アコースティック楽器は、発音構造からくる物理的な条件と演奏方法には、密接な関係があります。楽器を演奏するときの演奏手法を、ここでは仮にインターフェイスと呼ぶことにします。その発展の過程が分かりやすい弦鳴楽器を例に解説したいと思います。
■ 弦の数
まずはシンプルな構造の古典的ハープ属です。弦を張っただけの構造で、基本的に一本の弦は固定音程になります。音階を弾くためには何十本も張る必要がありますが、その本数分同時に鳴らせることを意味します。ただ頻繁にチューニングする必要があり、弦の数が多ければ多いほど、演奏準備に時間がかかることを意味します。
次に弦の数をなるべく減らしたいと考えるのは自然なことです。指板のある楽器の誕生です。弦の途中を指板に押しつけることで、弦の長さを変化させて、音程を変えることができます。これによって、少ない弦数でも多くの音程を演奏できるようになります。バイオリン属は弦が4本と弦楽器としては少ない方ですが、単旋律を奏でるには充分な本数と言えます。ただ指板のどこでも押さえられるので、弾き手にテクニックが求められます。この自由度は表現力に直結しますので、多くの場合メリットになります。
より少ない本数の弦楽器としては、中国の二胡、モンゴルのモリンホールなどは2本となっています。ただし、バイオリンと違って、全部の弦をまとめて弾くスタイルとなっているので、本数の意味合いは変わってきます。どちらにしても、弦の数が減ることで、単旋律向きの楽器になっていくようです。また弓で弦を擦る演奏方法が多くなります。これは弦楽器でもロングトーンが実現できる手軽な方法だったからでしょう。メロディを演奏するには適しています。
変わり種としては日本の三味線は弦が3本と少ないですが、ばちで弾く撥弦楽器です。さらに膜鳴楽器の打楽器的要素も入っています。弦の本数に似合わず基本的には伴奏楽器です。これは和音の概念が西洋以外はほとんど発展しなかったのが原因と思われます。4度、5度、オクターブなどの単純な調律になっています。
次に指板にフレットを打つことで正確な音程が出しやすくなります。ギターはその代表と言えます。特に和音を演奏するのにフレットは欠かせないものとなっています。しかしフレットがあることで自由度は若干狭まります。またハープのような和音も演奏できません。どうがんばっても6和音までです。そういう意味では、ハープとバイオリンの中間的な中途半端な楽器といえます。しかし演奏するのも楽で、和音も出来て、メンテも楽で、安く作れるという、いいとこ取りの楽器で普及率ではトップです。
■ 弦の鳴らし方
弦の鳴らし方ですが、弦をはじいて音を出すというのがもっともシンプルな方法です。そういう演奏に適した楽器を撥弦楽器(はつげんがっき)と呼びます。代表的な楽器はギター、ハープ、チェンバロなどがあります。指などを使うことで同時に複数の弦を弾くことができるので、和音を演奏したいときには有利な奏法となります。ただし音はすぐに減衰してしまいます。古典的な楽器になればなるほど、サスティーンは短かく、音もあまり大きくはありません。
音を好きなだけ伸ばすために弓を使う擦弦楽器(さつげんがっき)があります。代表は文句なしにバイオリン属でしょう。音を伸ばすだけでなく、音の強弱も自由に作り出せるために、管楽器のような表現力が得られます。擦弦楽器の多くは弓で擦るため、単音は得意ですが、和音は苦手です。
ピアノは弦をハンマーで打つので打弦楽器(だげんがっき)と呼ばれています。ダルシマーという古典打弦楽器は、ばちで弦を直接叩きますが、ピアノは精巧なメカで弦を叩きます。ピアノはそれ以前の楽器と比較すると、金属製の太い弦を恐ろしいほどの力で張って、音量、サスティーンとも別次元の打弦楽器を実現しているのです。同時にチューニングが狂いにくいというメリットも見逃せません。これらは工業化がもたらした楽器と言えるでしょう。そのお陰でオーケストラに負けないだけの大音量が得られます。
■ 弦楽器の古典的インターフェイス
多くの弦楽器は、音源である弦に直接触れて鳴らすという原始的なインターフェイスですが、それゆえに、さまざまな音を作り出すことができます。廃れない理由は表現力があるからなのです。そして楽器を作るのが簡単であるという点も重要です。シンプルで安価に作れる楽器は普及しやすく、結果的に音楽文化を支えることになります。
■ 鍵盤というインターフェイス革命
現在の鍵盤のルーツはパイプオルガンから来ています。これが弦楽器に採用され、チェンバロを経てピアノに引き継がれています。鍵盤によって、今までの弦楽器の物理的な制約から開放されました。発音原理はブラックボックス化され、音源が変わっても、鍵盤によって同じように演奏ができるメリットは大きく、インターフェイス革命といえます。音楽の勉強にも視覚的な鍵盤は理解しやすく、音楽文化の底上げにも貢献しています。
ただ演奏者の負担が減るということは、大抵の場合、楽器製作者の負担は増える訳です。ピアノは精巧なメカニズムで部品点数も多く、大きく、重く、高価な楽器になりました。不思議と演奏者は楽になったからといって、怠けるわけでもなく、逆に人間と楽器の限界にチャレンジするようになります。鍵盤インターフェイスによって、他の楽器の2、3人分の仕事をこなすのは普通のことになりました。
■ 弦に直接手を触れないメリット
古典的弦楽器の多くは手で直接弦に触れるため、弦が劣化しやすいという欠点もありました。ピアノは弦に直接手を触れることはないので、何年も同じ弦を張っていても問題ありません。重要で触られたくない部分を隠してしまうメリットです。ギターなどは手の汗や油が巻弦に浸み込んで内部の響きを奪ってしまいます。弦が死んだと言われる状態です。下写真がその状態で内部に汚れ(緑のカス)がたまっているのが確認できます。そのためギターは頻繁に弦を張り替える必要があります。別に金属疲労を起こしているわけではありません。
■ 鍵盤インターフェイスは理想か?
直接弦に触れずに、メカニカルなハンマーによって弦を鳴らすので、均一で整った音が出やすい分、表現の幅も狭まる方向にあります。鍵盤からの情報は鍵盤を打つ速さと、戻すタイミングぐらいで、他弦楽器と比べても、それほど多くの情報を弦に伝えられません。ただそれ以上に鍵盤のメリットが大きかったため、定着したのでしょう。
現在の鍵盤の形状は、数百年後も変化することはないと確信していますが、白鍵と黒鍵の凹凸のあるスタイルは個人的にはあまりよいと思っていません。理想的には均一な並びであった方がよかったと思っています。既存鍵盤を上から見て、白鍵部分を取り除いた状態で、黒鍵と白鍵を同じ高さにすることで、調が変わっても運指は同じになります。実はピアニストの菅野邦彦さんがすでに実現していました。本当に作ってしまうというのはすごいと思います。今更置き換わることはないでしょうが、本来はこうあるべきだったと思います。そしたら五線譜も違ったものになっていたでしょう。一度広まってしまったものは、なかなか変えることはできません。音楽の世界は特にそういうことが起きがちなのです。
弦鳴楽器のインターフェイスの発展について、ざっくり見てきましたが、新しいインターフェイスが考案されても、原始的なインターフェイスもしっかり生き残っているわけで、置き換わることはないようです。それぞれのメリットデメリットがあり、またそれぞれの魅力もあり、そしてその楽器で作られた音楽が愛されているからだと思います。
次回は弦楽器の珍しいインターフェイスをいくつか紹介したいと思います。
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