ポップスの中で単一楽器のソロで多いのはギターソロです。当然と言えば当然です。ポップスというカテゴリーでは一番メジャーな楽器だからです。
最近ではイントロのある楽曲も少なく、コーラス間の楽器のソロも少なくなる傾向にあります。音楽を聴く人間としては演奏家の腕の見せ所、センスの見せ所のシーンが減り、歌のみにスポットがあたりアンサンブルもほとんどない楽曲が増えているのはどこか寂しい気がします。
これまで鍵盤狂漂流記はソロ楽器の特集ではシンセサイザーソロなどを取り上げてきました。自分で楽器を所有している方は自分の持つ楽器のソロがどうなのかは気になるところです。
今回のソロ特集はサックスなど、ホーン系の素敵なソロを取り上げてきました。PART5ではトランペットというソロの中ではニッチな楽器に光を当てたいと思います。
トランペットという楽器はジャズやブラスバンド系では結構主役を務めることが多い楽器です。しかし、ロックやポップスのフィールドではトランペットがソロをとることはめったにありません。私がライブを観たバンドでもブラスバンドやジャズのバンド以外でトランペットがピンポイントでソロをとっているのを見た記憶はありません。
確かにバンドの中に1人、トランペット奏者がいても常にトランペットが必要な訳ではないからだと思います。トランペットはリード楽器ですから……。なのでポップスのバンドでトランペット奏者が1人で参加しているバンドはないのだと思います。ただし、ホーン隊がいるバンドは別のお話です。
実はトランペットのソロもとてもカッコイイのです。
■ 推薦アルバム:『僕の中の少年』 山下達郎(1988年)

1988年リリースの山下達郎の名盤。TBSのドラマのタイトル曲となった「ゲット・バック・イン・ラブ」やゴスペル色の強い「蒼茫」といった味わい深いバラードが印象的なアルバム。
推薦曲:「新・東京ラプソディ」/ソロプレイヤー:ジョン・ファディス
『僕の中の少年』のアルバム冒頭曲。山下達郎自身により打ち込まれた分厚いシイセサイザーの刻みはオーバーハイムか? シングルカットされ、東京マラソンのテーマ曲にもなった。
この楽曲は山下達郎がフレディ・ハバードの曲を聴いていてトランペットのソロがある曲を作ろうと思いつき作曲したそうだ。ソロを吹いているのはフレディ・ハバードではなく、トランペッターのジョン・ファディス。ジョン・ファディスは山下達郎のファースト・アルバム『サーカス・タウン』で「サーカス・タウン」「ウインディ・レディ」など、ニューヨーク・サイドで共演をしている。その繋がりかどうかは不明だがジョンが呼ばれ、ルー・ソロフばりのハイトーンを駆使したスピード感のあるソロを吹いている。
■ 推薦アルバム:『FIRST LIGHT』 松下誠(1981年)

松下誠が1981年にリリースしたシティポップの大名盤。
松下誠は静岡県藤枝市出身。バンド、ショーグンやAB'Sのギタリストとしても活躍。
井上陽水や桑名春子のアルバムなどにも参加している腕利きギタリストでありアレンジャーだ。このアルバムではスティーリー・ダンなどの複雑な音楽を松下流の解釈に置き換え独自の音楽を展開している。
私はこのアルバムの「ワン・ホット・ラブ」が大好きだったため、友人の義兄のベーシストにお願いして松下誠さんにオリジナルの譜面をいただいたという思い出がある。
複雑なハーモニーに乗せ、ポップスには使わないスケールで奏でる彼の音楽はワン&オンリーな味わいだった。まさに80年代におけるJポップの最高傑作の1つだ。
このアルバムでは国内のファースト・コール・ミュージシャンである富倉安生(B)、宮崎全弘(Dr)、松田真人(Key)、信田かずお(Key)、富樫春生(Synth)らによって松下誠の描く複雑な音楽を見事に具現化している。
推薦曲:「FIRST LIGHT」/ソロプレイヤー:数原晋
AOR的音楽には通常、サックスプレイヤーが呼ばれるものだが、このトラックに呼ばれたのは国内屈指のトランペッターである数原晋。数原は山下達郎や角松敏生などとも共演しているホーンプレイヤーで多くのアーティストのアルバムで演奏している。
この楽曲ではトランペットではなく、フリューゲル・ホーンをプレイ。柔らかな音で高い雪山から滑り降りるような饒舌でスピード感のある極上のソロを聴くことができる。
■ 推薦アルバム:『Love Songs』竹内まりや(1980年)

ラブソングをテーマにした竹内まりやの傑作アルバム。作家人も林哲司、加藤和彦、安倍恭弘、浜田金吾、山下達郎、杉真理、松本隆、安井かずみなど恐ろしいくらいの面子が顔を揃えている。アレンジャーはジーン・ペイジ、清水信之。プレイヤーは国内外の腕利きたちが呼ばれ、堅実なプレイが光るアルバムとなっている。
このアルバムの中からはシングルカットされた「セプテンバー」や「不思議なピーチパイ」がヒットしている。とはいえこのアルバムに関わったミュージシャンは今考えても信じられないほどのメンバーたちだ。
一方、竹内まりや自身も楽曲を2曲提供。彼女お音楽的才能の高さを垣間見ることができる。
推薦曲:「さよならの夜明け」/ソロプレイヤー:チャック・フィンドレー
A面の2曲目という一番目立たないところにアサインされている楽曲。地味な曲であるものの山下達郎と竹内まりやの共作で味わい深い名曲だ。
ピアニストはS&G「明日に架ける橋」を弾いた名手、ラリー・ネクテル。キーボードはクインシー・ジョーンズのレコーディングにも参加しているマイケル・ボディカーという豪華プレイヤーたち。ギターはポール・ジャクソンでどれだけお金を掛けたのだろうと思ってしまう。
この楽曲でトランペットを吹いているのがチャック・フィンドレー。とかくトランペットというのはゴリゴリとした音数の多いソロになる傾向にあるが、イントロ、ソロ共に抑制されタメの効いたフレーズの良さが印象に残るソロとなっている。
■ 推薦アルバム:『スペクトラム』 スペクトラム(1978年)

ブラス・ロック・バンドと形容していいかは分からないがスペクトラム1979年リリースの最高傑作!タイトでキレのいいブラス・サウンドは当時、ファルセットで歌う新田一郎のボーカルとあいまって和製アース・ウインド&ファイアーと呼ばれて親しまれていた。
今回はアルバムに客員で呼ばれたプレイヤーをテーマにしているため、対象外ではあるが、新田一郎のトランペットソロが素晴らしいのでおまけとして……。
推薦曲:「トマト・イッパツ」/ソロプレイヤー:新田一郎
スペクトラムの楽曲で一番知られた名曲。この「トマト・イッパツ」には長尺のアウトロ部分があり、そこに新田一郎のトランペットソロがアサインされている。
アウトロ部でリズムが変わりスラップベースが入る変拍子的構成の中、強力なトランペットソロが耳を突くようにスタートする。この新田一郎のソロはトランペット以外に考えられない程、ピタリと楽曲にハマっている。ソロが進むにつれ、奥恵一のフェンダーローズピアノが絡み、ブラスセクションがダメ押しする。この人たちはこういう音楽をやりたかったのだろうと思わず微笑んでしまう。
今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲
- アーティスト:山下達郎、ジョン・ファディス、松下誠、数原晋、竹内まりや、チャック・フィンドレー、スペクトラム、新田一郎など
- アルバム:『僕の中の少年』『FIRST LIGHT』『Love Songs』『スペクトラム』
- 推薦曲:「新・東京ラプソディ」「FIRST LIGHT」「さよならの夜明け」「トマト・イッパツ」
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