記憶に残るホーンプレイヤーのソロ。前回はトム・スコットとブラッドフォード・マルサリスのサックスソロを取り上げました。
今回はトム・スコットのソロですが、サックスのソロではありません。
サックスはアコースティック楽器ですが今回の特集はエレクトリック楽器、電気尺八です。電気尺八はミュージシャンが吹く姿から私が揶揄して使っている文言で正確にはウインド・シンセサイザーです。
このウインド・シンセサイザーという楽器は70年代の後半に出てきた楽器。私は最初にウインド・シンセサイザーのソロを聴いたときには鍵盤のシンセサイザーのソロと思っていました。しかし鍵盤で弾くシンセソロとはどうも違うのです。何がと言えば、そのニュアンスです。ウインド・シンセサイザーはソプラノ・サックスと同様の細長い躯体に息を入れてその強弱などで音を変化させる楽器。その楽器自体がブレス・コントローラーになっています。
先進的なサックスプレイヤーが愛した電気尺八?リリコン
トム・スコットはサックスだけではなく、ウインド・シンセサイザーの名手としても知られています。
ウインド・シンセサイザーは当時リリコンなどと呼ばれ、サックスと同様の運指を持つブレス・コントローラーにアノログシンセサイザーなどの音源をつなげ、音を出す仕組みになっていました。日本ではT-SQUAREのサックスプレイヤーである伊東たけしさんがリリコンを使いリードをとっていたのを覚えている方も多いと思います。
ウインド・シンセシザーの使い手としてはトム・スコットだけではなく、マイケル・ブレッカーも同様にウインド・シンセサイザーの名手でした。
マイケル・ブレッカーはステップス・アヘッドというジャズ・フュージョンバンドでAKAIのEWIなど、さまざまなウインド・シンセサイザーを使って演奏していました。
リリコンなどのウインド・シンセサイザーは後にシンセサイザーの規格、MIDIにより音源を複数重ねることもできるようになりました。
ウインド・シンセサイサーの特徴は演奏者による息の強弱などでその表現が変わる構造になっています。また単音しか発音できないため、音的には太いサウンドが好まれました。ウインド・シンセサイザーを使うミュージシャンの多くは、野太い音が出るオーバーハイムのシンセサイザーを音源に使用。特にオーバーハイムのエクスパンダーという鍵盤が付いていない6ボイスの音源モジュールは音の太さが素晴らしく、TOTOのデビッド・ペイチ、スティーブ・ポーカロなど、多くのキーボードプレイヤーが使用していました。
私もオーバーハイムのエクスパンダーをMIDIで鍵盤につなぎ、使用していました。エクスパンダーは自分が手にしたシンセサイザーの中で一番の音の太さでした。音的にもその存在感は他のシンセサイザーを圧倒していました。
ウインド・シンセサイザーは単音という側面から、存在感の強い音源が選択されたのは容易に理解できることです。

リリコン, CC BY-SA 2.0 (Wikipediaより引用)
■ 推薦アルバム:『スタッフ・ライク・ザット』クインシー・ジョーンズ(1978年)

大プロデューサー、クインシー・ジョーンズの1978年のベストセラーアルバム。名曲、名演が並ぶ。スタッフのメンバーであるリチャード・ティーやスティーブ・ガットなど、腕利きのプレイヤーが名を連ねている。その他、ボーカリストも豪華な面子でチャカ・カーン、パティ・オースティン、ルーサー・バンドロスなどクインシー人脈を中心に起用。アルバムを贅沢に演出している。
当時、流行りだったディスコ・ビートを取り入れたダンサブルな冒頭曲やブラコン的な色っぽさが香る「アイ・ゴナ・ミス・ユー・イン・ザ・モーニング」、「テル・ミー・ア・ベッドタイム・ストーリー」などの名曲が揃っている。
クインシー・ミュージックはブラックミュージックだけに囚われることのない楽曲クオリティ。それを描き出すミュージシャンの質のと相まって70年代後半から80年代に絶頂期を迎えることになる。
推薦曲:「アイ・ゴナ・ミス・ユー・イン・ザ・モーニング(朝わたしはひとり)」/ソロプレイヤー:トム・スコット
江古田にあった行きつけのロック喫茶で聴いたこの楽曲の素晴らしさは今でも忘れることができない。そしてあまり聴いたことのない音のシンセサイザーソロ……。それがトム・スコットのリリコンによるソロだった。
トム・スコットはサックスだけではなく、リリコンの使い手だったのだ。リリコンの音は通常、アナログ・シンセサイザーによるホーン系の音で演奏されるが、この楽曲ではそれとは異なる音のアプローチがされている。形容しにくいがマイルス・デイビスがトラペットにミュートを付けて吹いた音に近いかもしれない。演奏途中でVCFのカットオフを変えているのか微妙に音色も変化している。この辺りが演奏家のセンスの見せ所となる。
鍵盤楽器のシンセサイザーでは表現することができないブレス(息)による微妙なニュアンスによる表現は流石サックスプレイヤーの真骨頂と言える。
■ 推薦アルバム:『JUST THE TWO OF US』マイケル・マクドナルド(1996年)

トロピカルな装いをまとった軽快なサウンドがこのアルバムには溢れている。ラルフ・マクドナルドの作り出すサウンドにはトリニダートトバコのスティール・パンがフィーチャーされることが多い。軽やかなスティール・パンの音がラルフ・マクドナルドのパーカッションの音と融合し、独特のムードを作り出している。
参加ミュージシャンはロブ・マウンジー(key)、トム・スコット(sax)、マイケル・ブレッカー(sax)、グローバー・ワシントンJr.(sax)、スティーヴ・ガッド(ds)、クリス・パーカー(ds)、エイブ・ラボリエル(b)、アンソニー・ジャクソン(b)、ジェフ・ミロノフ(g)、デニス・コリンズ(vo)など、ファーストコールミュージシャンだ。
南の島のプールサイドで聴きたくなる湿度の低い音楽。これからの季節にピッタリなアルバム。
推薦曲:「JUST THE TWO OF US」/ソロプレイヤー:トム・スコット
このアルバムではラルフ・マクドナルド自身がプロデュースしたグローバー・ワシントンJrのアルバム『ワイン・ライト』の名曲、「JUST THE TO OF US」をカバーしている。グローバーのアルバムではアーバンミュージック的アレンジだったが、この楽曲はデニス・コリンズの歌うボーカル・タッチも含め、トロピカルな味わいが深い。
トム・スコットはヤマハのウインド・シンセサイザーWX7でメロディアスなソロを吹いている。音的にはオーボエを想起させる音で軽いタッチにアレンジされたこの楽曲にとてもよくなじんでいる。
今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲
- アーティスト:トム・スコット、ラルフ・マクドナルド、デニス・コリンズなど
- アルバム:『スタッフ・ライク・ザット』『JUST THE TWO OF US』
- 推薦曲:「アイ・ゴナ・ミス・ユー・イン・ザ・モーニング」「JUST THE TWO OF US」
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