涼しいハーモニカはボサノバとベストマッチ!
トゥーツ・シールマンスのハーモニカについてのパートⅢです。
私はハーモニカの音色について、どちらかといえば泥臭く垢抜けない印象であると、ブルースハープを例にあげて書かせていただきました。視点を変えれば、それがブルースハープの持ち味でもあるのですが……。
そもそも、トゥーツが使うハーモニカはブルースハープとは全くの別物ですから、それを比較するのは違うというご意見があるのも承知の上です。あくまでハーモニカという楽器を俯瞰した上での所見であり、ブルージーなロックミュージックで使われるもの、とご理解いただけると幸いです。
トゥーツのハーモニカプレイは、泥臭さとは対極にあり、非常に洗練され、繊細かつ力強い音色を奏でます。
彼がプレイするのはクロマティック・ハーモニカ吹口の横にスライドするレバーが付いていて、そのレバー操作で半音階を出すことができます。これにより、ボサノバやジャズといった和声的に複雑なコード進行や転調にも対応できるのです。
彼のハーモニカは、まるでボーカルやサックスのように滑らかで表情豊か。当然、ボサノバとの親和性は高く、ブラジル音楽の特徴の一つである「サウダージ」、ある種の「懐かしさ」や「哀感」を表現するには、もってこいの楽器と言えるでしょう。
■ 推薦アルバム:トゥーツ・シールマンス&エリス・レジーナ『ブラジルの水彩画』 (1969年)

トゥーツ・シールマンスとボサノバの女王、エリス・レジーナの共演盤。全曲で共演しているわけではないものの、ハーモニカとブラジル音楽の相性の良さを改めて思い知らされる一枚。
ロベルト・メネスカル (g)、アントニオ・アドルフォ (p)、ジュランヂール・メイレレス (b)、ウィルソン・ダス・ネヴィス (ds)、エルメス・コンチーニ (perc) らと共に、エリスがヨーロッパ・ツアーの最中にスウェーデンで録音したトラックが、このアルバムになった。
楽曲は、アントニオ・カルロス・ジョビンの名曲「ウェーブ」や、トゥーツ自身のオリジナル曲「ファイブ・フォー・エリス」なども聴くことができる。
ジョビン自身の歌うボサノバは独特の「味」で勝負しているが、エリス・レジーナの歌唱はヘタウマ系のボサノバ・シンガーも多い中では圧倒的な存在感を示している。
推薦曲:「ウェーブ」
多くのミュージシャンが歌うイントロのスキャットとは異なるメロディラインを、エリスとトゥーツのハーモニカがユニゾンで歌う。
この曲では録音の問題か、ハーモニカのレベルが少し低いのが気になるところ。
中間部では2度、トゥーツのソロ・パートが聴けるが、その自由闊達な演奏は変幻自在で、まさに脂が乗りきった趣がある。アウトロでリズムが変わるアレンジも、ボサノバの定型に一石を投じている。
推薦曲:「ブラジルの水彩画」
1939年、まだボサノバというカテゴリーが生まれる前に、アリ・バローゾがサンバをベースに制作した楽曲。
ジョアン・ジルベルトやフランク・シナトラなど、多くの歌手がカバーしている。
このトラックにおけるエリスの、タメを効かせた伸びやかな歌声はじつに印象深い……と感心している間に、楽曲はあっけなく終了(笑)。エリスとトゥーツのダブル名義で、しかもタイトル曲にトゥーツのハーモニカが無い!というのは、一体どういうことなのか?
推薦曲:「VOCE」
このアルバムで印象深い、ロベルト・メネスカル作の「Voce」。エリスが笑い声や吐息混じりに歌っており、リラックスして楽しんでいる空気が伝わってくる。
こういったカジュアル感もボサノバのいいところだ。1974年のアントニオ・カルロス・ジョビンとエリス・レジーナのデュオ曲、「バラに降る雨」の二人の微笑ましいトラックを想起させる。
この楽曲でトゥーツは、ハーモニカだけでなく、口笛とギターを披露しているという珍しいトラック。じつは彼、口笛の名手でもあるのだ。エリスが歌うメロディラインにユニゾンで寄り添う涼やかな口笛は、違った意味でボサノバというカテゴリーに清涼感と低湿度をもたらしている。
■ 推薦アルバム:トゥーツ・シールマンス『ブラジル・プロジェクト』(1993年)

トゥーツ・シールマンスのブラジル好きは有名な話。ボサノバやサンバを中心としたアルバム『ブラジル・プロジェクト』を2枚制作していて、このアルバムはそのパート2にあたる。
オスカー・カストロ・ネヴィスをプロデューサーに迎え「トラヴェシア」や「ワン・ノート・サンバ」「オルフェのサンバ」といった、ブラジルの名曲を繊細なタッチでカバー。
アコースティックピアノをプレイするのは、ボサノバを弾かせたら右に出る者はいないイリアーヌ・イリアス。トゥーツとイリアーヌのコラボレーションは抜群で、最良の形のブラジリアン・テイストを我々に届けてくれる。
推薦曲:「白と黒のポートレイト」
オリジナル曲はボサノバの巨匠、アントニオ・カルロス・ジョビンによる名曲。弦のくぐもったアンサンブルにフリューゲル・ホルンのメロディが乗り、そこにイリアーヌ・イリアスのアコースティックピアノが歌うように続く。彼女のメロディの歌い方は、彼女にしかできないしなやかさと豊潤さに満ちている。ブラジル音楽を知り尽くしたミュージシャンでなければ、この表現は不可能だろう。
イリアーヌの演奏を受け、真打トゥーツのハーモニカがサビを歌う。二人の演奏からは、ブラジル音楽の滋味が深く味わえる。こういったシンプルな構成で顕在化するのは、ボサノバとハーモニカの親和性の高さだ。プロジェクトの意図を見事に具現化されている。
推薦曲:「オブセッション」
ドリイ・カイミの名曲。ダイアン・リーブスなど、ジャズ系のボーカリストだけでなく、多くのミュージシャンがカバーをしている。
感心するのはAメロの美しさ、そしてそれに増してサビの美しさだ。ブラジリアン・ミュージックのエッセンスである「サウダージ」が、この楽曲にはまるごとパッケージされている。
トゥーツのハーモニカは、ドリイ・カイミのスキャットに寄り添い、サウダージなサビを見事に歌い上げている。
今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲
- アーティスト:トゥーツ・シールマンス、ビル・エバンス、ジャコ・パストリアスなど
- アルバム:『ブラジルの水彩画』『ブラジル・プロジェクト2』
- 推薦曲:「ウェーブ」「ブラジルの水彩画」「VOCE」「白と黒のポートレイト」「オブセッション」
コラム「sound&person」は、皆様からの投稿によって成り立っています。
投稿についての詳細はこちら