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蓮の花と、マルクス・アウレリウス - 『Sugar なキモチ 第37回』

2019-07-19

テーマ:Sugarなキモチ

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"泥中の蓮"という言葉の持つドラマティックさが好きなSugarです。

雨上がりのグレーの空に虹がかかる光景もそうであるように、2つのもののギャップの中に感激が生まれ、ドラマが生まれる気がします。
そして、作品と呼ばれるものにはドラマが要る、といつも感じています。

三室戸寺

さて、京都・宇治を1日かけて観光してきました。
いつも人生相談をする先輩が以前その地域に住んでいたということもあり、徹底的にガイドしてくれての女二人旅です。

もともとは三室戸寺へ紫陽花を見に行くツアーとして計画をしていたのですが、7月初旬に行ったら紫陽花はシーズンを過ぎていて、まさに蓮の花へ次の季節を託そうとしているところでした。

それでも美しかった紫陽花の花

お寺の花達の、毎年行われているであろうこの"音なきバトンタッチ"を感じることが出来たのは、素敵な体験でした。

この蓮の花が泥の中から美しく咲く様子は、仏教の世界の中で「煩悩の中でも染まらず、清らかな心や姿を保つ人」をたとえる表現に度々使われているようです。清い人はどんな環境でも悪に汚されない、それをどんな言葉よりも説得させられるのが、蓮の花の美しく咲く姿なのだと思います。

それを目の当たりにしながら、なぜかふと私の頭の中に浮かんだのはマルクス・アウレリウス・アントニヌスという哲学者。
ローマ皇帝で、五賢帝の一人。哲学書『自省録』で、自らに語りかけていたと言われる面白い三段論法が私は大好きです。

"生きることのできるところでは、善く生きることもできる。
ところで、宮廷においても生きることができる。
したがって、宮廷でも善く生きることができる。”

生涯哲学を極め、哲学者であり続けたかったアウレリウスが、皇帝になる運命を拒まず政治の世界に身を置きながらでも、心の持ちようは自らが選べるのだということを常に言い聞かせていた姿を思い描くと、蓮の姿に重なったのです。
底知れぬ勇気が湧いてくるのを感じながら、"善く生きる”=幸せに生きる ということを私も一生懸命に求め続けたいなと思わされました。

宇治 平等院でも蓮の蕾が

きっとどんなに迷い多き日々のなかでも、こうした姿勢を忘れなければ、その人の人生はドラマティックになり、そのドラマを含んだ作品は素敵に輝き、世の中に良いものが増えていくのだと思います。

特に創作活動をしている皆さんはこの時期、蓮の花が咲く場所へ出かけてみてはいかがでしょうか?きっとその姿を通して、自分が描きたいドラマが浮かび上がってくるのではないかと思います*

Sugar

シンガーソングライター、コラムニスト、ボーカル講師、パン作り講師、京都の町のイベントプロデュースに携わるなど、現在活動は多岐にわたる。慶應義塾大学在学時から活動し、TV番組等にも出演。2017年秋からはSugar.songwriterとして京都を中心とした音楽活動を開始。大の愛犬家。2018年には日韓国際結婚。
website https://sugarmusic.theblog.me
instagram sugar.songwriter

 
 
 
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