
記憶力はみんな悪い
楽器を始めたり、バンド活動や音楽活動をしていると、日々練習に励んだり、感覚を掴んだり、フレーズを覚えたり、曲を覚えたり「記憶する」ということは必要不可欠な要素となります。
そんな中で、ついつい周りの人と自分を比べてしまい、「自分は人より物覚えが悪いので上達が遅い。」「曲を何時間聴いても覚えられない。」そんな『記憶』についての悩みを持っている人は多いのではないでしょうか。
日々、私たちは膨大な情報に接しています。SNSのタイムラインの投稿や、たまたま見た電車の中吊り広告など、重要でない情報も全て記憶していては、重要な情報を取り出したい時に場所がわからなくなるので、人間の脳は「重要でないこと」は全て忘れるようにできています。
「自分は物覚えが悪い!」という人は、とても普通の人間です。「物覚えが良い人」は脳の処理能力が飛び抜けて高いのではなく、自分は忘れやすいということを理解し、『忘れない工夫』をしているのです。
記憶の仕組み。陳述記憶と非陳述記憶
記憶には、頭で覚える「陳述記憶(ちんじゅつきおく)」と、体で覚える「手続き記憶」(運動記憶)の2種類があります。
陳述記憶をする(頭で覚える)ときに、大切な役割をはたしているのが、記憶の仮保管所と言われる「海馬」です。
ある情報を得ると、記憶の仮保管所である『海馬』に、数十秒~約2週間保管されます。
その間に、何度もその情報にアクセスがあると、海馬は「これは忘れてはいけない!」と「重要な情報」と判断して、その情報を『長期記憶の保管庫』である『側頭葉』へ移動させるのです。
海馬が重要な情報と判断する基準は2つ
海馬が重要な情報と判断する基準は2つです。それは「何度も利用される情報」と「心が動いた出来事」です。
前者は、反復練習や復習、アウトプットにより、何度もその情報を使うことで「この情報はよく使うので、すぐに取り出せるようにしよう」と長期記憶の保管庫へ移動させます。
後者は、「もの凄く緊張した初めてのステージ」や「忘れられない失恋」というような、喜怒哀楽などの感情が大きく動かされた出来事によって、強烈に記憶に残る仕組みを持っています。
意味記憶と「エピソード記憶」
陳述記憶は、「意味記憶」と「エピソード記憶」に分けられます。
「意味記憶」とは情報、知識に関する記憶、いわゆる「暗記」というタイプの記憶です。歌詞を暗記したり、フレーズの手順を見て覚えるのは意味記憶です。
「エピソード記憶」とは出来事、経験、体験、思い出に関する記憶です。例えば、海外旅行に行った時のこと、ライブやコンサートに行った時のことや、レッスンやセミナーに行った時などの記憶はエピソード記憶です。
意味記憶は覚えにくく忘れやすい。エピソード記憶は覚えやすく忘れにくいという特徴があります。
「エピソード記憶」で覚える工夫
◎ 知っている記憶と結びつけて練習すると記憶しやすい
例えば、ドラムには「8ビート」というリズムパターンがあります。
ドラム初心者の方は、この8ビートから練習を始めることが多いです。「エピソード記憶」で習得出来る人は、ライブやコンサートに行った時の経験や、ギターなど他の楽器の演奏経験など「このリズムパターンは、あの時観た(聴いた)パターンだ」と、すでに自分の中にある音やイメージなど、記憶(長期記憶)とうまく結びつけられるため、習得が早く、忘れにくいです。
「意味記憶」で覚えようとする人は、音やイメージなど、自分の記憶と繋げるのではなく、目の前の手順を、順番に追ってしまいます。そうすると習得が遅くなり、忘れやすいです。
新しい技術や知識を身に付ける時は、自分の出来事、経験、体験、思い出と結びつけて覚えるようにしてみましょう。

自転車の乗り方を忘れる人はいない。「手続き記憶」
楽器の習得は体を動かして、体で覚える『運動』です。
自転車に乗る、ドラムを叩くなど、体を動かして覚える記憶は「手続き記憶(運動記憶)」と呼ばれています。
「手続き記憶」で中心的な役割をはたしているのは、「大脳基底核(だいのうきていかく)」と「小脳」です。
「大脳基底核」は脳が体の筋肉を動かしたり止めたりするときに、「小脳」は筋肉の動きを細かく調整して、スムーズに動くために働きます。
楽器の練習で何度も失敗を繰り返しながら練習するうちに、楽器の演奏のような「運動」で筋肉や腱を動かし、多くの神経細胞が働くことで、「大脳基底核」と「小脳」のニューロンネットワークが正しい動きを学び「手続き記憶」として、脳に残りやすい仕組みとなっているのです。
手続き記憶は一度覚えたら忘れません。
5年ぶりに自転車に乗ってもちゃんと乗れたり、10年ぶりにドラムを叩いてもそれなりに叩けるというのも、体で記憶しているからなのです。
「手続き記憶」で覚える工夫
◎ 書いて、歌って、演奏して覚える
実際に身体を動かして、運動神経を使うことで「手続き記憶」として記憶に残りやすくなります。そのため、「聴くだけ」ではなかなか曲を覚えることはできないし、演奏してみた動画やレッスン動画を「観るだけ」では、演奏出来るようになりません。
・声に出す(話す、メロディやリズムを口で歌う、など)
・書く(音符や言葉で書く)
・体を動かす(楽器を実際に演奏する。またはエアドラム、エアギターなど)
このように、実際に身体を動かして覚えていきましょう。
例えば曲を覚える時は、楽譜や音符がわからなくても「Aメロ」「サビ」「ブレイク」など、自分のわかる範囲で紙に書き出すだけでも効果がありますし、フレーズを覚える時も、口でフレーズを歌いながら手を動かすと覚えやすくなります。
「読むだけ」でなく、指先を使って「書く」、声に出して「音読する」、そして「話す」ことによって運動神経が使われて、忘れない記憶となります。
楽器の上達は何度も、繰り返す「反復練習」が必要不可欠となります。
しかしそれは、本を何度も読む、曲を何時間も聴く、動画を何度も観る、というものではなく、弾く、叩く、声に出して読む、リズムを歌う、書くなど「動作を繰り返す反復」が必要となるのです。

その他の工夫
◎ 自分の発想でグループ化する
例えば「946564830475」というような数字が並んでいると覚えるのが大変ですが、「9465-6483-0475」というようにまとまりを作ると、見やすくなるし、覚えやすくなります。
曲を覚える時に、楽譜を買って練習を始めるという人も多いと思いますが、頭から順番に譜面を読んで手順を追っていくのは、上記の番号を順番に覚えているようなもので、非常に効率が悪いです。
曲をざっくり「Aメロ」「サビ」など構成をまとめたり、「2拍」「1小節」「4小節」「8小節」など、まとまりを作ってフレーズを覚えるようにすると効果的です。
また、ドラムの基礎練習には「ダブルストローク」「パラディドル」「フラム」などたくさんありますが、「これとこれは左手を鍛えるのに役にたつな」「これとこれはスピードアップに役にたつな」「今やっている曲にこの動きが使われているな」など、自分の中でグルーピングして練習すると、効率よく練習することができます。
◎ 情報発信で記憶する
上達には『インプット』『アウトプット』『フィードバック』の、3つの要素が必要になります。
『インプット』は見る、読む、聞くなど、情報を入力すること。
『アウトプット』は書く、話す、歌う、叩く、挑戦する、などして行動すること。
『フィードバック』はアウトプットして得られた効果を振り返り、改善や軌道修正をすることです。
『SNSでの発信』はお手軽なうえ、効果的です。情報発信は、勉強したもの(インプット)を、情報処理して発信する(アウトプット)。
そして、いいね!が付くと自分の投稿を何度も見返し、軌道修正する(フィードバック)。上達のための3つの要素が詰まっているのです。
読んだ本の感想をブログに投稿したり、練習した動画を投稿することは、とても良いアウトプットです。また、情報発信することを前提に勉強したり練習したりするのも、情報の処理能力が高まるので、とても効果的です。
◎ 人に教える
「教える」は、自分の中で情報を処理し、要約して、相手の知っている言葉に言語化して伝える、という行為となります。「教える」というとハードルは高くなりますが、「読んだ本の感想を友達に話す」「レッスンを受けた内容を家族に話す」というのも、とても効果的です。
私が昔やっていたアルバイトには「トレーナー」という役職がありました。
ある程度の仕事が出来るようになったアルバイトに与えられる役職で、新人のアルバイトに仕事を教えて育てるという役職です。
これは仕事を「教える」ということで、教える側がより深く自分の仕事を理解できるようになるし、仕事に対しても責任感を持てるようになります。「トレーナーに新人を育てさせることによって、トレーナーをさらに成長させる」すごいシステムだと思います。
やらされ感を感じていると上達しない
これまで出来なかった事が出来たとき、『出来た!』『やった!』と嬉しさを感じることがあります。頭の中では、ドラクエでレベルアップした時のファンファーレが流れていると思います。
この時、脳内では喜びをつかさどる物質、『ドーパミン』が分泌されています。ドーパミンが分泌されるタイミングは、目標が達成されたときです。
ドーパミンは快感を生み出す脳内物質なので、目標が達成されてドーパミンが分泌されると、脳はもっと快感を得ようと、さらなる目標に向かうように行動を促します。
この快感は記憶力アップには欠かせない要素なのです。
脳の働きの本質は「自発性」です。
脳が喜びを感じるためには「強制されたものではない」ことが大切で、「自分で選んでいる」という感覚が、上達には欠かせません。
叱られないように練習をしたり、叱られた時にその場しのぎで練習をしても上達しません。「練習しなさい!」と言われて、イヤイヤ練習している時には、ドーパミンは分泌されないからです。
「自分で選んでいる」という「主体性」を引き出すためには、どんな小さな事でも自発的にやったという「成功体験」を持つことが大切です。
『基礎だから』という理由だけで練習したり、言われたことを淡々とこなすだけでは『出来た!』『やった!』と言う感覚を得られにくく、上達を遅らせます。
作業にならないようにするためには、あくまで自発的に「スピードアップする!」「左手をもっと動かせるようにする!」「この曲を叩けるようにする」といった目標を設定して、その目標に到達するために必要な練習を選んでいくことが大切です。
つまり上達するためには、挑戦し、目標を達成して『楽しさ』や『喜び』を感じることが大切なのです。

終わりに
同じ練習量、同じ練習時間でも、上達しやすい人、上達しにくい人はいます。それは才能の差や記憶力の差ではなく、「考え方」「取り組み方」にあります。自分自身のことを分析し、自分の記憶に残す方法を工夫できると、練習時間もぐっと短縮できるのです。
この記事を日々の練習や勉強のヒントにしてみてください。