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シンセサイザー鍵盤狂 漂流記 ~音楽を彩った電気鍵盤たちとシンセ名盤の数々~ その43

2021-07-20

テーマ:音楽ライターのコラム「sound&person」

和製アース・ウインド&ファイヤー、スペクトラム!

今回の鍵盤狂漂流記は指向を変え、日本のブラスロックバンド、「スペクトラム」を取り上げます。スペクトラムは1970年代にキャンディースのバックバンド、MMPが母体となり、結成されました。スペクトラムの売りはリーダーであり、トランペット奏者の新田一郎氏(以下敬称略)と兼崎順一の2本のトランペットと吉田俊之のトロンボーン、計3本による分厚く、キレのいいブラスサウンドです。

もう1つスペクトラムには大きな特徴がありました。それは新田一郎のファルセットボイスです。私は70年代までにメインボーカルをファルセットで歌うバンドを記憶していません。スペクトラムは地声で歌うというバンドの概念を覆えす画期的手法を取ったバンドでした。

その背景にあるのはアース・ウインド&ファイヤー(以下EW&F)だと思います。EW&Fにはフィリップ・ベイリーという強力なファルセットボーカルがいて、もう1人のボーカリストであるモーリス・ホワイトとのツインボーカルで一世を風靡していました。スペクトラムは新田一郎のファルセットボイスを前面に据え、和製EW&Fを縹渺したバンドだったと云えます。スペクトラムはその他にギタリストでダミ声の西慎嗣、ベイシストの渡辺直樹と3人のボーカルを擁していました。この3名によってスペクトラムの楽曲はカラフルで変化に富むものとなりました。

また、スペクトラムはスタジオミュージシャンの集合体だった為、演奏力の高いバンドでした。一方、古代のローマ兵士を思わせる甲冑を身に着け、演奏中にダンスも踊ったことから、色物バンドと捉える人もいました。しかし、彼らは高い音楽性と演奏力をもった並外れたファンクロックバンドだったのです。

スペクトラムを支えるキーボーディスト奥慶一

スペクトラムのキーボーディストは奥慶一。奥のキーボードセッティングは1980年のライブではメインキーボードはフェンダーローズ・スーツケースピアノでした。ローズの上にコルグ800DV,ヤマハCP-80の上にソリーナ・ストリングアンサンブルを乗せていました。スペクトラムの楽曲をフェンダー・ローズでバッキングするのがメインの奥スタイルでした。「アクトショー」「トマト・イッパツ」などではフェンダー・ローズによる達者なバッキングを聴く事ができます。

■ 推薦アルバム:スペクトラム『スペクトラム』(1979年)

スペクトラムの傑作ファーストアルバム。このアルバムにスペクトラムの要素が全て詰まっています。それに加え、イイ楽曲が多いです。演奏や録音が良くても曲が良くなければアルバムの価値は上がりません。ファーストアルバムにはこれまで日本のバンドにはなかった幾つかの試みがあります。①ホーンセクションを前面に出した楽曲②ファルセットボーカルの導入③渡辺直樹のチョッパーベース…この3要素が上手く演出された楽曲が揃っています。

「アクトショ-」「トマト・イッパツ」など彼等の代表曲がずらり。レコーディングはロサンゼルスのワーナースタジオで行われ、切れの良いブラスサンドに仕上がっています。

推薦曲:『アクトショー』

最もスペクトラムな1曲。「アクトショー」と「握手しよう」のダブルミーニングの歌詞。スピード感のあるブラスリフはまさにスペクトラムの真骨頂です。Aメロを3人のボーカリストがハモを含み同時に歌い、Bメロをギタリストの西慎嗣とベイシストの渡辺直樹、トランペットの新田一郎が交互に歌う。サビを3人が歌い、しかも1コーラス目と2コーラス目の歌い手の順番も変えるなど、複雑なボーカル構成になっている。渡辺直樹のファンキーなベースが印象的。奥のローズバッキングも光っている。

推薦曲:『パッシング・ドリーム』

渡辺直紀の曲。渡辺の声は甘めの美声である。その声を生かした美しいバラード。 イントロ部は新田のファルセット、Aメロは渡辺のリードボーカルで合いの手が新田のファルセット、サビは渡辺の新田とは異なるファルセットボーカル。この曲もボーカルパートが工夫されている。そこに渡辺の印象的なスラップベースが色を添える。渡辺はリードボーカルを歌いながらのベースプレイでミュージシャンとしての技を見せている。当時、渡辺の様なスラップベースを弾けるミュージシャンはスペースサーカスの岡野ハジメ位だったと思います。渡辺はライブでもスタジオ盤と同様、見事に2役以上をこなしていた。

推薦曲:『トマト・イッパツ』

スペクトラム最高傑作の曲。新田一郎のファルセットボーカルが大フューチャーされている。私は1980年12月、スペクトラムのライブの前に新田一郎のファルセット(ウラ声)が実際のライブで聞こえるのか?という疑念を持っていました。ファルセットは地声に比べ、音のレベルは低く、ロックバンドのボーカリストはマイクに唇を付けて張り上げますから、到底ファルセットは地声に敵わないと思い込んでいたのです。しかし、新田のファルセットは別物でした。ブラスのリフやオブリなどに負けることなく、そのファルセットボイスはしっかりと聞こえていました。
『トマト・イッパツ』は分かりやすいポップな名曲、新田のファルセット、印象的なブラスリフとバッキング、渡辺直樹のツボを押さえたスラップベース、ブレイクの掛け声など、スペクトラムの様々な試みが高度な楽曲を支えていました。ハウリングが無ければ、もっと素晴らしかったのに…。

推薦曲:『1920,アミューズ・カンパニー~スマイル・フォー・ミー』

冒頭のインタールード的な機能を受け、最終曲としてクレジットされているジャジーな4ビートの曲。

■ 推薦アルバム:スペクトラム『オプティカル・サンライズ』(1980年)

スペクトラムのセカンドアルバム。プロレスラーの入場テーマ曲や高校野球の定番応援曲など代表曲が揃っている。スペクトラムはサザンオールスターズとの交流もあり、桑田佳祐が作詞した曲も含まれている。ライブでは桑田が飛び入りをして自ら歌っていた。

推薦曲:『イン・ザ・スペース』

2枚目のシングルとして発売。オーディオメーカーとタイアップし、CM楽曲となった。新田一郎のファルセットボーカルがメインでフューチャーされている。パーカッションが効果的な役割を果たしている。タワレコ限定版にボーナストラックとして収録。

■ 推薦アルバム:スペクトラム『セカンド・ナビゲーション』(1981年)

スペクトラムのフォースアルバム。これまでとはニュアンスが異なる「Night Night Knight」がシングルカットされる。スペクトラムのトレードマークであるホーンやファルセットボーカルが影を潜め、シティポップ的な要素が強くなった。このアルバムを最後にスペクトラムは解散する。

推薦曲:『なんとなくスペクタクル』

ベスト・セラー小説「なんとなくクリスタル」をパロった「なんとなくスペクトラム」が笑える。♪~ブランド無しじゃ生きていけない男と女にスーパーボルト~♬ 当時、原宿で売られていた幻覚剤「ボルト」「ラッシュ」をネタにしている。

今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲、使用鍵盤

  • アーティスト:ペクトラム
  • アルバム:「スペクトラム」「オプティカル・サンライズ」 「セカンド・ナビゲーション」
  • 曲名:「アクトショー」「パッシング・ドリーム」「トマト・イッパツ」 「1920,アミューズ・カンパニー~スマイル・フォー・ミー」 「イン・ザ・スペース」「なんとなくスペクタクル」
  • 使用機材:フェンダーローズ・スーツケースピアノ、ヤマハCP80エレクトリックグランド、コルグ800DV、ソリーナ・ストリングアンサンブル

コラム「sound&person」は、皆様からの投稿によって成り立っています。
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鍵盤狂

高校時代よりプログレシブロックの虜になり、大学入学と同時に軽音楽部に入部。キーボードを担当し、イエス、キャメル、四人囃子等のコピーバンドに参加。静岡の放送局に入社し、バンド活動を続ける。シンセサイザーの番組やニュース番組の音楽物、楽器リポート等を制作、また番組の音楽、選曲、SE ,ジングル制作等も担当。静岡県内のローランド、ヤマハ、鈴木楽器、河合楽器など楽器メーカーも取材多数。
富田勲、佐藤博、深町純、井上鑑、渡辺貞夫、マル・ウォルドロン、ゲイリー・バートン、小曽根真、本田俊之、渡辺香津美、村田陽一、上原ひろみ、デビッド・リンドレー、中村善郎、オルケスタ・デ・ラ・ルスなど(敬称略)、多くのミュージシャンを取材。
<好きな音楽>ジャズ、ボサノバ、フュージョン、プログレシブロック、Jポップ
<好きなミュージシャン>マイルス・デイビス、ビル・エバンス、ウェザーリポート、トム・ジョビン、ELP、ピンク・フロイド、イエス、キング・クリムゾン、佐藤博、村田陽一、中村善郎、松下誠、南佳孝等

 
 
 
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