メリー・ルーで見た渋いレコードジャケット
私が学生の頃、行きつけのジャズ・ロック喫茶がありました。メリー・ルーというその喫茶店に私を含む軽音楽部メンバーは入り浸っていました。
我々がメリー・ルーに行っていた訳は、週1回程度でマスターが新譜を買って聴かせてくれるという大きなメリットがあったからです。貧乏学生なので当然、レコードを購入する資金などあるはずもなく、コーヒー1杯で1日中粘って授業もそこそこに音楽を聴くという怠惰な生活を送っていました。
ある日、マスターが外出から帰ってきて棚に飾ったのは、とても素敵なジャケットのレコードでした。
バンド名は「ラーセン・フェイトン・バンド」。私はそのバンドを知りませんでした。カラー写真全盛時代にそのジャケットは薄めのクリーム色がのった白黒写真、左側にギタリストのバジー・フェイトンの微笑みをたたえた横顔、右サイドに笑顔のニール・ラーセンの正面からのバスト・ショットが印象的な写真です。
横にいた私の友人が「これを撮ったのはノーマン・シーフかな?」といってアルバム裏のクレジットを見ると案の定、撮影者はノーマン・シーフでした。
ノーマン・シーフはイーグルスやフランク・ザッパ、ジョニ・ミッチェル、キース・リチャーズ、KISS、リッキー・リー・ジョーンズなど著名ミュージシャンを撮影する、業界では名の知れたカメラマンです。特にモノクローム表現に味わい深さがあり、私も大好きなカメラマンです。このジャケット写真も一目見てノーマン・シーフと分かるほどの威光を放っていました。この巨大なジャケット写真が青山のビルの広告に描かれていたのを今でも鮮明に記憶しています。
音を聴くと素晴らしかった!プロデューサーはトミー・リピューマ!
音を聴いてさらに驚きました。一言で云えば抑制されたバンド・サウンド!これに尽きます。シンセサイザーを使った煌びやかな音はどこにもありません。ギターの音もエフェクターの使用が限られている印象です。多分、ギターにかかっているエフェクトはエコーかディレイ一発なのではないかと推測できます。音を装飾するという発想ではなく、極力余分な音を排除し、生音を生かすことで各楽器を際立てるという手法だと考えることができます。
プロデューサーはもちろん、トミー・リピューマ。アンサンブルに余分な音を入れないという姿勢が徹底しています。足し算の音楽ではなく、引き算の音楽です。こういったアプローチはトミー・リピューマの最も得意とするところでジョージ・ベンソンやマーク=アーモンドのアルバムも同様です。
私がニール・ラーセンとバジー・フェイトンのライブを見たのは渡辺貞夫さんとのセッションだったと思います。ニール・ラーセンのハモンドはまさにCDと同じ音。かなりの長身だったバジー・フェイトンのストラトからもアルバムと全く同じ音が出ていました。
■ 推薦アルバム:『ラーセン・フェイトン・バンド』(1980年)

ニール・ラーセン(Key)は1948年アメリカ、オハイオ州生まれのキーボード奏者。メイン楽器はハモンドオルガン。ピアノやシンセサイザーも使いますがメインは絶対的にハモンドオルガン。バジー・フェイトン(Gt)は1948年、アメリカ生まれでニューヨーク育ち。19歳でクラプトンやジミヘンとの共演をきっかけにプロ活動に入る。ニールとバジーは1972年にフルムーンというバンド名でファーストアルバムをリリースするが商業的成功は納めることができなかった。
1978年のニール・ラーセンの名ソロアルバム『ジャングル・フィーバー』で再び共演。それがラーセン・フェイトン・バンドへとつながることとなった。実はニール・ラーセンの『ジャングル・フィーバー』もプロデューサーはトミー・リピューマだ。このアルバムもハモンドオルガンが強調されたいいアルバムになっている。音の整理と音の聴かせどころが分かっているプロデューサーの持ち味はどのアルバムでも変わることはない。

ニール・ラーセン『ジャングル・フィーバー』(1978年)
話を戻す。「ラーセン・フェイトン・バンド」のレコーディングメンバーは二人の他にベースはダニー・ハザウェイとも共演歴があるウイリー・ウィークス、ドラムはトム・スコットなどと共演歴のあるアート・ロドリゲス。TOTOとなどと共演しているレニー・カストロといった腕利き達。
シンプルなバンド・サウンドでありながら、バジー・フェイトンの歌声が冴え、ソウルを感じる名盤に仕上がっている。
推薦曲:「今夜は気まぐれ」
ブラスセクションのイントロから幕を開けるシングルカットされた名曲。シンプルなブラスアンサンブルがこの楽曲を引き立てる大きな要素になっている。
ニール・ラーセンのハモンドオルガンが全体の底辺を支え、音数の少ないバンド・サウンドに厚みを加える。バジー・フェイトンのギターソロがブルージーに響く。冒頭のブラスアンサンブルのテーマが終わった直後に一瞬だけ入るポルタメントがかかったミニモーグのグリッサンドがいい味を出しているし、洒落ている。トミー・リピューマの悪戯っぽい笑いが思い浮かぶ。
80年代初期に私が在籍したバンドでもこの楽曲をコピーしていた。2コーラス目から入るタメの効いたアコースティックピアノの刻みを弾くのに戸惑った記憶がある。
■ 推薦アルバム:『フルムーン』(1982年)

1982年に突如としてラーセン・フェイトン・バンドはフルムーンと改名しアルバムをリリースする。プロデューサーはトミー・リピューマ。どういういきさつでバンド名を変更したのかは謎。ただし、音は前作のラーセン・フェイトン・バンドの音とほとんど変わることはない。トミー・リピューマ的品格をもった音が展開される。音が整理され、抑制されたバンド・サウンド。音と音の隙間の演出を聴くといっても過言ではない。そういう意味では前作の延長線上にあるアルバム。
推薦曲:「ブラウン・アイズ」
バジー・フェイトンの印象的なギターカッティングとハンド・クラップからスタートするキャッチーな楽曲。マイナーなサビの後に珍しくニール・ラーセンが奏でるミニモーグのソロがいい味を出している。聴いた当初はバジー・フェイトンのソロかと勘違いしてしまった程。ギターそっくりな音色といい、フレージング、ベンディングのタイミングなど、数多くのギターソロを模したシンセソロの中で出色の出来だと思う。
今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲
- アーティスト:バジー・フェイトン、ニール・ラーセン、ウイリー・ウィークス、アート・ロドリゲス、レニー・カストロなど
- アルバム:「ラーセン・フェイトン・バンド」「フルムーン」
- 曲名:「今夜は気まぐれ」「ブラウン・アイズ」
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