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シンセサイザー鍵盤狂漂流記 その277 ~MoMAコレクション的、永久保存ライブアルバム アメリカンロック編 パート5~

2025-11-30

テーマ:音楽ライターのコラム「sound&person」, 音楽全般

あの音を再現できるのか?極上バンドの宿命を覆す?!

永久保存盤ライブアルバム、アメリカンロック編Part5は、完璧主義で知られるあのスティーリー・ダンの名ライブ盤です。 スティーリー・ダンといえば、ロックミュージックというカテゴリーよりも、ジャズ、フュージョン系なのではと思われる節もありますが、その音楽は紛れもなく上質なポップソングです。

キーボーディストでありボーカリスト、作編曲家でもあるドナルド・フェイゲンと、ベーシスト、ギタリスト、作編曲家であるウォルター・ベッカーという異端児2人が作った唯一無二のバンドがスティーリー・ダンなのです。 私が聴いてきたロック、ポップバンドの中では頂点であり、誰もまねできない音楽がスティーリー・ダンの音楽です。

大体、スティーリー・ダンの音楽をコピーしているバンドを見たことがありません。何故かといえばスティーリー・ダンの音楽は難しすぎるからです。コードもジャズのテンションコードや分数コードが使われるので、私の様な耳の悪い人間にはコピーができません。エリック・クラプトンやドゥービー・ブラザーズの初期のトラックはなんとかなりますが、スティーリー・ダンは難しすぎてほぼ不可能です。更にスティーリー・ダンの音楽にはラッパ隊、ホーンが3本ほど必要になります。 スティーリー・ダンの音楽においてはホーンが担うカウンターメロディ、オブリガートなどが重要な要素となっており、ホーンがないとスティーリー・ダンの音楽に近づくのは難しく、それもコピーバンドが現れない理由の1つだと私は考えています。

スティーリー・ダンは歴史的名盤『幻想の摩天楼』、『エイジャ』、『ガウチョ』など、神がかったアルバムをリリースしています。そこに語り継がれる逸話もコピーを遠ざける要因になっているのかもしれません。 そもそもスティーリー・ダンはロックミュージック界の中ではかなり特殊なバンドとして位置付けられています。メンバーの入れ替えが激しく、解散の噂は何度も流れました。バンドの方針に愛想をつかして辞めていくメンバーも後を絶ちませんでした。TOTOのドラマー、ジェフ・ポーカロやドゥービー・ブラザーズのギタリスト、ジェフ・バクスター、セッション・ギタリストとして知られるデニー・ダイアスなど、腕利きのミュージシャンも多く在籍していました。マイケル・マクドナルドはスティーリー・ダンではコーラスでしか使ってもらえなかったりと、不遇な時代を過ごしたミュージシャンも多かったようです。 マイケル・マクドナルドは『ある愚か者の場合』で全米ナンバー1になり、グラミー賞を獲得している大物キーボーディストであり、ボーカリストなのですが…。

スティーリー・ダンが最終的に行きついた形態

スティーリー・ダンはメンバーチェンジを繰り返す中で、ドナルド・フェイゲン(key)とウォルター・ベッカー(B)という2人だけになりました。 彼らが何をしたかといえば、自分達の楽曲イメージに合った優秀なミュージシャンを呼び(それも1人ではない)、納得のいくギターソロが録れるまで、何十テイクも演奏させるといういびつな手法にたどり着きました。

よく知られる逸話では、アルバム『エイジャ』の『ペグ』という楽曲で、ジェフ・バクスター、リック・デリンジャー、ジェイ・グレイドン、エリオット・ランドールという腕利きギタリストを4人呼びレコーディングをしました。各ギタリストに多くのテイクを弾かせ、30テイクを弾いたジェイ・グレイドンの最終テイクが採用されたという驚きの伝説があります。たった12小節程度のソロ。彼らはそこに執着し、命をかけたのです。 他のギタリストが同数演奏したとして、120テイクの中から1テイクだとすれば、119テイクは捨ててしまったということになります。この話はほんの一例であり、どれだけのパートがあるか分からない全ての楽曲で同様な行為をしていたとするならば、音楽って一体何なんだという話になります。でも2人はそういうミュージシャンだったのです。 そこから出来上がる音楽は凄まじい洗練性と構築美、ある種の狂気を纏った作品となりました。

そんなアルバムテイクをライブで演奏する…そんなことが可能なのか?という疑問が湧き上がって当然です。 彼らは超一流ミュージシャンを集めることで、理想に近いトラックをライブアルバムで再現することに成功しました。

■ 推薦アルバム:スティーリー・ダン『アライブ・イン・アメリカ』(1995年)

1995年リリース、スティーリー・ダン初の公式ライブアルバム。招集されたメンバーはドラマーのデニス・チェンバースとピーター・アースキン、ベーシストはトム・バーニー、ギタリストはドリュー・ジング、ピアニストはウォーレン・バーンハート、サックスはクリス・ポッターなど、ジャズ界を背負って立つ面々だ。 ピーター・アースキンはウェザー・リポートの最盛期の名ドラマーである。デニス・チェンバースはブレッカー・ブラザーズ・バンドやジョン・スコフィールド・バンド、マイク・スターン・バンドなどに在籍したナンバー1ドラマーだ。ドナルド・フェイゲン、ウォルター・ベッカーがリズムに注力していたのがよく分かる。 入り組んだ精緻なスティーリー・ダンの音を、腕利きミュージシャン達が見事に再現している。

推薦曲:「グリーン・イヤリング」

アルバム『幻想の摩天楼』からの楽曲。リズム隊のタイトさがビシビシと伝わってくる。スタジオ録音盤ではホーナー・クラビネットでリズムカッティングをしているが、ライブ盤でそれを担っているのがギターのカッティングだ。 スタジオ録音盤でのブレイク後のギターソロは、ラリー・カールトンのピッキング・ハーモニクスから始まる才気溢れるソロ。ライブではドリュー・ジングがラリー・カールトンに負けず劣らずのソロを展開する。後半のウォーレン・バーンハートのアコースティックピアノのソロも秀逸だ!

推薦曲:「ペグ」

アルバム『エイジャ』からの楽曲。あの伝説的なジェイ・グレイドンの30テイク目のソロを、ドリュー・ジングがどう再現したのかといえば、前半はジェイ・グレイドンのフレーズをほぼコピーし、後半ではジェイ・グレイドンとは異なるソロアプローチをしている。この辺りにミュージシャンの矜持が垣間見える。ドリュー・ジングはジェイ・グレイドンよりも技術的には優れている(ロック系ではないアプローチという意味で)ので、そんなところが聴けるのもライブの楽しみの1つだ。

推薦曲:「エイジャ」

ドナルド・フェイゲンのボーカルは、実際のライブテイクとスタジオテイクとでは殆ど遜色がない。というのも、多くの部分でスティーリー・ダンのボーカルパートは、ドナルド・フェイゲンと女性ボーカルが混じった形で聴こえてくるからだ。それを3名の女性ボーカリスト達により、ほぼ完全な形で再現している。 スティーリー・ダン独特のドナルド・フェイゲンのボーカルは、彼だけの声ではなく、3声の女性ボーカルと一体となって初めてスティーリー・ダンなのだ。 この『エイジャ』でも、マットな感じで響くあのヴォイスは完璧に再現されている。


今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲

  • アーティスト:ドナルド・フェイゲン、ウォルター・ベッカー、デニス・チェンバース、ピーター・アースキン、ドリュー・ジング、ウォーレン・バーンハート など
  • アルバム:『アライヴ・イン・アメリカ』
  • 推薦曲:「グリーン・イヤリング」、「ペグ」、「エイジャ」

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鍵盤狂

高校時代よりプログレシブロックの虜になり、大学入学と同時に軽音楽部に入部。キーボードを担当し、イエス、キャメル、四人囃子等のコピーバンドに参加。静岡の放送局に入社し、バンド活動を続ける。シンセサイザーの番組やニュース番組の音楽物、楽器リポート等を制作、また番組の音楽、選曲、SE ,ジングル制作等も担当。静岡県内のローランド、ヤマハ、鈴木楽器、河合楽器など楽器メーカーも取材多数。
富田勲、佐藤博、深町純、井上鑑、渡辺貞夫、マル・ウォルドロン、ゲイリー・バートン、小曽根真、本田俊之、渡辺香津美、村田陽一、上原ひろみ、デビッド・リンドレー、中村善郎、オルケスタ・デ・ラ・ルスなど(敬称略)、多くのミュージシャンを取材。
<好きな音楽>ジャズ、ボサノバ、フュージョン、プログレシブロック、Jポップ
<好きなミュージシャン>マイルス・デイビス、ビル・エバンス、ウェザーリポート、トム・ジョビン、ELP、ピンク・フロイド、イエス、キング・クリムゾン、佐藤博、村田陽一、中村善郎、松下誠、南佳孝等

 
 
 
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