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蠱惑の楽器たち 3.楽器のインターフェイス(弦鳴楽器2)

2021-08-27

テーマ:音楽ライターのコラム「sound&person」

前回に引き続き、弦楽器のインターフェイスの紹介ですが、今回は、あまり知られていない風変わりな弦楽器を取り上げたいと思います。

■ Chapman Stick(チャップマン・スティック)

1970年代に製品化され、一部のミュージシャンが使いはじめました。ベーシストのトニー・レヴィンが使ったことで少し有名になりました。スティックは、タッピング(指で弦を叩き押さえる奏法)することで、両手をピアノのように使って一人アンサンブルを実現しようという、やや欲張りな発想の楽器です。奏法的に、あまり生音は大きく出せませんので、エレクトリック楽器ならではのアイデアでもあります。見た目はボディ全体が指板という感じで、明らかに、既存ギターやベースとは違った印象を受けます。

タッピング奏法に最適化したデザインといえます。その結果、幅広い音域で、メロディ、コード、ベースを一人で同時に扱えるようになりますが、ピアノほどの自由度はありません。ギタリストもピアニストもすぐに弾きこなすことはできないので、新たに独自技術を習得する必要があり、演奏技術の習得が厄介な楽器です。

誕生から半世紀ほど経ちましたが、消えることなく、次の世代のミュージシャンがスティックをプレイしています。このようなマイナーな楽器が生き延びている理由は、一人アンサンブルが可能という機能面だけでなく、やはり独特な音に魅力があるからだと思います。またギターやベースとは違う異質な演奏姿も見た目にインパクトがあり、これも消えない理由のひとつかもしれません。楽器は演奏者と一体となって、どう見えるかという、見栄えが凄く重要なのです。

続いてチューニングについて触れておきたいと思います。Stickにはさまざまなバリエーションがあるのですが、原点といえる10弦Stickは以下のような並びになっています。音名は国際式で、各弦の最低音となります。

一般的な4弦ベースよりも低いC1まで扱えます。高域はギターと同程度です。弦のスケールは915mmで、通常のエレクトリック4弦ベースが863.6mmなので、若干長い程度です。メロディー弦と呼ばれる1~5弦はギターと似た4度チューニングなので、ギタリストやベーシストから見たら違和感はほとんどないです。ユニークなのは一番低い音が出る6弦が中央にあることです。中央付近はタッピングで弾きやすい位置なので、使用頻度が高く、重要な弦ということで、このような配列になったと想像できます。この一番低い6弦から10弦にかけて、5度チューニングで、音が上がっていきます。これは馴染みのない配列で戸惑うところです。それでもG、D、A、Eという並びは見覚えがある配列です。上がり下がりは逆になりますが、ギタリスト、ベーシストに配慮した結果のチューニングなのでしょう。

■ ヘルマンハープ

馴染みのある五線譜は鍵盤に最適化されていますので、他の楽器で使うにはいろいろ問題があるのですが、譜と楽器をセットで開発し、しかも一体化することで譜と楽器の新しい関係を作り出しています。今までにないユニークな試みといえます。

仕組みとしてはハープの弦とボディの隙間に楽譜を置いて、そこに書かれている音とハープの弦の位置関係が対応しています。演奏は上から順に書かれている音の弦を指で弾いていけば、曲が演奏できるという具合です。

下図は、縦線が弦で、譜には白丸(左手)、黒丸(右手)が書かれ、斜めの線に従って弾いていきます。弦は半音間隔で張られているので、譜を左右にずらすことで、調を簡単に変更でき、1枚楽譜を書けば全調に対応できるという五線譜では考えられない芸当が可能になっています。ハープなので1弦1音程で、弦の数は多めになります。18弦、25弦、37弦のモデルがあります。

ヘルマンハープは1987年にドイツのヘルマン・フェーが障害を持つ息子さんのために開発したという経緯ですが、これは優れたユニバーサルデザインで、健常者にとってもメリットは大きいです。日本には既存楽器が難しいと感じる人のために大正琴がありますが、あれに近いものを感じます。肩肘張らず純粋に楽しむための楽器といえます。

■ Harpejji

2008年に発表された比較的新しい楽器です。スティービー・ワンダーが使って地味ながら注目を集めました。ピアノ弾きはギター的なアプローチを夢みます。ベンディング、ビブラート、オーバードライブした歪んだ音などです。Harpejjiはキーボーディストを意識した構造になっています。キーボーディストはシンセサイザーを使えば、音的には、いろいろ実現は出来るのですが、やはりアコースティックな部分というのは捨てがたいのでしょう。

Harpejjiは24弦、16弦、12弦などのモデルがありますが、鍵盤のように横移動を重視しているため、弦数は多めです。演奏スタイルは鍵盤のようですが、まるでギターのヘッド側を自分に向けたような位置関係になっています。つまり奥に行くほど音が上がるわけです。基本的にスティックと同じようにエレクトリック楽器で、奏法もタッピングが基本のため音色も似た傾向にあります。

本体全体が指板という感じなので、これもスティックに近いですが、白と黒のマークもあり、より鍵盤的発想です。ドだけは分かるようにマークがあります。下図では外形線のある白がドです。ただ弦は全音階で張られていて、水平に弾くとホールトーンスケールとなります。ドレミファソラシドを弾く場合はいろんなパターンが考えられますが、なるべく水平を維持する場合は下図のような運指になります。また斜めな運指をすれば音域を最大限使えます。この構造から自ずと半音を意識するようになります。またクロマチックに弾くことも容易いことが分かると思います。

今回紹介した楽器は、どれも既存楽器への不満が出発点のようです。スティックなら、ギタリストの立場で、より完全楽器へ近づける試みだろうし、ヘルマンハープは、既存楽器が難しいと感じる人にもやさしい楽器を目指し、Harpejjiはキーボーディストがギタリストみたいなことをしてみたいという願望のようにみえます。このように考案者の熱い思いがあると、それに共感する人には受け入れられ、それなりに浸透していくようです。

他の発音原理のインターフェイスについては、次回紹介したいと思います。


コラム「sound&person」は、皆様からの投稿によって成り立っています。
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あちゃぴー

楽器メーカーで楽器開発していました。楽器は不思議な道具で、人間が生きていく上で、必要不可欠でもないのに、いつの時代も、たいへんな魅力を放っています。音楽そのものが、実用性という意味では摩訶不思議な立ち位置ですが、その音楽を奏でる楽器も、道具としては一風変わった存在なのです。そんな掴み所のない楽器について、作り手視点で、あれこれ書いていきたいと思います。
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