ポリフォニックシンセサイザープロフェット5が使われた ドゥービー・ブラザース(The Doobie Brothers)の名盤
取材記の三部作の後はテーマをポリフォニックシンセサイザーに戻します。ポリシンセCS-80の次は歴史的名機として知られるシーケンシャルサーキット社のプロフェット5です。プロフェット5は1978年にシーケンシャルサーキット社から発売されました。
価格は170万円!アマチュアには手のでる価格ではありませんでした。80年代初期にニューヨークへ取材で訪れた際、5番街近くの楽器屋で中古のプロフィット5を見つけました。価格は$1000!日本円にして十数万円ほどでした。買おうかとも思いましたが、重い放送機材もあり、泣く泣く断念したことを思い出します。プロフェット5はモノフォニック(単音)シンセ全盛後に発売された5音ポリフォニックシンセです。5音までの和音を同時に発音することができ、音数は1音少ないものの、CS-80よりもコンパクトだったこともあり、多くのミュージシャン達から支持されました。プロフェット5が愛された理由はオシレーターの質の高さ、フィルターの効きの良さ、多彩なモジュレーション機能です。

シーケンシャルサーキット プロフィット5
■ 推薦アルバム:『ミニット・バイ・ミニット(Minute by Minute)』(1978年)

ドゥービー・ブラザースの商業的にも成功した最高傑作。マイケル・マクドナルドによって構築されたドゥービーサウンドが花開き、ビルボード・アルバムチャート1位を記録。収録曲「ある愚か者の場合」は全米1位を獲得。グラミー賞の最優秀レコード賞、最優秀楽曲賞にも輝いています。当時のドゥービーはトム・ジョンストン(G)、パット・シモンズ(G)ファンのウエストコーストロック派とマイケル・マクドナルドのAORサウンドファンとの真っ二つに分かれていました。私は前者でテンション・コード多用の曲に戸惑い、トムの影を追い求めていました。プログレのシンセサウンドが好みだった為、プロフェットのピコピコサウンドにアレルギーを示していました。
マイケルはスティーリー・ダンに在籍していたことから8ビートを主体とする音楽よりも16ビート主体で、シンコペーションやテンションコードを多用する高い音楽性を持っていました。このドゥービーのAORサウンドを支えたのがプロフェット5です。このポリシンセなくして『ミニット・バイ・ミニット』はありえなかった筈です。
推薦曲:「ある愚か者の場合(What A Fool Believes)」
「ある愚か者の場合」は全米1位を獲得し、グラミー賞にも輝いています。サビなどでファルセットが多用されていることから、アース・ウインド&ファイヤーの曲と勘違いしたほどです。マイケルはコードワークを中心に楽曲制作をする名人です。マイケルのこれまでにないポップで洗練された曲作りはヒットチャートを席巻していきます。他者への楽曲提供も含め、マイケル旋風が吹きまくり、マイケルは「アメリカで最もセクシーな男」と呼ばれるようになりました。
単音しか出ないシンセサイザーが和音(ポリフォニック)へ進化することで鍵盤上でのコードワークが可能になり、マイケル・サウンドを支えました。それを実現したのがプロフェット5でした。マイケルのこの手法は一世を風靡し、カーリー・サイモンとの共作、「ユー・ビロング・トゥー・ミー(You Belong to Me)」(全米6位)やジェイムス・イングラムとの「ヤ・モ・ビー・ゼア(Ya Mo B There)」(グラミー最優秀R&Bパフォーマンス賞)など、名曲が多数生まれています。
■ 推薦アルバム:『思慕(ワン・ウェイ・ハート)(If That's What It Takes)』(1982年)

マイケル・マクドナルドの初ソロ・アルバム。参加ミュージシャンは超豪華でウィリー・ウィークス(B)グレッグ・フィリンゲインズ(Key)トム・スコット(Sax)ロベン・フォード(G)、TOTOからジェフ・ポーカロ(Dr)マイク・ポーカロ(B)スティーヴ・ルカサー(G)などが参加。腕利きミュージシャンのサポートでドゥービー・ブラザースよりも更に洗練された音になっています。シングルカットされた「アイ・キープ・フォーゲッティン(I Keep Forgettin')」は全米4位を獲得。
推薦曲:「ザッツ・ホワイ(That's Why)」
アルバム中、ベストの曲であると思います。その根拠は間奏にあります。マイケルはコンポーザーであり、稀代のボーカリストです。しかし、鍵盤楽器によるソロをあまり聴くことは無く、印象に残っているプレイもありません。マイケルは自身のキーボードソロに傾注するのではなく、ソロに特化した優秀なミュージシャンを連れてくればいいと考えているふしがあります。その辺りの志向はスティーリー・ダン在籍時、ドナルド・フェイゲンやウォルター・ベッカーから学んだのではないかと思われます。スティーリ・ダンの2人はソロパートを自分では弾かず、卓越した技術を持つミュージシャンを呼び、弾かせています。スティーリー・ダン『幻想の摩天楼(The Royal Scam)』の1曲目、「滅びゆく英雄(Kid Charlemagne)」のギターソロはラリー・カールトンを呼び(カールトンソロの最高傑作!)弾かせています。それがスティーリー・ダンのスタイルです。このソロアルバムにも同様な傾向が見られます。
さて、「ザッツ・ホワイ」の話です。この曲はソロパートのみ、ギタリストのロベン・フォードとサックスのトム・スコットを呼んでいます。両者共、ファースト・コールミュージシャンでロベン・フォードはブルースをベースにしたジャジーなプレイをします。トム・スコットはクインシー・ジョーンズやキャロル・キングなどにも呼ばれ、腕前は超一流です。この2人がユニゾンでソロを繰り広げます。このユニゾンソロが素晴らしいのです。僅か8小節の為に2人が呼ばれています。このソロはアドリブではなく、書き譜だと思われます。マイケルの頭の中にはソロのメロディーがあり、そのメロディーを2人にプレイさせたということです。ギターバッキングはTOTOのギタリスト、スティーブ・ルカサーが弾いていますからルカサーではなく、ロベン・フォードだったということはマイケルがスティーリー・ダンスタイルを実行し、ドゥービー・ブラザースの面子では叶わなかった「音」をこのソロアルバムで実現させたのではと私は考えています。
今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲、使用鍵盤
- アーティスト:マイケル・マクドナルド
- アルバム:「ミニット・バイ・ミニット」「思慕」
- 曲名:「ある愚か者の場合」「ザッツ・ホワイ」
- 使用楽器:シーケンシャル・サーキット プロフェット5
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