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蠱惑の楽器たち 99.u-he SATIN テープエミュレータ ノイズリダクション dbx

2024-12-25

テーマ:音楽ライターのコラム「sound&person」, 楽器

今回はNR(ノイズリダクション)のdbxについて解説します。 SATINにはdbx Iとdbx IIが搭載されていますが、名称をそのまま使うことが出来なかったようで、dbxではなくuhxという名前に置き換わっています。 dbxは社名で、1971年にエンジニアのDavid Blackmarによって設立された音響メーカーです。そして設立と同時にNRの事業をスタートします。 製品としてはNRの他にdbx 160等のコンプレッサーも有名です。 現在はサムスン電子の子会社ハーマンインターナショナルの傘下となっています。

  • uhx Type I = dbx I(業務用 1971年)
  • uhx Type II = dbx II(民生用 主にカセットテープ 1981年)
u-he ( ユーヒー ) / Satin テープマシン・エミュレーター・プラグイン

dbx NRの仕組み

dbx NRは基本的には以下のように録音時の入力前にエンコーダがあり、そして再生時の出力後にデコーダが配置されています。 これはドルビーNRと同じです。 dbxは業務用のdbx Iと民生用dbx IIがありますが、基本動作原理は同じなので、一緒にして説明します。

エンコードでは全てのレベルを対数2:1 の比率に圧縮します。 0dB以下は音量を上げ、0dB以上は逆に音量を下げ、テープに記録します。 デコードでは、その逆の伸張を行って元の音に戻します。図にすると以下のようになります。 テープで扱えるダイナミックレンジが50dBとすると、理論的には2倍の100dBにできるというわけです。 0dB以上は、1/2に圧縮されテープに記録されるため、テープやヘッドルームの大きさにもよりますが、+20dBぐらいを入力しても実際には半分の10dB程度になるので歪みません。図ではテープの歪むレベルを仮に+15dBとしています。実際にはテープ性能に大きく依存しますが、当時はこれぐらいのイメージで入力していました。

肝心のヒスノイズに関してはdolby Bが最大10dB程度の低減で、小さくなったと感じるぐらいですが、dbxでは30dB以上の低減が期待できます。これは無音に思えるぐらいの効果があります。下図では仮にテープの状態で-50dBのヒスノイズがあった場合、デコード後は、-100dBとなるので、これは機器のフロアノイズよりも低くなります。 またキャリブレーション、レベル調整がドルビーのようにシビアではないため、扱いやすさという面でも優れています。

上図のInput、Tape、Outputで音量差がない0dBは、重要な基準値となります。 SATINの設定は、dbx Iの場合、VUメーターを-12dBに設定したときの0dBが基準となります。

dbx IIの場合は、VUメーターを-16dBに設定したときの0dBが基準となります。 これらは個人的な実験結果なので、間違っているかもしれませんが、DAWの0dBではないということは知っていた方がよいと思います。テープスピードや他設定でも微妙に変化するので、よく理解した上で設定する必要があります。 特にdbx Iが適用された古いテープのデジタル復元などにSATINを使う場合は慎重に設定する必要があります。

dbx NRは、RMS検出器とVCA(voltage-controlled amplifier 電圧制御アンプ)によって実現しています。 VCAは制御電圧に応じてゲインを自動変化させることができる1970年当時としては画期的なシステムです。dbx社創立者のDavid Blackmerは、対数利得制御VCAの発明者として知られています。 VCAはコンプレッサーとして脚光を浴びていますが、NRシステムにも使われています。

下は無音状態のヒスノイズに対してdbx Iを通した場合の比較です。 全帯域に渡ってかなりヒスノイズが低減できているのが確認できます。 高音域においては40dBほど下がっています。

上記に高レベルのサイン波を入れると下記のようになり、ヒスノイズレベルも、かなり戻ります。 この現象はNRであれば大なり小なり発生するブリージングノイズ現象で避けることは出来ません。音が鳴るたびにヒスノイズも一緒に持ち上がります。 音圧の高い音楽では気になりませんが、ピアノやアコースティック楽器の繊細な音では目立ち始めます。無音状態からノイズと共に音が出てくるので気になるというわけです。ヒスノイズ低減効果の大きいdbxは、この副作用が大きくなり、ドルビーよりも不自然と言われることもよくありました。特に一般向けのカセットテープでは、条件が悪いと顕著でした。

dbx Iとdbx IIの違い

前述のようにdbx Iとdbx IIの動作原理は同じですが、デッキやテープに対する要求スペックが大きく違うため、業務用と民生用に分けられています。

uhx Type I(dbx I 1971)

1971年のdbx社設立と同時に業務用dbx I が発表されます。 dolby Aは数年早く発表されていますが、業界への進出は1970年代からなので、ほとんど同時期に業務用ノイズリダクションの二大巨頭が誕生したと言えます。 dbx I は高性能なオープンリール用で、極限までヒスノイズを除去することができますが、ハードへの要求スペックは高く、シビアであったため、民生用製品では使うことが出来ませんでした。 20Hz〜20kHzの周波数範囲できわめてフラットな特性が必要であり、S/N比も60dB以上を要求します。テープスピードも15ips以上です。

下サンプルは、NRにとって悪意のある音になっています。 設定はオープンリールをイメージしていますが、ヒスノイズは分かりやすいように大きめにしています。テープスピードは15ipsです。 はじめがNR無しで、次がdbx Iとなります。 ヒスノイズは聞き取るのが難しいぐらい低くなりますが、ブリージングノイズの不自然さは感じると思います。また音色面では鋭いアタックが変化しやすいです。 特に無音状態からの強烈なアタックには応答速度が追いついていません。

uhx Type II(dbx II 1981)

民生用dbx IIは1981年からのスタートとなりました。 dbx Iとの違いは、ヒスノイズが大きく、テープスピードも遅く、周波数特性もよくないカセットテープ向けのチューニングが施されています。 制御する周波数は30Hz〜10kHzに限られていて、シビアな音に対しても影響があまり出ないようになっています。逆に高音質なスペックのオープンリールなどに適用すると音質劣化を招く危険があります。

民生向けNRは、すでにdolby Bが普及している市場に参入することになったため、dbxは苦戦を強いられます。 そんな中、アマチュア向け音楽制作用MTRなどには積極的に採用されていました。 MTRはカセットテープの互換性を犠牲にして、 プロのマルチトラックレコーダーのような機能を目指していました。 倍速テープスピード、4トラック同時録音など、通常デッキでの再生を諦めた仕様になっています。ピンポン録音なども多用するため、dbxによるヒスノイズ低減は必須でした。

dbx Iのサンプルと同じ内容でカセットテープをイメージしてみました。 はじめがNR無しで、次がdbx IIとなります。 ヒスノイズは減っていますが、dbx Iよりも品質が落ちているのが分かると思います。見方によってはアタックが強くパワフルに聞こえるという側面もあります。

下写真は実際のdbx IIチップです。各メーカーはこれらのチップを自社のカセットデッキに組み込んでdbx NRを実現していました。

dbx AN6291, CC0 (Wikipediaより引用)

次回はテープを使った飛び道具であるテープディレイ、テープフランジを解説します。


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あちゃぴー

楽器メーカーで楽器開発していました。楽器は不思議な道具で、人間が生きていく上で、必要不可欠でもないのに、いつの時代も、たいへんな魅力を放っています。音楽そのものが、実用性という意味では摩訶不思議な立ち位置ですが、その音楽を奏でる楽器も、道具としては一風変わった存在なのです。そんな掴み所のない楽器について、作り手視点で、あれこれ書いていきたいと思います。
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