バラードと言えばピアノ、ピアノと言えばフェンダーローズ
前回のセルジオ・メンデスの特集からインスパイアされたテーマです。
楽曲にはピアノが付き物です。特にゆったりとしたテンポを引き立てるのは鍵盤楽器が得意とするフィールド。どちらかと言えばギターよりも重宝されます。それはベースラインやコード、メロディといった音楽に必要な要素を1つの楽器で網羅しやすいという楽器の特性にあると考えられます。
今回は電気ピアノの普遍的名機、フェンダーローズ・エレクトリックピアノをテーマにその特性や音楽性などを探りたいと思います。

フェンダーローズ・ピアノ(ステージタイプ), CC BY-SA 3.0 (Wikipediaより引用)
フェンダーローズ・ピアノ
フェンダーローズ・ピアノは、1940年代に出兵している兵士達を癒す「音楽セラピーに使う」という目的で、ハロルド・ローズにより製作された楽器です。
ローズ・ピアノの発音部は、金属製のトーンバーとその下にあるトーンジェネレータが一対になり音階順に並んでいます。トーンバーは板状の金属で、その下にあるトーンジェネレータは長さの異なる針金の形状をしています。トーンジェネレータの針金の先には小さな3ミリ~5ミリ程のバネが付いていて、このバネを前後させることで細かなチューニングができるようになっています。
トーンジェネレータをハンマーが叩き、そこから出る音をピックアップで拾って音が増幅されます。
トーンジェネレータの上部に位置するトーンバーは3本のネジで固定されていて、この2本のネジの締め具合で出音を変えます。1番上部のネジはトーンバーとトーンジェネレータを固定するためのもの。その下2本のネジでローズ・ピアノの音を調整することができます。

金色の板状に並んでいるのがトーンバー。その下に針金状のトーンジェネレータがある。
ローズピアノの内部構造, CC BY-SA 3.0 (Wikipediaより引用)
トーンバーのネジの中央部(ピックアップに近い側)を強く締めるとトーンバーの位置が下がり、トーンジェネレータに近付く。逆に中央部のネジを緩め、下部のネジを締めるとトーンバーがトーンジェネレータから離れる。トーンバーがトーンジェンレータに近付くと音は鼻をつまんだような固めの音になり、離れるとで音がボヤけた感じになります。
ピックアップからの距離を設定することでプレイヤーの意志に沿った音作りができます。調整はとても難しく、私は殆どいじりませんでした。
ローズ・ピアノのトーンジェネレータは折れる!
ある日私が演奏をしている途中で、トーンジェネレータが折れてしまったことがありました。突然音が出なくなるのです。ローズの蓋を取って中を見ると、トーンジェネレータの針金が途中で折れているのです。多分、鍵盤を強く弾くことでハンマーがトーンジェネレレーターを叩く強度が増し、金属の経年劣化も手伝い折れてしまったのでしょう。楽器屋さんで折れたジェネレータを注文しました。
どの部分のトーンジェネレータが折れてしまうか分からないので、88鍵盤なら88本のトーンジェネレータの予備が必要になります。しかし、それを全部保有するのは現実的ではありません。どうすればいいのかに頭を痛めた記憶があります。キータッチの強いリチャード・ティーはどれだけトーンジェネレータを折ったんだろうなんて考えることもありました(笑)。
またローズ・ピアノの問題点はその重さにもありました。到底1人では持てる重さではありません。友人に手伝ってもらわなければ自宅から持ち出すことは不可能でした。イベント出演の際には気合いを入れてローズを持ち出しましたが、それ以外はスタジオ設置の電気ピアノを使っていました。
先輩の楽器店で88keyのローズ スーツケースタイプを購入
私のローズ・ピアノはスーツケース88鍵盤仕様でした。先輩の勤務していたM楽器店にあった3台の候補から1番いい音がする個体を選択しました。ローズ・ピアノの出音はそのアナログ的な作りから個体により差があります。新品73鍵盤のステージピアノもありましたが、私が選択したのは中古の木製鍵盤仕様88鍵盤のスーツケースモデルでした。
88鍵盤のスーツケースはボリュームとトーンコントロール、ビブラートノブだったのに対し(エフェクト用のIN、OUTは有り)、新しいタイプはハイとローのスライドタイプのトーンコントローラーが付いており、惹かれましたがここは音優先。
1番の決め手となったのは、スーツケースタイプが中低音部で強めに弾いた際にローズ特有の歪音が出たのに対し、新しいステージタイプは特有の歪音が希薄だった(あまり歪みませんでした)というのが本当のところ。
強めに弾いた時に出る歪んだ音がローズの専売特許。私はそう思っていました。ビル・ラバウンティの「Livin’it up」イントロのあの音です。その音が88鍵盤のスーツケースでは鳴っていたのです。
次回は更にその奥深さとなる要因を探っていければと考えています。
■ 参考アルバム:ビル・ラバンティ『ビル・ラバンティ』(1982年)

1982年にリリースされたビル・ラバウンティ4枚目の最高傑作アルバム。ビル・ラバウンティのメロディラインの特徴はホロッとくる泣きのフレーズと彼自身の声。そんなラバウンティ節をこのアルバムで聴くことができる。
アルバムには当時の売れっ子ミュージシャン、ディーン・パークス、スティーヴ・ガッド、デイヴィッド・サンボーン、ジェームス・テイラー、パティ・オースティンなど豪華なアーティストが参加している。
推薦曲:「LIVIN' IT UP」
ローズ・ピアノの代表的なイントロの1つがこの「Livin′it up」。一度聴けば忘れることのできない印象的な音が聴ける。ローズ・ピアノの特徴である中低音部での心地よい歪音が意識的に使われているのが分かる。その後にラバンティのあの声が聴こえた瞬間、この楽曲がAORの名曲となる。
今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲
- アーティスト:ビル・ラバウンティ、デイヴィッド・サンボーン、ディーン・パークス、スティーヴ・ガッドなど
- アルバム:『ビル・ラバウンティ』
- 推薦曲:「LIVIN' IT UP」
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