現代において主流の音声合成はサンプリング系です。1980年代後半から市場を席巻し、40年近く経ちますが、その地位は揺るぎません。また合成方法ではありませんが、ソフトウェア化に伴いアナログをデジタルで再現する試みがこの10年のトレンドと言えそうです。テクノロジーの進化に伴って、従来とは違った考え方の音声合成方法が出てきても良さそうですが、あまり見かけません。そんな中、今回はサンプリングの仲間とも言えますが、やや考え方が異なる個性的なグラニュラー合成を紹介したいと思います。
グラニュラー合成 (Granular synthesis) の歴史
最近は音源やエフェクトでグラニュラーという言葉が使われるのも珍しくなくなりましたが、その歴史は古く、概念的にはどこに行着くか分かりません。「サイバネティックス」で有名なNorbert Wienerという話も出てきます。音楽としてはテクノロジーの利用が必須のため1970年代に具現化されます。取り組みとしては1960年代ごろから始まり、建築家であり現代音楽作曲家であるIannis Xenakisが、その構成理論を述べています。1970年代にはCurtis Roadsによってコンピューターを使った試みが行われます。1980年代には現代音楽作曲家Barry Truaxによって「Riverrun」という作品を生み出すに至ります。合成にはDMX-1000 Signal Processing Computerを使っていました。そして2000年以降、プラグインでグラニュラー合成を見かけるようになってきました。
グラニュラー合成ってどんな合成方法?
グラニュラーは、粒子(グレイン)という意味で、音の粒を使った合成方法ということになります。おそらく音をより純度の高いものとして扱いたかったのだと思います。すべての音は、音の粒で構成されているという感じでしょうか。フーリエ変換を別の角度で推し進めた印象です。Barry Truaxがサイン波を合成していたことからも、その思想が伺えます。
音は時間軸を持っているので、グラニュラー合成では最小の粒を10〜50msecなどの範囲で定義していることが多いです。実際には使い勝手から300msecぐらいまで拡張されています。1粒だけを聞くと音程などは聞き取ることが困難で、特に低い音は顕著になります。10msecぐらいになると、ほとんどクリック音となってしまいます。この音の粒を敷き詰めて、群として再構成することで音程やテクスチャーが形成され、様々なサウンドを形作ることができます。これがグラニュラー合成の概要になります。
仕組みは理解しやすいのですが、そこから出てくる現象は厄介なことになっています。実際のグラニュラーシンセではサンプルを扱うので、サンプリングタイプのシンセと同じように見えてしまいますが、根本にある思想が大きく違うことを理解すればグラニュラー合成の使い方も見えてくると思います。
例えば、粒ひとつひとつをわずかに違うものとして扱うことで、よりグラニュラー合成らしさを引き出すことができます。粒の重なり具合や音程、音量、歪などに、わずかにランダムが発生することで、有機的な表情が生み出されます。下波形はサイン波を使った音ですが、各粒子の性格を変えたことでやや混沌とした音になっています。逆に粒らしさを消してしまうと、他音源との差別化が難しくなってしまいます。
使い方
この音源は個性が強く、何でも使える万能音源というわけではありません。また音作りは波形を意識する必要があります。
ここではピアノのC4(261.626Hz)をサンプリングして何ができるかを試してみます。下図がピアノの波形で、徐々に減衰しているのが分かります。
赤枠部分を切り取って並べてみます。間隔よりも粒の方が短いため、音がない隙間も存在します。見た目通り、人工的な音がします。大事なのは短すぎる10msec程度の粒も連なり始めると音程感が出てくることです。多少の隙間は音程感を邪魔しません。
次にもう少し自然な音に変化させてみます。粒を長くし、音がない部分をなくし、なおかつ粒ひとつひとつにフェードインアウトを加えて、多少オーバーラップさせてみます。間隔ごとにトレモロのような効果が発生していますが、アタックが存在しないためピアノの音からかけ離れたサウンドになります。バイオリンのような擦弦楽器のような音になります。
読み込む箇所や粒の長さなど、各パラメータにランダムを入れます。ランダムを最大にすると流れさえも不明確になり、どこへ向かう音か分からなくなります。楽器の音というよりはサウンドスケープで利用するような混沌とした環境音です。グラニュラーならではの音と言えるかもしれません。
粒ひとつひとつの操作が可能なので、ひとつ分ごとにピッチを上げてみたところです。波形では分かりにくいですが……
ピアノの音をグラニュラーならではのピアノらしい音にしてみます。本来、丸ごと再生すれば「そのもの」の音が出ますが、それではサンプリング音源と同じになってしまいますので、切り取る場所を時間経過と共に移動させてみます。つまりピアノの音の瞬間瞬間を切り取って、アニメのようにつないでいきます。そうするとピアノの音が細切れで再現されます。ピアノに聞こえるけど不思議な音という感じになります。
ピアノの音から打楽器の音を作ってみます。膜鳴楽器は音が出た瞬間からピッチが若干下がる傾向にあります。それをピアノの音でシミュレートすると打楽器っぽい音になります。波形の間隔が徐々に広がっているのが確認できると思います。
サンプル素材の重要性
上記のようにたった1音のサンプルから、様々なバリエーションを生み出すことが可能ですが、サンプルが持つサウンドカラーは支配的で、そこから抜け出すには使うサンプルと切り取る場所を吟味する必要があります。また加工方法もいろいろ考えられるため、ある程度経験値が必要になってくると思います。また考え方によってはウェーブテーブルに近いところもあり、サンプルをウェーブテーブルと捉えて作るのもよいかと思います。上記はアコースティックの音で試しましたが、人工波形である サイン波、矩形波、そしてチャープ音はグラニュラーと相性がよいと思いました。
グラニュラーシンセの紹介
グラニュラー合成を取り入れているハイブリッドシンセは珍しくありません。また同じ原理を使ったグラニュラーエフェクトも存在しています。以下はグラニュラー機能だけを持ったシンプルなソフトシンセなので、グラニュラーシンセってどんなものか試してみたい人にはちょうどよいプラグインだと思います。
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