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蠱惑の楽器たち 70. 電子音源の仕組み10 加算合成

2023-10-23

テーマ:音楽ライターのコラム「sound&person」, 音楽全般

周期性のある音はサイン波の合成で表現できます。加算合成は、この理論を元に任意の整数倍のサイン波を足していくことで音程感のあるサウンドを作り出しています。

電子式ではありませんがパイプオルガンの考え方は加算合成となっていますので触れておきたいと思います。また機械式のハモンドオルガンもその考え方を継承しています。

横浜みなとみらいホール パイプオルガン「ルーシー」, Public domain (Wikipediaより引用)

パイプオルガンは下写真のように、鍵盤の両サイドにあるストップレバーを引いたり押したりして、鳴らすパイプを選択することで音作りします。

Weingarten Basilika Gabler-Orgel Spieltisch, CC BY 3.0 (Wikipediaより引用)

続いてパイプオルガンを模した機械式のハモンドオルガンです。電気的にトーンホイールを回して、それをピックアップで電気信号に変換し電子音を作ります。

Hammond b3, CC BY-SA 3.0 (Wikipediaより引用)

機械式のハモンドオルガンはドローバーというレバーが鍵盤上にあり、倍音を加算するという考えで音作りをします。

Hammond b2, CC BY-SA 2.0 (Wikipediaより引用)

ここではドローバーについて見ていきます。ドローバー手前に書かれている数字を見ると、パイプの長さが書かれています。9本のフィート管を組み合わせて音を作るというイメージですが、実際は弾いた音に対しての倍音となります。当時はパイプオルガンの代替品だったので、倍音の数値を書くよりもパイプの長さの方がイメージしやすかったのだと思います。 また、ドローバーに直接書かれている1~8の数字は音量に相当します。見えている数字の最大が現在の音量となります。

左から3つ目の白レバーで8フィート(2.4384m)と書かれているドローバーが基音となり、実際に弾いた音となります。

左端の赤茶色レバーは16フィート(4.8768m)と書かれているので基音の2倍の長さを持っている事が分かります。つまり弾いている音よりも1オクターブ下も鳴らせるようになっています。

左から2番目の赤茶色レバーは基音よりも左側にありますが、5 1/3(1.6256m)と書かれていて、基音よりも短くなっています。そのことから、基音に対して5度上の音が鳴ります。基音の左側にある理由は基音の倍音ではなく、16フィートの3倍音だからです

基音よりも右側は基音の倍音となっています。オクターブ関係は白いレバー、それ以外は黒となっています。ただ7倍音はありません。

  • 4:白 2倍音(1オクターブ上)
  • 2 2/3:黒 3倍音
  • 2:白 4倍音(2オクターブ上)
  • 1 3/5:黒 5倍音
  • 1 1/3:黒 6倍音
  • 1:白 8倍音(3オクターブ上)

下の動画はA4(440Hz)を弾いてドローバーを1本1本引き出したときの周波数スペクトルの動きです。各バーの音は、ほとんどサイン波で倍音に相当します。これらの組み合わせで音色をコントロールしています。すべて最大にしてもレベルは結構バラバラです。

ドローバーによって、音色を作りますが、プロセスは加算合成そのものです。一見コントロールできる倍音が少ないように思いますが、基音に近い倍音ほど音色に及ぼす影響が大きく、人が感覚的に扱うにはこれぐらいが適度かもしれません。このレバーが100本もあったら大抵の人は混乱するでしょうし、瞬時に音色をコントロールすることができなくなってしまいます。

電子楽器でも加算合成は初期のころから試されています。コンピュータを使うことで高次の倍音まで扱えるようになります。ただし、倍音数が増えると音色の自由度は上がりますが、直感的な音作りには不向きです。そのためか加算合成だけで音作りするシンセサイザーはあまり見かけません。

1980年代 alpha Synthauri Corporation

下はソフトシンセAudio Damage Phosphorのスクリーンショットですが、1980年代はじめのalpha Synthauri CorporationというApple IIコンピュータ上で動作するシステムを再現したものです。

16倍音までコントロールできるオシレータが2個搭載されています。ハモンドオルガンの2倍の16倍音を2組使えるので、かなり自由に音色を作ることができます。実際にこのソフトを触ると分かりますが、音色のバリエーションはアナログシンセに負けていないと思います。ただデジタル的にストレートな作りで、折り返しノイズが発生します。おそらく実機がそのような作りだったのでしょう。

KAWAI K5000

kawai k5000, CC BY 2.0 (Wikipediaより引用)

すべての倍音を計算すると処理能力が必要になるため80年代に登場した加算タイプのシンセサイザーは、あらかじめ合成するなど計算コストを下げるような工夫がされていました。現在は作られていませんが、1980〜1990年代の河合楽器のシンセは加算合成が基本となっています。中でもフラッグシップモデルのK5000は64倍音までの合成ができる本格的な加算合成シンセです。ただし倍音を直接いじっての音作りは難しいため、様々な工夫がされています。

加算合成はとっつきにくく、コントロールも難しいためか、あまり見かけません。それでも加算合成も扱えるソフトシンセはあったりします。

u-he Zebralette 無料

Zebraletteにはオシレータに加算合成モードがあります。またプラスマイナスで128倍音まで扱え、折り返しノイズも発生しません。ただし、この数のコントローラーを扱って音作りするのは大変なので、普通は別モードで音作りをします。個人的には特定の倍音を数個鳴らしたいときだけ使います。それでも何倍音なのかチェックするのが結構面倒です。

加算合成の音作りの難しさ

パイプオルガンぐらいの倍音数であればイメージした音と倍音の関係を把握できますが、Zebraletteのように128倍音となると、倍音に対する前提知識が必須で、基音と倍音の関係をある程度知らないと、イメージ通りに音を作るのは無理だと思います。

倍音のコントロールで様々な音を作り出すことができますが、倍音のレベル操作は微妙で他倍音との比率が重要になります。理屈を知っていても、音作りは容易ではありません。つまり制御すべき倍音の数が多くなると、誰にとっても厄介な合成方法なのです。

プログラム加算合成 uhm言語

むしろ加算合成的な考えで音作りをする場合は、プログラム的な発想で行ったほうが効率的です。u-he社では、uhm言語というウェーブテーブルを作成するスクリプト言語を用意しています。この言語を使うことで、1,024倍音までを柔軟にコントロールできます。下式は1,024倍音までを加算してノコギリ波を作るプログラムです。手作業では大変な作業が、わずか1行で作り出せます。

Spectrum lowest=1 highest=1024 "1 / index"

三角波はプラスマイナスが必要なので、Zebraletteのバーを操作して作るというのは現実的ではありませんが、uhmなら下記の通り式で表せます。

Spectrum lowest=1 highest=60 "1/(index^2) * ((index % 2)==1) * (1-2*((index % 4)==3))"

上記は楽器の音作りというよりは数学や物理の話になってしまうので、一般的には需要はあまりないと思います。それでもできることが増えることで可能性が広がります。そもそもシンセサイザーが登場した時点で音響的なことや工学的な知識が多少求められましたが、ますます専門的な知識が必要とされるようになりました。そのためプリセットを選ぶという使い方が一般化しました。一方で音を作って提供するという動きは今後拡大するように思えます。


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あちゃぴー

楽器メーカーで楽器開発していました。楽器は不思議な道具で、人間が生きていく上で、必要不可欠でもないのに、いつの時代も、たいへんな魅力を放っています。音楽そのものが、実用性という意味では摩訶不思議な立ち位置ですが、その音楽を奏でる楽器も、道具としては一風変わった存在なのです。そんな掴み所のない楽器について、作り手視点で、あれこれ書いていきたいと思います。
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HP https://achapi.cloudfree.jp

 
 
 

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