前回までのローズ・ピアノ特集はローズ・ピアノの国内ナンバー1の使い手、佐藤博を取り上げました。
そしてローズ・ピアノのプレイヤーでもう1人忘れてはならないミュージシャンが坂本龍一です。
私の中では坂本龍一はスタジオ・ミュージシャンとしてJポップ系のミュージシャンをサポートし、ローズ・ピアノとアープオデッセイシンセサイザーをプレイしていた1970年後半が一番好きな時期です。
佐藤博がブルース系をベースにしたローズ・ピアノ弾きだったのに対し、坂本龍一はクラッシックをベースにした端正な演奏家という印象があります。
坂本龍一はアコースティックピアノのプレイヤーであるほか、シンセサイザーの使い手としてYMOの活動、そして「戦場のメリークリスマス」「レヴェナント: 蘇えりし者」の映画音楽を手掛けています。
一方、ローズ・ピアノの演奏家としての側面はあまりクローズアップされていません。実は1970年代の後半辺りの坂本龍一は間違いなくローズ・ピアノの使い手としてもピカ一の演奏家だったのです。
今回はそんな坂本龍一の演奏が聴けるアルバム、楽曲を探っていきたいと思います。
■ 推薦アルバム:南佳孝『SOUTH OF THE BORDER』(1978年)
坂本龍一がアレンジを手掛けたJポップの金字塔。細野晴臣、高橋幸宏のYMOメンバー、鈴木茂などのティン・パン・アレー人脈といった、Jポップのレジェンド達が参加している。
架空リゾート都市をイメージした洒落た世界を南佳孝が楽曲で提示。その演出の一端を担うのが坂本龍一のポリフォニックシンセサイザーであり、フェンダーローズ・ピアノだ。
洗練された世界を描き出すのにはローズ・ピアノの音がマストアイテムだった。
推薦曲:「日付変更線」
ボサノバをベースにした名曲。松任谷由実が詩を書いている。鈴木茂のギターと坂本龍一によるフェンダーローズ・ピアノのアンサンブルが心地よい。
坂本龍一によるローズ・ピアノとコルグPS-3100ポリフォニックシンセサイザーがイントロを奏で、ボーカルが入るAメロから印象的なローズ・ピアノのバッキングが始まる。端正で洗練されたバッキングではある。
コードバッキングからのフィルインやオブリガートのクオリティ…。坂本龍一のセンスの一端を伺うことができる。またリズムの捉え方や間の取り方など、ローズをどう弾けばいいのか?まるで教科書を見ているかのようだ。ミディアムテンポのローズ・ピアノバッキングのお手本がここにある。
■ 推薦アルバム:山下達郎『SPACY』(1977年)
マニアの間では山下達郎の最高傑作とも言われる1977年の大名盤。「LOVE SPACE」「素敵な午後は」「CANDY」「DANCER」「言えなかった言葉を」「SOLID SLIDER」といった初期、山下達郎の名曲がクレジットされている。ファーストアルバムは米国録音だったため、このアルバムでは村上ポンタ秀一、細野晴臣、松木恒秀、佐藤博、坂本龍一、上原ユカリ、田中章弘といった国内のファーストコールミュージシャンを揃えている。
このアルバムも「SOLID SLIDER」など、坂本龍一が弾くフェンダーローズ・ピアノが大活躍している。
推薦曲:「SOLID SLIDER」
坂本龍一のローズ・ピアノでの演奏は多くあるが、バッキングとソロが突出しているのはこのトラックだと断言できる。 特にローズ・ピアノのソロは数多ある鍵盤ソロの中でも上位にランクインするだけのクオリティを誇っている。スタジオ費用を抑えるために比較的簡単な構成による楽曲を制作したと山下達郎が語っていることもあり、大村憲司のギターソロも一発録りだという。スタジオ代を切り詰めることを目的としたならば、坂本龍一のローズ・ピアノソロも沢山のテイクから選んだと考えるのは現実的でない。多分、大村憲司のソロと同様だろう。それにしてはあたかも譜面に起こしたかのような見事な構成で成り立つラインの素晴らしさには舌を巻くばかりだ。
またバッキングにおいても、同じバッキングパターンは用いない演奏は、坂本龍一が既に完成されたセッション・ミュージシャンだったということを証明している。
後半のローズバッキングで低音部を拳骨(多分)で叩く音が聴けるのが微笑ましいし、またそれが楽曲の中で素晴らしい効果をあげている。
■ 推薦アルバム:山下達郎『イッツ・ア・ポッピンタイム』(1978年)
契約、低予算などの関係でスタジオ録音盤の制作が難しかったことから、ライブハウスでの一発録りによるライブ盤が制作された。現場はジャズフュージョンの聖地と言われた六本木のピットイン。
しかし、意に反してこのライブ盤のクオリティは素晴らしいものになった。
メンバーは山下達郎、坂本龍一(key)、村上ポンタ秀一(Dr)、松木恒秀(G)、岡沢章(B)土岐英史(Sax)吉田美奈子(Cho)など、当時考えられる最高の面子を揃えた。
坂本龍一はアコースティックピアノ、ローズ・ピアノ、アープオデッセイシンセサイザーを担当。アドリブによるソロスペースが多く取られており、ローズ・ピアノが全面的にフィーチャーされている。ローズの演奏を聴くにはもってこいのアルバムだ。
推薦曲:「SOLID SLIDER」
アルバム『SPACY』のトラックと同じ楽曲であるがライブ盤と聴き比べるととても興味深い内容になっている。
ライブ盤の「SOLID SLIDER」スタジオ録音盤に比べると全体的な演奏がルーズにスタートする。ドラムとベースのリズムセクションの違いもあるだろうが、冒頭からピークに至るまでの過程が各プレイヤーに主権があり、お互いの音を聴きながら楽曲を盛り上げていく意識を強く感じる。
坂本龍一が演奏するローズ・ピアノも、最初は達郎のギターカッティングとローズのみから始まり、盛り上がりの過程でドラム、ベース、吉田美奈子らのコーラスが被り大団円に向かう。アドリブ終盤部分のローズ・ピアノによる早弾きは、手癖感は強いが坂本龍一がここまで弾きまくっている演奏は他にはないので一聴を勧める。
今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲
- アーティスト:坂本龍一、山下達郎など
- アルバム:『SOUTH OF THE BORDER』『SPACY』『イッツ・ア・ポッピンタイム』
- 推薦曲:「日付変更線」「SOLID SLIDER」
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