渡辺貞夫電気ジャズ考 PARTII
鍵盤狂漂流記、前回は渡辺貞夫さんの電気ジャズライブレポートを組み込んだコラム。今回はそのパートIIをお送りします。渡辺貞夫さん(以下敬称略)は日本の有名なジャズレジェンドです。分かりやすく親しみやすい楽曲で日本のジャズシーンを牽引しました。ここまでメジャーになるのは、あまり市民権を得ていないジャズというフィールドでは稀有なことだと思います。
多くの人に知られるきっかけになったのは70年代後半から80年代にかけてのCM出演が影響していると考えられます。渡辺貞夫は化粧品メーカーやバイクメーカーなどのCMに自身の曲をバックグラウンドに使って出演しました。特に化粧品会社のCMは海外ロケもあり、おしゃれな映像が話題を呼びました。訴求力のある映像と新しい音楽…そんな時代の気分にマッチしたプロモーションで、あの笑顔と楽曲がお茶の間に浸透。ジャズアーティスト、ナベサダの知名度は飛躍的にアップしました。
80年代の渡辺貞夫ミーツ、キーボーディスト&ミュージシャン
私は80年代、渡辺貞夫のライブに数多く足を運びました。当時は化粧品メーカーの冠で「ブラバス・クラブ」と称し、毎年ライブイベントが開催されました。そのハイライトは渡辺貞夫が海外から招いた一流ミュージシャン達とのセッションでした。
「ブラバス・クラブ」は1985年から始まり、89年以降はキリン・ザ・クラブと名前を変え、継続されました。
以下は私が見た年代別のミュージシャンリストです。この面子を見ても当時、素晴らしいミュージシャンが来日していたのが分かります。
85年のジョー・クールとジェフ・ローバーは其々のグループに渡辺貞夫がゲスト参加したもの。それ以外は渡辺貞夫バンドとしてのセッションバンドです。
85年:ジョー・クール / ロブ・マウンジー(kb)ジェフ・ミロノフ(g)ウィル・リー(b) クリス・パーカー(ds)
「ブラバス・クラブ」の初回はキーボーディストであり、プロデューサーのロブ・マウンジーらで結成されたジョー・クール。ロブ・マウンジーはマイケル・フランクスのプロデュースを担当し、「オブジェクト・オブ・ディザイヤー」など数枚を制作しています。また、自身のソロアルバムとも云えるフライング・モンキー・オーケストラ「バック・イン・ザ・プール」もリリースしています。
ロブ・マウンジーはフェンダー・ローズピアノの上にローランドのジュピター8を置き、プレイをしていました。そのジュピター8は特別にカスタマイズされたものでした。ヤハマDX7には人の息でモジュレーション(変調)をかけるブレス・コントローラー機能が付いていましたが、ジュピター8にその機能はありませんでした。
ロブ・マウンジーはジュピター8のパネル上にリコーダーの吹口をセットし、それを吹きながらプレイをしていました。ジュピターに特注のブレス・コントローラー機能を付けていたのです。
ジュピター8(ジュピター6も同様)には音程を上下させるピッチベンドレバーの上にモジュレーションをかけるプッシュ型の白いスイッチが付いています。プレイしながらピッチ・ベントとモジュレーション(ビブラート)を同時にかけるのは難しく、フェンダー・ローズピアノを左手でプレイしながら、右手でジュピター8のビブラートをかけるのは困難です。両手が塞がった状況でのブレス・コントローラーはロブの音楽表現にとって欠くことのできない要素だったのだと思います。

86年:フーズ・フー、オナージ・アラン・ガムス(kb)ケビン・ユーバンクス(g) ビクター・ベイリー(b)ヴィニー・カリウタ(ds)ミノ・シネル(perc)
86年のセッションで見たパーカッショニスト、ミノ・シネルは私がみたパーカッショニストの中ではナンバー1でした。カーベルをプレイする際、バスドラムのペダルに金属スティックを付け、足で叩いていました。ミノはマイルス・デイビスのバンドにも参加していたパーカッショニストで、その演奏に打楽器奏者を超える創造力を見た気がしました。
87年:ジェフ・ローバー(kb)カリン・ホワイト(vo)マイケル・ジェフリーズ(vo)デビッド・コーズ(ts)ジミー・ベーリンガー(g)アレック・ミルステイン(b)ブルース・カーター(ds)
ジェフ・ローバーのセッションは別の機会に記します。
87年:ラッセル・フェランテ(kb)ポール・ジャクソンJr. (g)エイブ・ラボリエル(b)ウィリアム・ケネディ(ds)アレックス・アクーニャ(perc)
87年のナベサダ電気ジャズバンドが私の見た中では一番素晴らしいものでした、その大きな要素がギタリストのポール・ジャクソンJr.の存在です。ポールのソロは秀逸でした。ソロはディストーションをかけたものやクリーントーンでのソロがありましたが、クリーントーンのソロは特に素晴らしく、ソロの概念を超えていました。コードプレイを交えた変幻自在なファンキーソロは私が聴いたギターソロの中でナンバー1でした。
88年:フィリップ・セス(kb) ニッキー・モロック(g) マーク・イーガン(b) ダン・ゴッドリーブ(ds) カフェ(perc)
マーク・イーガン、ダン・ゴットリーブというパット・メセニーグループのリズムセクションにフィリップ・セスとニッキー・モロックが加わるという異色バンド。いい意味でのフィリップの場違い感に加え、ダンの美しいシンバルワークとマークのフレットレスベースによる壮大なサウンドに渡辺貞夫のサックスが乗るという一期一会的音楽が楽しめました。
■ 推薦アルバム:渡辺貞夫『バード オブ パッセージ』(1987年)

渡辺貞夫の最高セールスを記録したアルバム。音楽監督にイエロージャケッツのキーボード奏者であり、アレンジャーであるラッセル・フランテを迎え、渡辺貞夫の音楽に深陰影を刻み込んだ。プロデューサーとして、ジョージ・デュークも参加。
推薦曲:『パストラル』『サルヴァドール』
目前に美しい田園風景が広がる「パストラル」。渡辺貞夫のソプラニーノが秀逸なメロディーを綴る。キーボード奏者のラッセル・フェランテのアレンジが光っている。
印象的なエイブ・ラボリエルのベースイントロから始まる「サルヴァドール」。渡辺貞夫の電気ジャズ的名曲で80年代当時、様々なライブで演奏されていた。サビ部分にボーカルパートを配し、分かりやすいナベサダ流電気ジャズを展開している。
今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲、使用鍵盤
- アーティスト:渡辺貞夫、ロブ・マウンジー、ラッセル・フェランテ、ポール・ジャクソンJr.など
- アルバム:「バード オブ パッセージ」
- 曲名:「パストラル」「サヴァドール」
- 使用機材:ローランド・ジュピター8、フェンダー・ローズピアノなど
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