国内ポップスにおけるシンセサイザーソロ特集
音楽におけるシンセサイザーの使われ方には様々なものがあります。バンドアンサンブルを考えるときに主役はやはりギターでしょう。一方、シンセサイザーはアンサンブルの色付けをする役割を担っている割合が大きいと思います。
シンセサイザーは様々な音を出すことが得意な楽器です。昨今、サンプリング音源をベースにしたシンセサイザーは各社から多くの種類がリリースされ、金額的にも音的にも昔よりも簡単に手に入る環境になっています。
今回からは音楽における印象的なシンセサイザーの使われ方や、ソロなどを考えてみたいと思います。
まずは国内ポップスのカテゴリー。国内ポップスにおけるシンセサイザーソロで最初に浮かんだのがユーミンの「ブリザート」のシンセソロだったので、今回はユーミン楽曲のシンセサイザーソロを取り上げてみたいと思います。
国内ポップスにおけるシンセサイザーソロは少数派か?
今の音楽的トレンドはイントロが無くなり、中間部のギターソロもなくなり、歌だけを聴かせる楽曲にシフトしています。これまでは楽曲中にギタリストのソロがあり、それがミュージシャンとしてのアイデンティティを図るバロメーターでもありました。私としては楽曲中のギターソロなどはマストだと考えているので、なんとも寂しい限りです。
私はさらにそこにシンセサイザーのソロを期待していました。しかし、シンセサイザーソロが組み込まれた楽曲というのは珍しく、巡り合う機会はほとんどありません。
しかし、探してみると素敵なシンセサイザーソロは見つかるのです。少数派ではあるものの、そこにはプレイヤー達の様々な工夫が凝らされています。
■ 推薦アルバム:荒井由実『ミスリム』(1977年)
荒井由実名義の2枚目のアルバム。ティン・パン・アレイ・ファミリーである細野晴臣さんや林立夫さん、まだ結婚前の松任谷正隆さんら、ファーストコール・ミュージシャンが名を連ねている。また、山下達郎さんがコーラス・アレンジしているのも今となっては大きなエポックだ。山下達郎さんをはじめ、シュガーベイブの面子や吉田美奈子さん、矢野顕子さんといった鬼のコーラス隊が参加をしている。
推薦曲:「海を見ていた午後」
瑞々しい感覚を前面に出した曲はドラムが入っておらず、林立夫さんの様々なパーカッションでリズム隊が構成されている。
静かに流れる楽曲には素朴なシンセサイザー(中間部、アウトロ部)ソロが印象に残る。
当時の映像を見ると松任谷正隆のフェンダーローズピアノの上にはミニモーグシンセサイザーが置かれていることから、ミニモーグによるものであると推察できる。継続する音と音の間を音階が滑らかに移動するポルタメントというシンセサイザーの機能をコントロールしながらソロをとっている。波形はオシレーター(発信機)の中では素朴な三角波を使っている。しかも、フィルターはほぼかけていないむき出しの音だ。作家の無垢な想いに寄り添うよう、シンセソロでも装飾を排したのかもしれない。シンセソロを際立たせるフェンダーローズピアノのバッキングも素晴らしい。松任谷正隆のセンスの一端を覗くことができる。
< ミニモーグ モデルD >
■ 推薦アルバム:松任谷由美『流線形80』(1978年)
78年リリースの松任谷由美の6枚目のアルバム。バックミュージシャンはディンパン系の鈴木茂さん、林立夫さん、松任谷正隆さんや高水健司さん、松原正樹さん、山下達郎さんといった国内のファーストコールミュージシャン達。
推薦曲:「埠頭を渡る風」
ユーミンを代表する重要曲。ヴァースの美しいメロディラインが印象的。ユーミンの歌詞と相まって映像的な世界が展開される。
そこに登場するのが松任谷正隆さん演奏の端正なギターライクのミニモーグソロだ。
このアルバムは78年リリースなので松任谷さんはジェフ・ベックのアルバム「ライブワイヤー」あたりを聴いていたと想像される。シンセザイザーソロは明らかにギタリストのソロをモチーフとしている。
「ライブワイヤー」と書いたのは先日亡くなったジェフ・ベックと共演したキーボーディストのヤン・ハマーのギターライクなプレイを思わせるからだ。ヤン・ハマーの弾くミニモーグの音はフランジャーやエコーなどのエフェクトがかかり、ギトギトしている。それが当時の流行でもあった。
一方、松任谷さんの出す音はミニモーグのノコギリ波の音にVCFでカットオフをおさえ、レゾナンスをかけてアタックタイムとリリースタイムを0にしてギターのプチプチしたアタック音を作っている。
その音にテープエコーをかければ、よりアタック音が強調されたギターソロの音に近付く。
そういう意味では1973年のマハビシュヌ・オーケストラ・ライブ「虚無からの飛翔」でプレイするヤン・ハマーのシンセ音(ミニモーグ)に近いかも知れない。
参考アルバム:マハビシュヌ・オーケストラ『虚無からの飛翔』(1973年)
ジャズ・ギタリストのジョン・マフラグリン率いるマハビシュヌ・オーケストラの1973年、NYCセントラル・パークでのライブアルバム。ジョン・マフラグリンのギター、ヤン・ハマーのミニモーグシンセサイザー、ジェリー・グッドマンの ヴァイオリン3者の火が出るようなソロの応酬が聴きもの。
■ 推薦アルバム:松任谷由美『NO SIDE』(1984年)
84年リリースのユーミン16枚目のアルバム。ラグビーをテーマにした楽曲「ノーサイド」のフェンダーローズピアノの演奏など、松任谷正隆さんのアレンジが光っている。
推薦曲:「ブリザード」
万座スキー場を舞台にした映画、「私をスキーに連れてって」のハイライトシーンで使われた楽曲。
「ブリザート」というタイトルどおり吹雪の中のシーンを描いている。雪をイメージさせるポリフォニックシンセサイザーが大活躍するドラマチックな楽曲。
ユーミンの曲にしては珍しいシンセサイザーの間奏が聴ける。シンセソロはかなりコテコテでドラマチック。プログレシブロックファンが聴けば喜ぶだろう(笑)。
サッパリしたアレンジを好む松任谷正隆さんは楽曲中に長いシンセソロを持ってくるのは珍しい。
ミニモーグを使った野太い音は粘りを持つノコギリ波が使われている。また「海をみていた午後」と同様、ソロ中にポルタメントタイムを巧み変え、ソロに表情を付けている。ライブではキーボードの武部聡さん1人でプレイしているのでシンセサイザーソロは無く、ギターソロに変更されている。シンセでソロを弾くとアンサンブルが薄っぺらな音になってしまうからだろう。しかし、「ブリザート」のソロはその世界観から絶対にシンセソロだと思うのは私だけでない筈(笑)。
今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲
- アーティスト:松任谷由美、松任谷正隆、マハビシュヌ・オーカストラなど
- アルバム:「ミスリム」「流線形80」「虚無からの飛翔」「NO SIDE」
- 曲名:「「海を見ていた午後」「埠頭をわたる風」「ブリザード」
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