様に渡辺香津美さん率いた「KYLIN(キリン)」バンドや山下達郎さんのアルバムから坂本さんのメロディアスなソロや楽曲を取り上げます。
坂本さんの晩年はピアノソロにおける活動が多く紹介されてきましたが、そのフィールドはアコースティックピアノだけではありません。
シンセサイザーの使い手でもある坂本さんから発せられるメロディラインを鍵盤狂漂流記の読者に楽しんでもらうことで、ご本人の供養にもなるのではないかと私は考えています。
シンプルなメロディを愛した音楽家
坂本さんのインタビューで記憶に残る一節がありました。
「様々な理屈で音楽を評価するよりもルーマニアや南米などの店先で音楽が聴こえた時、その音楽を聴いたおばさんが「これ、いい音楽だな~」と感じてもらえるような音楽を作りたい」と仰っていました。
特に音楽には政治的なメッセ―ジは乗せず、根本的な音楽の在り方を大切にしたミュージシャンだったと私は受け取りました。
音楽家としての想いはあるが、その想いは強制しない…本来、音楽とはそういうものではないかと思います。インタビューを聞いて本当にシンプルな方なのだと思いました。
音楽の要素としてはメロディ、ハーモニー、リズムなどが考えられますが、一番人に届きやすいのはメロディではないかと思います。そして坂本さんはそのメロディを大切にした音楽家でした。
YMOと同時進行していたセッション活動から生まれた奇跡
YMOのコンセプトがベーシストの細野晴臣さんから出たのは1978年頃だと伝えられています。ちょうど前回の鍵盤狂漂流記で紹介した南佳孝さんや高橋幸宏さんのレコーディングに参加していた頃です。南さんの「サウス・オブ・ザ・ボーダー」、高橋さんの「サラヴァ」には細野さんも参加しています。
また、坂本龍一さんのソロアルバム「千のナイフ」のリリースも1978年。このアルバムではマニピュレーターとして松武秀樹さん、ギタリストの渡辺香津美さんが参加しています。
これらの人的交流からYMOとKYLINという日本有史において奇跡ともいえる2つのバンドが誕生します。その歴史的2つのバンドに参加をしたのが坂本龍一さんでした。
坂本さんはYMOを結成する直前、渡辺香津美さんのプロジェクト「KYLIN(キリン)」に矢野顕子さんと共にキーボードプレイヤーとして参加。キリンバンドは日本のジャズフュージョンの歴史に大きなエポックを残した伝説のバンドとして現在でも語り継がれています。
■ アルバム:渡辺香津美『KYLIN』(1979年)

スーパーバンドKYLINはギタリストの渡辺香津美さん坂本龍一さんの共同プロデュース。楽曲も渡辺香津美さんが3曲、坂本龍一さんが4曲を書いている。その他のミュージシャンも益田幹夫さん、高橋幸宏さん、村上ポンタ秀一さん、小原礼さん、向井滋春さん、本田俊之さん、清水靖晃さん、ペッカーさんなど、国内最高峰のミュージシャンが参加をしている。
アルバム「KYLIN」では坂本さんの鍵盤ソロは控えめになっている。リーダーがギタリストの渡辺香津美さんであることに加え、ホーンプレイヤーが3名いるため、どちらかといえばバンドアンサンブルを俯瞰的に監督していたのが坂本さんではないかと思われる。
推薦曲:「E-Day Project」
どこかの商店街のキャンペーンソングか?と思わせる程、キュートかつキャッチーで口ずさめるメロディが印象に残る。坂本龍一さんの大衆受けするある種下世話(悪い意味ではない)なメロディをボコーダー的に歌わせている。楽曲は坂本龍一さん。
間奏で坂本さん所有のアープオデッセイシンセサイザーによる矢野顕子さんのソロが聴ける。
推薦曲:「I'll Be There」
この楽曲も坂本龍一さんによるもの。テーマのメロディが全てといえるほどの一度聴いたら忘れない素晴らしいメロディが心に残る。
■ アルバム:山下達郎『IT'S A POPPiN' TiME』(1978年)

坂本龍一さんの歌心溢れるシンセプレイを紹介するにはこのアルバムを紹介しない訳にはいかないだろう。山下達郎さんは坂本龍一さんの凄さはリズムの正確さにあったとコメントしているが、このライブ音源における坂本さんの多くの長尺ソロを聴くにはうってつけのアルバムといえる。
推薦曲:「ピンク・シャドウ」
ブレッド&バター、オリジナル曲のカバー。坂本龍一さんのアープオデッセイによる練りに練った?シンセサイザーソロが聴ける。メロディラインは数回聴けば歌えるほど覚えやすく、キャッチーであることに舌を巻く。
また、シンセサイザー機能としてのポルタメントを効果的に使っている。特に終盤の鍵盤低域部分から高音域部分へ長めにかけたポルタメントタイムをあてるプレイは秀逸。ポルタメントタイムを巧みに操ることで単調になりがちなシンセサイザーソロにスピード感を与えている。
■ アルバム:山下達郎『SPACY』(1977年)

初期の山下達郎さんの傑作アルバム。1977年リリース。このアルバムにはキーボーディストとして坂本龍一さんと佐藤博さんという日本における2大巨匠が参加をしている。
推薦曲:「SOLID SLIDER」
名曲をソリッド・スライダーの品位をさらに上げているのが後半に押し寄せる坂本龍一さんによるフェンダーローズピアノのソロ。
六本木ピットインのライブのソロもいいが、スタジオ盤におけるローズソロは坂本龍一さんのソロの中でもピカイチだろう。冒頭のフレーズからノックアウトされてしまう。このソロもあらかじめ準備をした書き譜だろうと想像する。余りにもメロディラインが完璧だからだ。スピード感満載でローズを歌わせる技に長けている。ソロ後半部ではローズの鍵盤低音部を拳骨で叩く予想外の展開も。クラッシックピアニストでは御法度な技を聴くことができる。
今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲
- アーティスト:坂本龍一、渡辺香津美、山下達郎
- アルバム:「KILIN」「IT'S A POPPiN' TiME」「スペイシー」
- 曲名:「E-Day Project」「I'll Be There」「ピンク・シャドウ」「ソリッド・スライダー」
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