ブラジル、ラテンものの名料理人、南佳孝さん 第3巻
夏に聴くサンバやボサノバ名盤、名曲を作曲家や演奏家などから検証するサンバ、ボサノバ大特集。
前回に続き、サンバやボサノバなど、ブラジル、ラテン音楽を素材に音楽する南佳孝さんの最終回です。
腕利きの内外のファースト・コールミュージシャンと共演!
南佳孝さんは1950年、東京生まれのシンガーソングライター。長いキャリアの中で様々なミュージシャンと交流を重ね、素晴らしい音楽を制作するJポップのマエストロ的存在です。
70歳を超えた今でも音楽制作への勢いは留まるところを知らず、新しい音楽への探求は止むことはありません。その源泉の1つにブラジル音楽への傾倒があります。
南さんが制作する音楽はボサノバなど、複雑なテンションコードを含むものが見られます。そのハーモニーに乗ったメロディがご自身の声と1つになり、南流の音楽を支えています。
南さんのレコーディングには多くの一流ミュージシャンが参加しています。
初期の段階では坂本龍一、細野晴臣、高橋幸宏といったYMO人脈に加え、佐藤博、岡沢章、鈴木茂、井上鑑、大村憲司など国内のファーストコールミュージシャンを起用。
後期では村上ポンタ秀一、佐山雅弘、村田陽一など、3 VIEWS人脈も起用しています。
また、海外ミュージシャンも豪華です。「セブンス・アベニュー・サウス」ではレオン・ペンダービスをアレンジャーに招き、NYC人脈を起用したり、「東京物語」ではラウンジ・リザーズ、「アナザー・トゥモロー」ではデビッド・ガーフィールド(key)やマイケル・ランドウ(G)といったLA系のミュージシャンらとも共演しています。
南佳孝さんの音楽には高い演奏技術が必要であり、それを実現するためにファーストコール達に声が掛かるということはある種、必然なのだと思います。また、その演奏を楽しみにしているのも南佳孝ファンなのです。
■ 推薦アルバム:南佳孝『あの夏…』 (2010年)

グローバー・ワシントンJr.の名曲、「ジャスト・トゥ・オブ・アス」やマーティ・バリンの「ハート悲しく」などジャズ・フュージョンの名曲やAORの名曲、ボサノバの名曲などを集めたオムニバス的なアルバム。テーマは「夏」。「夏」といってもピカピカの「夏」ではなく、気だるめな「夏」だ。また、「気だるげな」というのが南佳孝さんの声質にもマッチし、陰影を含んだアルバムに仕上がっている。
極上のポップスアルバムである一方、楽曲のソロなどはジャズのモチーフが支配している。その辺りが、ただのポップスとは一線を画す南さんの真骨頂だ。
推薦曲:「哀しみのリズム」(ウルティマ・バトゥカーダ)
セルジオ・メンデスで知られる「ウルティマ・バトゥカーダ」。先般、国内のジャズフェスでも演奏している。
バトゥカーダは打楽器によるサンバの演奏。ウルティマは最後の意。最後のサンバということになるらしい。宴の終わりを恋の行方とだぶらせるという演出か?
サウダージを纏ったスキャット部のメロディを聴けば、カーニバルが終わったリオデジャネイロに直行できる。これこそがブラジルの地から生まれた旋律だと感心せずにはいられない。楽曲中のピアノのアドリブは正にジャズ。南さんの音楽が、ただのポップスでないことを高度な演奏からも知ることができる。
推薦曲:「イン・サマー」
ジョアン・ジルベルトの歌唱で知られる「エスターテ」。南さんはこの曲が好みらしく、アルバム「ボッサ・アレグレ」でも同曲、「エスターテ」を演奏している。
エスターテとはポルトガル語で「夏」のこと。気だるいメロディが恋の終わりと夏の終わりの憂鬱さを演出する。サウダージ感満載の名曲。
推薦曲:「バトゥカーダ」
マルコス・ヴァーリの名曲。ヴァーリの曲はボサノバというよりはサンバに寄っている印象がある。演奏もオリジナルに忠実にされており、サンバのグルーヴが心地よい。
推薦曲:「ブルーボッサ」
意外なワンコーラスのギターソロから始まるアレンジ。ケニー・ドーハムの作曲で、ジョー・ヘンダーソンのアルバム「ページワン」が初出となる。ラテンジャズのスタンダードナンバーとしても知られている。
Aメロ部分Cmの哀愁を纏ったメロディからE♭m7/A♭7/D♭△7というサビへ展開するコード進行が浮遊感を生む。
南佳孝さんが歌う「ブルーボッサ」は原曲をリスペクトした形で歌われている。南さんの声と楽曲の持つサウダージ感が見事な相乗効果を上げている。
■ 推薦アルバム:南佳孝『スケッチブック』(2013年)

南佳孝さんがブラジルに乗り込んで制作したアルバムでリオデジャネイロ録音。
ブラジルのピアノトリオ=フェルナンド・メルリーノ・トリオとの共演アルバムだ。
ポップスではなく、ボサノバやジャズの香りが強い。楽曲は自身の名曲、「モンロー・ウォーク」「スローなブギにしてくれ」などのセルフカバーや10㏄の名曲「アイム・ノット・イン・ラブ」やボサノバの名曲、「おいしい水」「ビリンバウ」なども取上げている。
このアルバムはポップスの皮をかぶったジャズアルバムという趣が強い。
推薦曲:「恋のスケッチブック」
ポップスの皮をかぶったジャズというのがふさわしい曲。楽曲はポップスであるが、ジャズをベースにした解釈が南さんの曲に深みを与えている。
推薦曲:「おいしい水」
アントニオ・カルロス・ジョビンの名曲。アストラット・ジルベルトの歌唱で世界が知ることになる。ジャズのミュージシャンにもこのメロディーが好まれ、ボサノバの重要楽曲になる。
ブラジルのピアノトリオ、フェルナンド・メルリーノトリオはこの辺りの曲は得意と見え、そつのない演奏をしている。こなれた演奏に南さんの歌唱が乗ることでリオデジャネイロの景色が見えてくる。
推薦曲:「ビリンバウ」
バーデン・パウエルの名曲。この曲もジャズミュージシャンに好まれ、多くのシーンで演奏されてきた。
ブラジル系の曲が得意な南さんだけあって、レベル以上の仕上がりを見せるのは長いキャリアを積んだ、ご自身の音楽力なのではないかと思う。
今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲
- アーティスト:南佳孝、フェルナンド・メルリーノ
- アルバム:「あの夏…」「スケッチブック」
- 曲名:「哀しみのリズム」「ブルーボッサ」「バトゥカーダ」「イン・サマー」「恋のスケッチブック」「おいしい水」「ビリンバウ」
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