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シンセサイザー鍵盤狂漂流記 その175 ~似ている?似てない?似て非なる楽曲特集 PART2~

2024-04-30

テーマ:音楽ライターのコラム「sound&person」, 音楽全般

前回はどこかで聴いたことのある音楽、似て非なる音楽を制作した角松敏生さん(以下敬称略)の音楽をとりあげました。今回はそのパート2です。

角松敏生は1994年に『ALL IS VANITY』というアルバムをリリースし、音楽好きの間ではちょっとした話題になりました。プロフェッショナルであるミュージシャンのアルバムには一聴してスティーリー・ダン、山下達郎、エアプレイをイメージする楽曲が並んでいたからです。
それが悪い意味ではなく「確信的」であることは角松敏生ファンならば容易に理解できるはずですが、細部にわたっての「確信的」なそっくり?楽曲は分かっている人ならば笑ってしまう程の見事な仕上がりでした。

モチーフになったのはスティーリー・ダンであり、スティーリー・ダンでキーボードを弾くドナルド・フェイゲンの音楽でした。スティーリー・ダンはポップスの中では最高峰に属する音楽。演奏したミュージシャンも最高の面子でした。
その音楽を再現するのにはアルバムに参加したミュージシャンと同等、もしくはそれ以上の技術的に優れた演奏家が必要になります。
私が驚いたのは角松敏生が優れた演奏家であるキーボードのジョー・サンプルやギタリストのラリー・カールトンをアルバム『ALL IS VANITY』の制作に呼んだことです。
『ALL IS VANITY』にはドナルド・フェイゲンの音楽だけでなく、山下達郎の名盤、『FOR YOU』やエアプレイの名盤『ロマンティック』などからインスパイアされた楽曲が並びます。レコーディングメンバーは海外の演奏家だけではなく国内の演奏家にも及びます。

■ 推薦アルバム:角松敏生『ALL IS VANITY』(1994年)

1994年リリース、角松敏生の9作目の傑作アルバム。角松が影響を受けたスティーリー・ダン、ドナルド・フェイゲンだけではなく、山下達郎的音楽も鮮烈に描き出している。スティーリー・ダン系の演奏にはラリー・カールトン(G)、ジョー・サンプル(key)らを起用したが、山下達郎的音楽の再現には国内ミュージシャンを中心としたアンサンブルが組まれている。
国内ミュージシャン代表では国内屈指のキーボードプレイヤー佐藤博、ベーシストでは後藤次利、ドラマーでは村上ポンタ秀一が参加。
角松は山下達郎のアルバムで佐藤博の名演は分かっており、そのプレイを受けてのオファーであった筈。角松自身のインストアルバム『SEA IS A LADY』(1987年)でも佐藤博を起用していることから彼のプレイはマストであったと思われる。
後藤次利(B)はサディステックスなどでの楽曲制作力やプロデュース力は折り紙付きのミュージシャン。日本のトップドラマーであった村上ポンタ秀一(Dr)は推して知るべしだ。

こういった面子を集めることは角松自身の描く音楽地図には不可欠であり、彼らの音こそが自身の音楽を構築するには必要だったのではないか。ただ好きな音楽に寄せるだけでなく本物を使うことで本物を超える何かを角松は欲したのであろう。

もう1人、ブッキングしたメンバーとは別に角松バンドには欠くことのできないミュージシャンがいる。キーボード奏者の小林信吾だ。小林信吾は角松敏生のAOR的な洗練された要素を際立たせることのできたキーボード奏者、アレンジャーであり、中島みゆき、尾崎亜美、中原めいこ、今井美樹、KAN、杉山清貴など、数多くのアレンジを手掛けている。
このアルバムでは角松敏生と共同プロデュースでクレジット。その洒落た感覚と的を射た高度な演奏力は角松にとってなくてはならない逸材だった筈だ。

アルバムを聴けば角松自身の「確信」を表現するにはこのメンバーが必要であることを音楽ファンならば容易に理解することができる。

重要なのは本物の演奏家を集めオリジナル以上の音楽を制作すること。このアルバムにはオリジナルを超えた角松の矜持が詰まっている。

「コピーはオリジナルを超えられない」という私の持論があるが、そういう意味ではコピーを超えた非常に珍しいアルバムではないかと思う。

推薦曲:「夏回帰~サマー・デイズ」

後藤次利お得意のスラップベースから幕を開ける。ブラスアンサンブルが入り「真夏の~♪」とボーカルが入った刹那、「アッ、スパークル?」と思わず口走ってしまった。そして明らかに角松敏生の確信犯であることも認識する。山下達郎の名盤『FOR YOU』のオープニング曲「スパークル」のムードそのものだ。角松本人が「スパークル」に寄せたことを山下達郎に仁義を切ったというのは有名な話だ。
「スパークル」にはないシンセサイザーの煌びやかなフレーズがより一層そのムードを際立てる。楽曲のSAXソロはカーク・ウェイラムによるもの。ホーンアンサンブルには御大ジェリー・ヘイ(tp)を配置し、シーウィンドホーンセクションを思わせる。明らかに世界基準だ。
吉田美奈子による「スパークル」の歌詞にある「真夏」「女神」など共通ワードはあるものの、角松自身のオリジナルへのリスペクトと自身の音楽への矜持が見え隠れする。

■ 参考アルバム:山下達郎『FOR YOU』(1982年)

1982年リリース、山下達郎の傑作アルバム。オープニング楽曲「スパークル」は長い間、達郎ライブのオープニング曲として演奏された名曲だ。アルバムは鈴木英人氏のアートワークを含め、南国ムード漂う楽曲が複数納められている。

達郎自身が語っているが、このアルバムで「夏だ、海だ、達郎だ」と言われたことにかなりの抵抗があったようだ。達郎はこう呼ばれるのを好まず、このアルバム以降の楽曲は内省的要素が強くなっていく。

参考曲:「スパークル」

テレキャスターによるカッティングのイントロフレーズで広く知られる山下達郎を代表する名曲。吉田美奈子、山下達郎コンビが作り出した傑作。

達郎が購入したブラウンのテレキャスターが超当たりで、このテレキャスの良さを出すためにイントロを考えたという。流石に角松はこのイントロを上回るものを作れなかったのかと言えば、アルバム『SEA IS A LADY』でスパークル的なギターカッティングによるイントロを弾いているため、後藤次利によるスラップベースのオープニングを考えたと思われる。

ド派手なブラスアンサンブルはトランペット数原晋、トロンボーン向井滋春など、国内屈指のブラスセクションが集結している。素晴らしSAXソロは山下達郎バンド、土岐英史によるもの。

推薦曲:角松敏生「ディスタンス」

角松敏生のベストバラード(諸説あり)といっても過言でない名バラード。イントロはエアプレイのキーボーディストでありアレンジャーのデビッド・フォスター由来の美しいメロディ。こういったイントロを作らせると小林信吾という鍵盤奏者はとても上手い。一瞬にしてデビッド・フォスターの世界を描き出すことができる。
そしてこの曲の白眉は角松敏生によるツインギターソロ。エアプレイのギタリスト、ジェイ・グレイドンの印象的なフレーズを提示。ソロ中、休符直前のディレイタイムまで同じという完コピぶりに角松のこだわりがのぞく。このツインリードは角松自身が弾いている。
ドラマーは村上ポンタ秀一。後半のサビ部分からの強力なフィルインはポンタの創造性の高さを窺い知ることができる。
小林信吾のアコピ、佐藤博のローズピアノのアンサンブルも絶妙。小林のアコピはこの楽曲の骨格を作っていると言っても過言ではない。それに加え、シンセサイザーによる細部への味付けも見事だ。

■ 参考アルバム:エアプレイ『ロマンティック』(1980年)

1980年リリース、AOR永遠の大名盤!売れっ子スタジオミュージシャンでプロデューサーであった2人が組んだユニットがエアプレイ。2人が手掛けたアルバム『ロマンティック』は楽曲の良さとアレンジ、フレーズの斬新さなど、これまでに聴いたことのない清新な音楽が詰め込まれていた。

後にも先にもジェイ・グレイドンとデビッド・フォスターによる「エアプレイ」はこの『ロマンティック』の1枚のみ。

2人の音楽をサポートしたメンバーはTOTOのドラマー、ジェフ・ポーカロ、ベース、デビッド・ハイゲント、ギター・スティーブ・ルカサー、シンセサイザー、スティーブ・ポーカロといった超強力なメンバーたち。その他にもレイ・パーカーjr、トランペットのジェリー・ヘイ、コーラスにビル・チャンプリンなど、どれだけお金を掛けたのかと思える程の錚々たるメンバーが参加している。楽曲は2人に加え、スティーブ・キプナーやビル・チャンプリンといった腕利きも担っている。

エアプレイの音楽は日本の歌謡界でもオマージュが流行り、歌謡曲のエアプレイ化は話題を呼んだ。

デビッド・フォスターのプロデューサー、楽曲制作、アレンジ、キーボードプレイは80年代に高評価を得て、グラミー賞も多く獲得している。デビッド・フォスターが制作に絡んだ場合、音楽はデビッド・フォスター色に染まった。格調高く、洒落ていて、しかもカッコいい!デビッドは多くの音楽好きの心をわし掴みにした。

参考曲:エアプレイ「It will be alright」

ジェイ・グレイドンによるツインギターのハモりフレーズとアクセントの入れ方はこれまでのアメリカンロックにはなかった展開と音。多くのミュージシャンのキャッチアップのベースになった。
角松敏生の「ディスタンス」のツインギターソロは確信的にこのソロをベースにしている。

■ 参考アルバム:EARPLAY『EARPLAY~REBIRTH2~』(2020年)

『EARPLAY ~REBIRTH 2~』のジャケットは完全にエアプレイそのまま。こちらは「エアプレイ」ではなく「イヤープレイ」!小林信吾の出で立ちはデビッド・フォスターの白いジャケット、ブルーのシャツ、ベルトの色まで完コピ(笑)。2人のエアプレイ愛が溢れている。
エアプレイの楽曲「Cryin' All Night」や自身の名曲「ディスタンス」も取り上げている。


今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲

  • アーティスト:角松敏生、山下達郎、佐藤博、後藤次利、村上ポンタ秀一、土岐英史、ジェイ・グレイドン、デビッド・フォスター、小林信吾など
  • アルバム:『ALL IS VANITY』『For you』『ロマンティック』『EARPLAY~REBIRTH2~』
  • 推薦曲:「夏回帰~サマー・デイズ」「スパークル」「ディスタンス」「It all be alright」

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鍵盤狂

高校時代よりプログレシブロックの虜になり、大学入学と同時に軽音楽部に入部。キーボードを担当し、イエス、キャメル、四人囃子等のコピーバンドに参加。静岡の放送局に入社し、バンド活動を続ける。シンセサイザーの番組やニュース番組の音楽物、楽器リポート等を制作、また番組の音楽、選曲、SE ,ジングル制作等も担当。静岡県内のローランド、ヤマハ、鈴木楽器、河合楽器など楽器メーカーも取材多数。
富田勲、佐藤博、深町純、井上鑑、渡辺貞夫、マル・ウォルドロン、ゲイリー・バートン、小曽根真、本田俊之、渡辺香津美、村田陽一、上原ひろみ、デビッド・リンドレー、中村善郎、オルケスタ・デ・ラ・ルスなど(敬称略)、多くのミュージシャンを取材。
<好きな音楽>ジャズ、ボサノバ、フュージョン、プログレシブロック、Jポップ
<好きなミュージシャン>マイルス・デイビス、ビル・エバンス、ウェザーリポート、トム・ジョビン、ELP、ピンク・フロイド、イエス、キング・クリムゾン、佐藤博、村田陽一、中村善郎、松下誠、南佳孝等

 
 
 
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