ラテンジャズの懐の深さをアフリカン、キューバン、ブラジリアンで味わう
前回 に続き、ラテンジャズ特集。今回はラテンジャズの「ボーカル編」で最終回を迎えます。
ラテンジャズの影の主役はなんといってもパーカッションですが、もう1つ忘れてはならないのがボーカルです。
アフロキューバンなラテンに溶け込むブラジリアン・テイストのボーカルを聴くと、ラテンジャズの裾野の広さと懐の深さを感じます。
ラテンジャズの背景にはブラジルがあり、アフリカがあり、キューバがあります。それぞれの要素が混じり合い、例えばブラジル色が強くなればボサノバやサンバに接近し、キューバ色が強くなればサルサ・テイストが濃くなるなど、各国の特色やラテンジャズに投影されます。
様々な地域や国の音楽的要素が溶け合うことで、新たなラテンジャズが誕生します。そんな背景を思い浮かべながら聴くのも、また一興だと思います。
■ 推薦アルバム:ダイアン・リーブス 『I Remember』(1991年)

1991年リリースのダイアン・リーブス初期の名盤。このアルバムでジャズシンガー、ダイアン・リーブスとしての評価が花開いた。取り上げた楽曲はスタンダード・ジャズをはじめ、リズム&ブルース、ワールド・ミュージック、ポップスと幅広いジャンルに及んだ。
『アフロ・ブルー』『朝日のようにさわやかに』、『ラブ・フォー・セイル』『ハウ・ハイ・ザ・ムーン』といったジャズ・スタンダードの名曲もクレジットされている。
メンバーはビリー・チャイルズ(pf)、トニー・ウィリアムス(dr)、スタンリー・クラーク(b)、フレディ・ハバート(tp)といったレジェント達が顔を揃えている。
推薦曲:「Afro blue」
この楽曲はジョン・コルトレーンが取り上げ、マッコイ・タイナーのピアノとエルヴィン・ジョーンズのドラミングがその魅力を際立たせたことで知られる。ダイアン・リーブスの歌唱もオリジナルの領域を逸脱することはなく、コルトレーンへのリスペクトを感じる。
彼女が歌う『アフロ・ブルー』は、ラテンジャズの中でもサルサの影響が色濃く滲むアレンジだ。カウベルなど、複数の金物系パーカッションが鳴り響き、ギロがリズムの輪郭を鮮やかにする。ウッドベースのうねりがアフリカの地平を思わせる中、ダイアン・リーブスのボイスが滑り込むように入ってくる。
ババックのハーモニーはアコースティックピアノのシンプルなコードくらいで、メロディを担うのはボーカルの後ろで響くサックスのアドリブだ。
まるでアフリカの大地で人々が雄叫びに近い歌を歌っているかのような錯覚に陥るほど、非常に土着感の強いアレンジとなっている。アフリカとキューバが融合した、ハイブリッドなジャズである。
■ 推薦アルバム:ルー・ロウルズ 『LIVE!』(1967年)

ルー・ロウルズ初のライブアルバム。自身のヒット曲はもちろんのこと、ジャズ・スタンダードやボサノヴァの名曲も取り上げている。当時の彼はフランク・シナトラを凌ぐほどの勢いがあり、男性ボーカリスト・カテゴリーで1位を獲得するなど、絶大な人気を博していた。
彼の魅力は、どんな曲を歌ってもジャズのスウィング感があり、さらにネイティブなスパイスが加わる点にある。単なるジャズやブルースシンガーに留まらないのが、ルー・ロウルズの真骨頂だ。
推薦曲:「イパネマの娘」
アントニオ・カルロス・ジョビンの名曲。「イパネマの娘」をルー・ロウルズが歌うとこうなる、という好サンプルといえる。ボサノヴァ特有の乾いた空気感はここにはなく、よりネイティブでジャジーなテイストが加味されている。リズムもボサノヴァではなく4ビートに近く、ルーの歌唱は見事にスウィングしている。
トミー・ストロードが弾くピアノソロも、ジャジーでブルージーな要素が強い。
■ 推薦アルバム:デューク・ピアソン 『How insensitive』(1969年)

1969年リリースのデューク・ピアソンの大名盤。ピアニストだけでなくフリューゲルホルンもこなす才人であり、作曲家、アレンジャー、そしてブルーノート・レーベルのプロデューサーとしても活躍した、ジャズシーンの巨匠の一人だ。
デュークの作る音楽には、いわゆる難解なジャズとは違う独特のメロディアスな部分があり、それを評価する声も大きい。筆者もそんな一面に好感を抱いている一人である。
このアルバムはラテンジャズといっても、ブラジリアン・ミュージックの領域が大きい。そしてもう1つのエポックは、パーカッショニストのアイアート・モレイラと、彼の妻であるフローラ・プリムの参加だ。この二人が、作品からある種の“ジャズ臭さ”を消し、ブラジリアン・ミュージック特有の芳香をもたらしている。
推薦曲:「サンダリア・デラ」
デューク・ピアソン作曲の、ボサノヴァとサンバを掛け合わせたような一曲。「彼女のサンダル」という邦題で知られている。
サンバのリズムをベースに展開する、ライトなラテンジャズ・ボーカルものだ。ブラジル音楽由来の側面もあるが、一般的なボサノヴァとはタッチが異なる。それはジャズピアニストであるデューク・ピアソンならではの感覚が大きいのではないだろうか。
フローラ・プリムのボーカルが、グルーヴするリズムの上でキュートに響く。ジャズの香りは、そんな彼女の歌声の中に溶けて消えているようだ。
パーカッションはフローラの夫、アイアート・モレイラ。彼はチック・コリアが立ち上げたリターン・トゥ・フォーエバーの鍵を握る中心人物であり、その活動は新しいジャズスタイルの創造に大きく貢献した。そのあたりも、この曲からジャズやバップの定型的な匂いを消している要因なのかもしれない。
推薦曲:「Lamento」
アルバムの最後を飾るのが、アントニオ・カルロス・ジョビン作曲、ヴィニシウス・ヂ・モライス作詞という、ボサノヴァ黄金コンビによる『Lamento』だ。
このトラックで印象的なのは、デューク・ピアソンによるピアノソロだ。ジョビンもアルバム『Wave』でこの曲を演奏しているが、全く違うアプローチのソロを聴くことができる。デュークが意識的にアウトさせていく音の選び方は、彼がジャズピアニストであることを想起させる。ブラジル人ミュージシャンであるジョビンとの違いが鮮明であり、聴き比べるのも面白いだろう。
また、アイアート・モレイラのウッドブロック系パーカッションが、この楽曲のラテンテイストをそこはかとなく盛り上げている。ジョビンのボサノヴァとは全く異なる世界がここにはある。
今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲
- アーティスト:ダイアン・リーブス、ルー・ロウルズ、トミー・ストロード、デューク・ピアソン、アイアート・モレイラ、フローラ・プリム、アントニオ・カルロス・ジョビンなど
- アルバム:『I remember』『LIVE!』『How insensitive』
- 推薦曲:「Afro blue」「The girl from ipanema」「サンダリア・デラ」「Lament」
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