ポリフォニック・シンセサイザーの名機といえばシーケンシャル・サーキット社(現在はシーケンシャル社)のプロフィット5、オーバーハイムのOB-X、OB-Xa、OB- 8、ヤマハのCS-80、ローランドのジュピター8といった伝説のポリシンセの名前が思い浮かびます。
名機の名を冠するポリシンセの価格はとても高価でどれも100万円から200万円というアマチュアには手が出ない機材ばかりでした。
そこに風穴を開けたのが国内シンセサイザー・メーカー、コルグのPolysixであり、ローランドのJUNO-60でした。コルグのPolysixは248,000円、JUNO-60 も同等の価格帯でリリースされました。1983年のことです。
JUNO-60はJUNO-6にはない56音の音色をメモリーできる機能を有していました。
私は1982年にコルグのPolysixを購入しましたが、JUNO-6には音色メモリー機能が付いていないためでした。
もう1つだけ私にとってネガティブな要因だったのはJUNO-6はオシレーターがVCO(ヴォルテージ・コントロール・オシレーター)ではなく、DCO(デジタル・コントロール・オシレーター)だったことです。
DCOはVCOに比べるとデジタルのため、チューニングは安定しているものの、音的にはVCOよりも音に厚みがなく、単一的に聞こえるといわれていました。そのためかどうかは分かりませんがJUNO-60 には音を分厚く聞かせる「コーラス」というエフェクトが付いていました。一方、Polysixにも「アンサブル」という音を厚くするエフェクトが付いていて、とても重宝したのを記憶しています。
これらの仕様は1オシレーターにおける音の厚みの問題点をカバーする措置だったとも考えられます。
プロフィットやオーバーハイムは2つのVCO仕様だったのに対し、当時、国内製のポリフォニック・シンセサイザーはコスト的問題から1つのみのオシレーター仕様でした。オシレーターは1つより、2つ、2つよりも3つの方が音に厚みが付きます。それをカバーする方策としてPolysixとJUNO-60 にはサブオシレーターが付いていました。
安価なポリシンセを作るために国内メーカーも涙ぐましい努力をしていたのだと思います。
私がポリフォニック・シンセサイザーでDCOのポリシンセを購入しない要因の1つにそういった理由があります。私が購入したブロフェルドのポリシンセはDCOのオシレーターでしたがそこまで音が薄いという印象はありませんでした。しかしどうしてもVCOに軍配があがるという事実はいなめませんでんした。
国内製の2つのポリシンセは圧倒的にコストパフォーマンスが優れていました。当時プロフィットやオーバーハイムは200万円近い価格。25万円以下で購入できるポリシンセはこの2台以外には無かったのです。
音的には上記の要因などからプロフィットやオーバーハイムを超える音は出ませんでした。価格が価格なので当たり前のことです。
しかしその音色を逆手にとって制作されたアルバムが世に登場します。
安価なJUNO-60を使いリッチではなく、どちらかといえばチープな音を全面に据えた音楽。そんな音が音楽と一体化し、ミュージシャンのキャラを引き立てる歴史的名盤がシンディ・ローパーのファースト・アルバムでした。

ローランドJUNO- 60, CC BY 2.0 (Wikipediaより引用)
■ 推薦アルバム:シンディ・ローパー『シーズ・ソー・アンユージュアル』(1983年)

シンディ・ローパーの歴史的ファースト・アルバムであり、歴史的大名盤。
印象的なジャケットにも理由がある。撮影者はかつてローリングストーン誌の女性チーフカメラマンだったアニー・リーボヴィッツだ。アニーはジョン・レノンとオノ・ヨーコのセンセーショナルなベッドシーンを撮影し話題をまいた。また、ブルース・スプリングスティーンやデヴィッド・バーンなど、多くのロック・アーティストを撮影したポートレートの巨匠でもある。最近、ニュースを賑わせているイーロン・マスク氏も撮影対象だった。アメリカカルチャーの懐の深さが垣間見える。
このアルバムの何が素晴らしいのかといえば、シンプルに楽曲がいいことに尽きる。そして楽曲の良さを演出するアレンジが優れている。特に印象に残るのはポリフォニック・シンセサイザーによる味付けの素晴らしさだ。
このポリシンセのアレンジを担ったのがフーターズの鍵盤奏者のロブ・ハイマン。
世界的な大名曲となった「タイム・アフター・タイム」はロブ・ハイマンとシンディ・ローパーの共作だ。
ツアーメンバーのキーボーディストはデイビット・ローゼンタール。ハードロック・ギタリストのリッチー・ブラックモア率いる「レインボー」のキーボーディストとして知られている。21歳の若さでリッチー・ブラックモアの「レインボー」のキーボーディストに抜擢。ハモンドオルガンやオーバーハイムのポリシンセOB-Xa、ミニモーグなどを操るマルチ・キーボーディストだ。今となっては優秀なミュージシャンがシンディ・ローパーをサポートしていたことが分かる。
当時のドキュメント映像でアコースティックピアノの上にJUNO-60 を乗せたデイビット・ローゼンタールが、シンディ・ローパーとアレンジの打合せをしているシーンが思い出される。
アルバムはポリシンセなしでは成り立つことがない程、ポリシンセが大活躍。シンディの歌声とマッチしたポリシンセJUNO-60の音、そしてその機能を生かすアイディアとポップセンスに溢れている。
推薦曲:「ガールズ・ジャスト・ワナ・ハヴ・ファン」
当時のシンディ・ローパーの勢いがそのまま楽曲に乗り移ったかのように元気印満点。ポリシンセのブラス的音色がバッキングの中心になっている。この楽曲の聞きどころはシンセサイザーソロ。エンベロープ・ジェネレーターのアタック、サスティン、リリースが殆ど0でディケイを2か3位に設定。殆どリリースがないプツプツとした音で弾き、最後にVCFのカット・オフ・フリケンシーを上げ、小技を効かせている。ポップでキュートなフレーズが印象的。全米、2位を記録。
推薦曲:「オール・スルー・ザ・ナイト」
JUNO-60 に付帯しているアルペジェーターがイントロから聞ける。このアルペジェーターのシンプルなフレーズが楽曲の良さを引き出している。途中のシンセサイザーソロも弾きまくるわけではなく、粗削りで印象的な和音構成で聞かせている。全米5位を記録。
推薦曲:「タイム・アフター・タイム」
ジャズ・トランペットの巨匠が取り上げた大名曲。この楽曲にもポリシンセの特徴を生かしたアレンジが施されている。
ポリシンセの役割はベタな白玉のコードバッキングのみだが、Bメロ部分ではポリシンセの特徴を生かし、VCF(ヴォルテージ・コントロール・フィルター)のカット・オフ・フリケンシーをコントロールしてAメロとは違うクセを付けた音色に変えている。これまでのソリーナなどのストリングスではこの音色変化を得ることできず、ポリシンセ固有の効果として楽曲を演出している。
今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲
- アーティスト:シンディ・ローパー、ロブ・ハイマン、デイビット・ローゼンタールなど
- アルバム:『シーズ・ソー・アンユージュアル』
- 推薦曲:「ガールズ・ジャスト・ワナ・ハヴ・ファン」「オール・スルー・ザ・ナイト 」「タイム・アフター・タイム」
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