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蠱惑の楽器たち 121. トラッカー SunVox の立ち位置

2025-08-23

テーマ:音楽ライターのコラム「sound&person」, 楽器

前回トラッカーの歴史を軽くおさらいしました。 現在トラッカーは絶滅危惧種状態ですが、常に厳しい冬の時代を生き抜いてきたたくましさがあります。 今回はDAW全盛の現在において、トラッカーSunVoxの立ち位置と、得られるメリットを探ってみたいと思います。

SunVox 公式サイト

現状の音楽制作はDAWが中心

音楽制作という用途がかぶるためトラッカーとDAWの違いは気になると思います。 DAWを一言で表現すると、従来のスタジオ作業の多くをPCの中に取り込んでしまったバーチャル音楽制作環境となります。 従来は録音にはテープレコーダーが必要、ミキシングにはミキサーが必要、エフェクター、電子楽器は実機が必要と、無数にハードウェアが必要でしたが、多くのものをソフトウェア化することで、ハードウェアを最小限にし、効率化とコストダウンを実現しています。 2000年以降でDAWの精度は向上し、音楽制作に欠かせない存在となりました。 また、その価格と手軽さから、導入の敷居が下がり、趣味としてもDAWを使うのが当たり前となり、市場は明らかに拡大しています。 ただし、その内容は広範囲のプロフェッショナル仕様なので、多くの知識や経験を必要としています。 何の知識もない素人が、安いからといって安易にDAWに手を出すと、その学習コストは凄まじいものとなります。 立派なスタジオを入手したと思うぐらいの気合は必要です。

トラッカーはPC優先

トラッカーは、そもそもPCだけで完結する、PCのための音楽制作環境です。 基本的にサンプリングされた音を並べて音楽制作をします。 その処理はサンプラーに近く、音程をつけたり、ループさせたり、ステップごとに加工していました。 これらはPCが得意とする処理で、人間優先ではありません。人間は機械に歩み寄る必要があります。 元々あった音楽制作のプロセスなどは関係ないということです。 DAWとは明らかにコンセプトが違うのが理解できると思います。 スタート位置が真逆なのです。 トラッカーが音楽家にあまり好まれない理由がここにあります。 しかし面白いことに、トラッカーに魅了される人々も同時に存在するわけです。 次にSunVoxの特徴をいくつかピックアップしてみます。

SunVoxの特徴1 ユーザーインターフェース

画面構成が逸品です。 4つの機能別エリアの比率を変えることで効率よく作業が行えます。 全体を俯瞰しながら作業可能で、タブのような画面切り替えはありません。 下動画は、はるか昔の定番解像度640x480ですが、それでも作業可能です。 この柔軟性は他ソフトでは、なかなかお目にかかりません。 個人的にSunVoxで最も評価している部分となります。

SunVoxの特徴2 ミニマル自己完結型トラッカー

個人的には上記の次に評価しているところです。 プログラム自体もコンパクトですが、プラグインなどの拡張性も控えめで、音楽制作ソフトとしては珍しく比較的閉じています。 これらは可能性を狭める方向になりますが、メリットもあります。 それは他のSunVoxユーザーの曲データをそのまま再現することが出来ることです。 狭い界隈なので、ユーザーの交流を促進するには、よい仕様だと思います。

SunVoxの特徴3 シンセ

トラッカーは本来サンプルを中心に音楽制作をしますが、SunVoxでは、サンプルよりも、内蔵シンセに力が入っています。 そのためサンプルを一切使わずに音楽制作が可能です。 生粋のトラッカーからしたら邪道に見えるかもしれません。 それでも伝統的トラッカーもOPL2というFM音源をコントロールしていたので許容範囲かと思います。 個人的には、手間の面からサンプラーはほとんど使っていません。 どうしても内蔵シンセでは表現できない音に関してはサンプルを使うことになりますが、凝ったことをする場合は、DAWを使うという方向になります。

SunVoxの内蔵シンセはモジュラーシンセに近いコンセプトです。 ただしアバウトです。 厳密なハードウェアのようなコントロールをしたい人には、中途半端に感じられる内容で、接続順に疑問も出るかもしれません。 それでもSunVox特有ルールということで慣れてしまえば大きな問題はありません。 とにかく、ざっくりと作るには作業効率がよいと思います。 ただし、数年のバージョンアップの過程で、要望を取り込んで機能アップした結果、設定が煩雑になり、やや混沌としてきたという印象は否めません。

SunVoxの特徴4 タイムライン

伝統的トラッカーはパターンエディタで、ほとんどのことをやってしまいますが、SunVoxは各パターンをタイムラインに配置するという手法を取っています。 DAWのトラックに近い考え方と言えます。 その結果、編集の柔軟性が向上し、見通しも良くなっています。 後から構成を変えたいときに、とても便利な機能で、SunVoxの大きな特徴と言えます。

SunVoxの特徴5 パターンエディタ

SunVoxの音楽制作は、基本的には伝統的な打ち込みとなります。 その主役がパターンエディタとなります。 DAWだとピアノロールに相当する部分ですが、はるかに柔軟性があります。 記述内容は文字列になるので、最もプログラム的な部分であり、トラッカーらしいところです。 多くの挙動がここに記述されるので、あちこちチェックする必要がなく、見通しのよさにもつながっています。

ただSunVoxはタイムラインに配置されたパターンをクリックすると、パターンエディタに内容が表示されるという仕組みなので、伝統的トラッカーとは違います。 メリットとしては、パターンの情報が最小限になるので見やすくなります。

SunVoxの特徴6 制作スピードが速い

SunVoxを使うと、重量級DAWよりもスピーディに作業が出来ると思います。 その理由のひとつは、常に俯瞰しながら制作するところにあるのではないかと思っています。 もしくは、そのような制作方法が可能な柔軟性を備えていると言ってもよいかもしれません。 DAWでは、あちこちアクセスしながらエディットをすることも多いと思いますが、 SunVoxは、異なる楽器やエフェクトを混在させて同時にエディット可能なのです。

もうひとつは、各プロセスが、機能少なめなので、それほど掘り下げられず、諦めて次のプロセスへ向かうことになります。 一見デメリットにも思えますが、細かいことよりも全体に目が向かうことになり、結果的に作業がはかどります。

SunVoxを触っていると、何でも出来ることが必ずしもよいとは限らないと思えるようになります。

SunVoxの特徴7 比較的簡単に習得可能

DAWの各機能は専門的でプロ仕様のため、どうしても習得に時間がかかります。 プラグインひとつひとつも奥が深く、追及したら切りがありません。

一方、SunVoxは、概念さえ理解してしまえば、比較的簡単に習得できます。 音楽制作全般を網羅しているにもかかわらず、比較的機能は少なくまとめられています。 覚えることもDAWと比較するとずっと少ないので、数時間もいじっていれば、ある程度使えるようになります。

SunVoxの特徴8 楽曲がそのまま教材になる

SunVoxにはサンプル曲が付属しています。 これらは単なるデモと違って、どのように作っているのかを理解するのに役立ち、そのプロセスまで分かってしまいます。 ある意味、作曲者の手の内が見れてしまうわけです。 下手な作り方をしていると、それもバレてしまうので、作曲者が曲データを公開するのは勇気が必要です。 多くのソフトでは教材として解説が欲しいことも多いですが、SunVoxの場合、サンプル曲が教材の役割を担っているわけです。 全体像が把握しやすく、外部拡張がないSunVoxの特徴を、うまく活かしていると思います。

SunVoxの特徴9 向き不向きがあります

基本的に打ち込みで音楽制作をします。 そのため、生楽器を使った録音や作曲には不向きです。 できないことはありませんが、DAWを使った方が快適だと思います。 打ち込み作業も、リアルタイム入力よりは、ステップ入力が基本となるので、そういう作り方を毛嫌いする人には向いていません。 やはりプログラマー的な気質の人に向いているのがSunVoxだと思います。

SunVoxの位置づけとDAWとの住み分け

SunVoxの開発者が、どこまで音楽市場全体を見てSunVoxの方向性を決定したか不明ですが、かなり絶妙なところに位置づけているように感じています。 現在開発が継続されているトラッカーの多くは、割と伝統的なスタイルが多いように見えます。 一部トラッカーは、現代的な機能追加によってDAW化しているものもありますが、特殊な例です。 基本的にはトラッカーという文化圏内で開発が進められているように感じます。 そんな中、SunVoxは、やや異色で、こじんまりと自己完結する方向のトラッカーです。

DAWが、本格的な道具を外部から取り込むための大きな工具箱、もしくは工房のようなものだとしたら、SunVoxは十徳ナイフのようなものです。 とりあえず必要最小限の機能を提供しているので簡単なことはできますが、DAWと同レベルを目指すことはできません。 それでも手軽さゆえに常に携帯しておきたいと思わせるような仕上がりになっています。 DAWに置き換わることもないので、なんとなくDAWと共存が出来てしまう不思議さがあります。 個人的にも10年ぐらい付き合っていますが、DAWとは別モノ扱いです。 音が出る「おもちゃ」という感触で、たまに使うという感じです。 でも本気で向き合えば、それなりの成果を出せるだけのポテンシャルを持ち合わせています。

次回はSunVoxの使い方に触れていきたいと思います。


コラム「sound&person」は、皆様からの投稿によって成り立っています。
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あちゃぴー

楽器メーカーで楽器開発していました。楽器は不思議な道具で、人間が生きていく上で、必要不可欠でもないのに、いつの時代も、たいへんな魅力を放っています。音楽そのものが、実用性という意味では摩訶不思議な立ち位置ですが、その音楽を奏でる楽器も、道具としては一風変わった存在なのです。そんな掴み所のない楽器について、作り手視点で、あれこれ書いていきたいと思います。
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