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シンセサイザー鍵盤狂漂流記 その258 ~ロックで聴いたハーモニカとエモーショナルで強靭なハーモニカ・マエストロⅡ~

2025-08-19

テーマ:音楽ライターのコラム「sound&person」, 音楽全般

前回は、トゥーツ・シールマンスという稀有なハーモニカ奏者の存在と、そのアルバムなどを紹介しました。
ハーモニカがバンドのアンサンブルの主役になるのか?といえば、普通はNOでしょう…と私は思っていました。しかし実際はそうではありません。

16歳の頃、アコースティックギターを弾いていた私は吉田拓郎の『ともだち』というライブアルバムを聴きました。
吉田拓郎が自身のバンドをバックに吹いていたのは、ブルースハープ、すなわちハーモニカでした。
シンプルで意外と簡単に演奏できるブルースハープですが、楽曲に対してのキーを揃える必要があり、当時の私には経済的な問題で断念した記憶があります。
その音は泥臭く、その名の通り、まさにブルース的な音色でした。私は「いい」と思う反面、音としては馴染みにくいという印象を持っていました。

一方、吉田拓郎の名盤『元気です。』に収録されている「祭りのあと」のイントロもまた、ハーモニカです。
吉田拓郎の楽曲と岡本おさみの詞の世界が一体となった、高湿度で気怠いムードが印象的なこの曲。イントロで絞り出すように奏でられるハーモニカのフレーズは、そんな楽曲の情景を見事に描き出しています。ハーモニカは、日本の四畳半フォークが持つある種の抒情性を際立たせるには、とても良いアイテムなのだと思います。
とはいえ、仲間と演奏する時にこのハーモニカが必要かといえば、なければないなりにコード弾きで済ますことが可能でした。16歳の高校生に楽曲を完全にコピーするという意識は希薄で、そこまでモチベーションを高めてくれる楽器だったわけではありませんでした。

ハーモニカをロックが取り入れると…

私はフォークソングと並行して、英国のプログレッシブ・ロックやハードロック、アメリカのウエストコースト・ロックも聴いていました。中でも、ドゥービー・ブラザーズの『スタンピード』というアルバムは大好きでした。ウエストコーストの音は、何故か聴いていると気持ちがすっきりしたのを記憶しています。
もっとも、その頃はどの音楽がアメリカで、どの音楽がイギリスかなんていう区別もついていませんでしたが(笑)。
そして時を前後して、ハーモニカ・ソロがフィーチャーされたドゥービー・ブラザーズの超有名曲を聴き、ある種の衝撃を受けたのです。

■ 推薦アルバム:ドゥービー・ブラザーズ『キャプテン・アンド・ミー』(1973年)

ドゥービー・ブラザーズの代表曲、「チャイナ・グローブ」と「ロング・トレイン・ランニン」という超名トラックを収めた、1973年の名盤。
乾いたサウンドと、突き抜けるようなトム・ジョンストンのハイトーンボーカル。ウエストコーストの典型的なサウンドが聴ける。
このドゥービー・ブラザーズのドライブ感を高めているのが、サポート・ミュージシャンとして参加しているリトル・フィートのキーボーディスト、ビル・ペインの存在だ。
ビルのチャイナ・グローブにおけるドライブ感溢れるピアノなしではチャイナ・グローブという楽曲は成り立たないし、アルバムにおける貢献度は半端ないものがある。

推薦曲:「ロング・トレイン・ランニン」

誰かがこのGm7のギター・カッティングのイントロを聴くと「カリフォルニアの地平線が見えてくる」なんていっていたが、まさにその通りだと思います。ドゥービー・ブラザーズの永遠の名曲。
「ロング・トレイン・ランニン」は、今も私が入っているロック・バンドで演奏をしている。最近はあまりロックを聴くことのない私だが、この曲はとても好きな楽曲だ。
もっとドゥービーズにはこの手の曲を量産してほしかったと思う。似通った楽曲は「運命の轍」など多数あるが、この曲が圧倒的にベストだ。
この曲では、ボーカルとギターを弾いているトム・ジョンストン自身がハーモニカ・ソロをプレイしている。
トゥーツ・シールマンスのハーモニカとはある種対極に位置するこのソロは、アドリブか書き譜かは不明だが、私が今でもそらで歌えるほどにメロディラインが素晴らしい。メロディが明瞭で、誰もが覚えてしまうほどの簡潔さがある。ハーモニカ・ソロは「哀感」が得意と書いたが、このソロにはその「哀感」はない。一方でハーモニカ特有の強靭さと勢いが伝わってくる。
日本のフォークソングが内包する湿度の高さはこのソロにはなく、乾いたカリフォルニアの空気が詰まっている。
これまでに私が認識していたハーモニカという楽器のイメージを、見事に覆した楽曲であり、ソロだったことは言うまでもありません。

■ 推薦アルバム:クインシー・ジョーンズ『スマックウォーター・ジャック』(1971年)

クインシー・ジョーンズが1971年にリリースした『スマックウォーター・ジャック』は、フィル・ラモーン、レイ・ブラウンと共にプロデュースを務めた傑作アルバム。テレビドラマのテーマ曲「アイアン・サイド」など、ポップチューンやビッグバンド・ジャズといった要素を巧みに融合させ、コンサバティブなジャズファンを驚かせた。
プレイヤーはトゥーツ・シールマンスをはじめ、ジム・ホール、ジョー・ベック、フレディ・ハバード、レイ・ブラウンといったファーストコールのジャズ・ミュージシャンたちが名を連ねている。
そこに、ポップスやソウル・フィールドからボブ・ジェームス、ジョー・サンプル、チャック・レイニー、エリック・ゲイルといった、後にブレイクする才能ある若手たちも呼ばれ、クインシーが標榜する新しい音楽の創造に一役買っている。

推薦曲:「ホワッツ・ゴーイン・オン」

「スリー・ヴューズ・オブ・ア・シークレット」のキーワードが「哀感」であったのに対し、この楽曲ではその対極にある表現が記録されている。
フェンダーローズ・ピアノのイントロから導かれる軽やかなポップチューンかと思いきや、終盤、ボーカル・パートが終了した刹那、リズムは4ビートに変わる。Aメロとサビが交錯する複雑な構成の中、フルート、トランペット、ギター、ヴァイブなど、一流プレイヤーたちのアドリブが展開。その中で意外なのが、トゥーツ・シールマンスのハーモニカ・ソロだ。
ハーモニカのソロは哀感に満ち、叙情的な表現力に長けているという認識があったが、それは全くの間違いだったと、この演奏を聴いて目が覚めた。
ハーモニカはブレスの強弱で音色が変化する楽器ですが、トゥーツのソロはその表現力がまさに「半端ない」のだ。出音のパワーはフルートやトランペットにこそ譲るとしても、マイクを通した音の芳醇さと力強さは、それらを遥かに凌駕していることがこのトラックを聴くと良く分く分かる。
抒情的なだけでなく、パワフルかつ表情豊かな音色の説得力は、彼が最高のプレイヤーとして君臨し続けた要因だと、改めて思い知らされる。
「哀感」と「強靭」。この二つを自在に操る表現者こそ、トゥーツ・シールマンスなのだ。


今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲

  • アーティスト:トゥーツ・シールマンス、ドゥービー・ブラザーズ、トム・ジョンストンなど
  • アルバム:『キャプテン・アンド・ミー』『スマックウォーター・ジャック』
  • 推薦曲:「ロング・トレイン・ランニン」「ホワッツ・ゴーイン・オン」

コラム「sound&person」は、皆様からの投稿によって成り立っています。
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鍵盤狂

高校時代よりプログレシブロックの虜になり、大学入学と同時に軽音楽部に入部。キーボードを担当し、イエス、キャメル、四人囃子等のコピーバンドに参加。静岡の放送局に入社し、バンド活動を続ける。シンセサイザーの番組やニュース番組の音楽物、楽器リポート等を制作、また番組の音楽、選曲、SE ,ジングル制作等も担当。静岡県内のローランド、ヤマハ、鈴木楽器、河合楽器など楽器メーカーも取材多数。
富田勲、佐藤博、深町純、井上鑑、渡辺貞夫、マル・ウォルドロン、ゲイリー・バートン、小曽根真、本田俊之、渡辺香津美、村田陽一、上原ひろみ、デビッド・リンドレー、中村善郎、オルケスタ・デ・ラ・ルスなど(敬称略)、多くのミュージシャンを取材。
<好きな音楽>ジャズ、ボサノバ、フュージョン、プログレシブロック、Jポップ
<好きなミュージシャン>マイルス・デイビス、ビル・エバンス、ウェザーリポート、トム・ジョビン、ELP、ピンク・フロイド、イエス、キング・クリムゾン、佐藤博、村田陽一、中村善郎、松下誠、南佳孝等

 
 
 
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