前回に続きオープンリールの基本構造を、SATINの内容に沿って、赤枠の部分について解説したいと思います。
オープンリールの物理的な構造がイメージできるように図を用意しました。 ただし、ヘッド構成はデッキによってさまざまなので、ここでは一番シンプルな構成にしています。
ヒスノイズ
前回のテープスピードの時も触れましたが、テープが避けて通れないのが、無音状態でもサーと鳴るヒスノイズです。 特に小型のカセットテープはヒスノイズ対策の歴史でもあり、各種ノイズリダクションが投入されました。 一方オープンリールは、テープスピード、幅の関係上、元々低ノイズだったため、ノイズリダクションを採用しているデッキは少ないぐらいです。プロフェッショナルな世界で、必要な時は外部機器としてノイズリダクションを導入していました。Dolby Aやdbx Iなどがありました。SATINにはノイズリダクションが数種類ありますが、これについては後ほど解説したいと思います。
ヒスノイズの大きさは同じノーマルテープでも様々ですし、デッキの性能にも依存します。 テープのS/N比は一般的に55~60dBと言われていますが、測定方法もメーカーごとにバラつきがあるので目安でしかありません。SATINを使う場合、フロアノイズのレベルが100dB前後だと本物のオープンリール的な雰囲気がします。
SATINはヒスノイズレベルの調整が可能で、好みのレベルにすることができます。 ヒスノイズはテープスピードやテープ種に依存します。これは前回の記事を参照ください。 一見邪魔なヒスノイズですが、入力音に影響を及ぼすので、テープやアナログ感を演出したい場合には欠かせません。 無音時にヒスノイズは必要ないと感じた場合は、SATINにはAuto Muteスイッチがあるので、これで無音時にヒスノイズをカットすることができます。
Asperityはエンハーモニック歪みの調整で入力信号に応じて反応するヒスノイズ成分です。 最小の-100dB、最大の-50dBで調整できます。 音色によっては目立つので、よく理解した上で効果的に使いたいものです。 音サンプルは倍音を持たないサイン波を使って、 Hissを聞こえるぐらい上げた状態にして、Asperityを最小の-100dB、-65dBで比較しています。 はじめは-100dBなので信号音に対して、ヒスノイズは反応していないように聞こえます。 次の-65dBではサイン波にまとわりつくようなヒスノイズ成分が明らかになります。 テープには大なり小なりこのような現象があり、テープらしさの一部となっています。 デフォルトは-75dBです。
下動画はAsperityを大きめに設定し、1kHzサイン波を入れた時の周波数スペクトラムです。 無音時と比較して、ノイズ成分が持ち上がるのが確認できます。
Crosstalk
SATINは2トラックのステレオテープエミュレータです。 テープに録音するヘッドは、2トラック分が並んでいます。理想的には2トラックは全く影響を受けずに独立しているべきですが、磁気を扱うため、様々な相互作用が起こります。実際には無視できる程度の影響となっています。
下写真はカセットテープ用のヘッドですが、ステレオのL、Rトラックが並んでいます。 両トラックの間には、わずかな隙間しかありません。 オープンリールでも同じような構造となっています。
Tape head, CC BY-SA 4.0 (Wikipediaより引用)
このトラック間の左右の音の混ざり合う現象をクロストークと呼びます。 クロストークはトラックの分離に悪影響を及ぼしますが、逆にトラックの接着効果を生み出します。 現在の分離が良すぎるデジタル処理において、アナログ感を作り出すための手法の一つとして使えます。
下は右チャンネルを無音にし、左チャンネルのみサイン波を出力し、Crosstalkを最小の-80dBにしたときと、最大の-20dBにしたときのオシロスコープです。-80dBは、さすがに分かりませんが、-20dBにもなると、右チャンネルに信号が漏れているのが確認できます。
Wow & Flutter
オープンリールはモーターでテープを巻き取ることで録音再生を行っています。 その際にモーターもしくは可動部の回転ムラによって発生する周波数変化をワウ&フラッターと呼びます。 物理的に回転させる場合、完全に回転ムラを無くすことは難しいため、どうしても発生する現象です。 またテープ・スピードに大きく影響します。 ワウ&フラッターのワウは周期の長い揺れ(0~5Hz程度)を指し、フラッターは周期の短い揺れ(5~40Hz程度)を指しますが、安定した周期ではありません。
下動画はWow & Flutter最大100%の設定で、サイン波を入力し、テープスピードを1.87から30ipsに上げて行ったときのオシロスコープです。テープスピードが遅いと、揺れ速度も遅く、左右チャンネルの差も大きくなっています。
下の音サンプルは、テープスピード1.87ipsでA6(1760Hz)のサイン波を鳴らし、Wow & Flutterを0~100%まで回したものです。後半かなり不安定な揺れを感じると思います。これがワウ&フラッターです。
バイアス
交流バイアスは、磁気テープに高音質な録音を実現するためには、不可欠な技術でした。 音声信号のみを使って磁気テープを磁化させようとしても、ヒステリシス曲線が直線的ではないため、下図のように忠実に音を記録できず歪んでしまいました。 そこで可聴域外の交流バイアスを同時に録音し、ナチュラルな音質を実現しました。
交流バイアスの周波数は、音声信号の高周波と干渉しないように、50k~200kHzのサイン波が使われています。
バイアス値が低いと磁化が低い部分が歪みやすくなりますが、高域レスポンスは向上します。 逆にバイアス値を上げると、歪は少なくなりますが、高域レスポンスは下がります。 音サンプルは金属的なアタック音に対して、SATINを通さない原音、続いてBias設定を -5、0、5dBにしてみました。高周波が鋭く出た特殊な音なので、Biasの設定によって、かなり変化しています。 Biasが大きいほど歪は少なくなり忠実度は上がりますが、音が丸くなっているのが分かると思います。
次回はService PanelのRepro Head、Circuitを解説します。
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