今回解説するRepro Head(s)部は、再生用ヘッドの物理属性を制御するパラメータで、オープンリール実機にスイッチやノブとして搭載されているわけではありません。 他パラメータと複雑に連動するものが多く、マニアックな技術的内容となっています。 ちなみに録音用ヘッドの物理属性パラメータはありません。


Gap Width 1~5 μm

Gap Widthは、おそらく再生ヘッドのGapと言われている隙間寸法だと思われます。 これはテープを磁化する重要な部位で、コアが中断されている隙間を指します。 SATINでは、この隙間を 1~5マイクロメータで調整できるようになっていて、実機で不可能なヘッドの設計変更に当たる特殊なパラメータとなります。 Gap Widthが小さいとヒスノイズの高域成分が目立つ傾向にあります。

Gapはテープスピードに大きく影響を受け、周波数特性が全く変わってしまうので慎重な設定が必要です。 下記動画はGap Width = 5μmで、テープスピードを30~1.87ipsへ落としたときの周波数特性です。 テープスピードが落ちると周波数レンジが狭くなり、高域成分が減衰するのが分かると思います。

下記動画はGap Width = 1μmです。Gap Widthが狭いと周波数域がカマボコ型となり、上記と特性が全く違うのが分かります。

またBias量によっても周波数特性が変化しますが、テープスピードほど大きな影響はありません。 Gapは、デフォルト(3μm)付近で扱うのが極端な特性にならないため無難なようです。
Bump 0~100%
このパラメーターはヘッドバンプで、磁気テープの磁性体がヘッドに接触することで起こる低域の共振現象です。Bump値を高くすると揺らぎや共振が大きくなります。 またテープスピードに大きく影響を受けるパラメータです。

下動画はBump100%のとき、テープスピードを30~1.87ipsに徐々に下げた時の周波数特性です。 低域の盛り上がりがレゾナンスですが、テープスピードによって、共振周波数やレベルが大きく違います。 うまく使うとEQとは違った低域のコントロールが可能になります。

Azimuth

アジマスは、テープに対するヘッドの角度調整のことで、実際のレコーダーでもユーザーが工具を使って調整できるようになっています。下動画はヘッド上から見た図で、傾きをイメージしています。 理想的にはヘッドとテープは平行であるべきですが、実際は多少のズレが伴います。 実機では、物理的に角度修正をしますが、エミュレータでは理想的な状態は容易なことです。 そこで、あえて角度をつけることで、実機のエミュレートが可能となっています。 角度がズレると左右の偏りと共に音の籠りが発生します。 またテープスピード、ヘッドのGapにも影響しますので、なかなか複雑な話となります。 ディレイモードでは複数の再生ヘッドを扱うため、Azimuthパラメータの動きも変化します。 これについては、別途解説します。

モノラルのノコギリ波に対して、Azimuthを0~2へ回した動画です。ディレイのように左右チャンネルのズレが生じています。 同時に、ズレに応じてエッジが丸くなり、波形も微妙に変形します。 つまり若干音色が籠りがちになります。極端に設定した場合、高性能テープレコーダーとしては失格ですが、ディレイモードなどでは効果的です。

イコライザ・プリアンプ

磁気テープは直流から数MHzまでの広い範囲を磁化する特性を持っていますが、理想的な音質でフラットな特性を維持できるわけではありません。 その磁化曲線は直線ではなく、ヒステリシスを持った曲線となります。 また周波数が高くなるほど損失が大きくなり飽和を招きます。 再生時は逆に周波数に比例して出力レベルが増加しますが、多くの要素が損失します。

そのためテープデッキは、上図のようにEQを2箇所に配置し、入力信号をテープ録音に最適化して記録し、再生時は入力信号を復元し出力する流れになっています。
Rec EQは、録音ヘッドの前に設置され、高域での飽和を避けるため、高域を下げて録音します。
Repro EQは、再生ヘッドの後に配置され、復元するために、上記の逆処理をします。
EQのカーブ特性は、互換性を重視するため1950年代から共通規格として決められています。 SATINでは、以下のIEC、NAB、AESなどのイコライザを選択できるようになっています。通常、録音と再生は同じタイプですが、SATINでは自由に組み合わせることが可能です。
- Flat:SATINオリジナル特典です。EQのない実機は存在しませんが、高域の飽和が楽しめます。
- IEC7.5ips:2275Hz(-3dBポイント)でロールオフ。
- IEC15ips:4550Hz以上でロールオフ。マスタリングのスタンダードです。
- NAB:3150Hz以上でロールオフ。低域が力強くなります。
- AES30ips:9100Hz以上でロールオフ。カット量が少ないため入力レベルを慎重に設定する必要があります。

IEC(International Electrotechnical Commission)は、国際電気標準会議で、様々な標準化を行っている機関です。
NAB(National Association of Broadcasters)は、全米放送事業者協会で、米国の放送関係の取り決めをしています。
AES(Audio Engineering Society)は、オーディオ技術者協会で、米国のオーディオ技術に特化した団体です。
ヘッドルーム
アナログ機器はデジタル機器と違って0dB以上の入力も許容し、一般的に0dB以上の音割れしない範囲をヘッドルームと呼びます。 ヘッドルームにゆとりがあれば、入力レベルを上げても音割れに強くなります。 SATINでは0~18dBの調整ができます。

下動画は、Headroomを6dBに設定し、サイン波のレベルを上げて行ったものです。SATINをONにすると、サイン波が0dBの状態で、すでに歪みが発生しています。さらにレベルを上げていくと 6dB以上にならず、 矩形波のように変形していくのが分かります。 テープはレベルをオーバーしても、デジタルのようにクリップせず、微妙に変形しながら歪むため、コンプレッサーのような効果をもたらします。

次回は、SATINの目玉機能のひとつノイズリダクションについて解説します。
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