今回の鍵盤狂漂流記は番外編です。ヤマハのポリフォニックシンセサイザーCS-80のパートが終了しました。今回は私がこれまでに取材をした外国人ミュージシャンの名盤と、中でも印象に残った音楽家達とのエピソードをご紹介します。まずはジャズピアノの巨匠、マル・ウォルドロン(Mal Waldron)です(敬称略)。
『ジャズピアノの巨匠、マル・ウォルドロン地方都市でコンサート!』
マル・ウォルドロンはニューヨーク出身のジャズピアニストです。ビリー・ホリデイの伴奏者として名を馳せました。チャールズ・ミンガスなど著名ミュージシャンと共演。ビリーとの共作『レフト・アローン(Left Alone)』はマルの代表作として知られています。
マルの話はふとしたことから始まりました。私が報道の仕事をしていた時にマルが地元のミュージシャンと共演し、コンサートをやるというのです。共演するミュージシャンに取材を申し込んだところ快諾され、マルからもOKがでて取材が可能になりました。でも、ローカルタウンにジャズピアノの巨匠が来る…というだけでは、ニュースとしては今一つです。何かテーマが欲しいと考え、共演ミュージシャンに話を聞きました。
■ 推薦アルバム:『レフト・アローン』(1959年)

『マルが忍者だって?…どういうこと?!』
ベーシストは「聞くところによるとマルは忍者だ!絶対に正体を明かさないという。僕らはその正体を暴きたい」というのです。その話は面白い…と私は思いました。ジャズにおけるインプロビゼーション(アドリブ)はミュージシャンのアイデンティティーそのものです。バンドの音を聴き、各自の反応しあった音が1つになることこそ、ジャズの醍醐味と云えます。そこで自分をさらけ出さずに忍者でいるとは一体、どういうことなのか?私はそう考えました。
取材当日、リハーサルの前にマルに挨拶をしました。握手をした時の手の大きさと柔らかさに驚きました。マルは静かで紳士な大男でした。
『マルの音は白かった』
コンサートが始まり、私が驚いたのはマルの「音」でした。マルのピアノから出てくる音は黒人のそれではありませんでした。黒人ボーカリストが唄う歌は白人よりも粘りがあります。ネチネチしたといえば言葉は悪いのですが白人には無い、黒人独特の節回しがあります。黒人独特の節回しはボーカルだけでなく、楽器にもいえることでギターやピアノなども同様です。白人ピアニスト、ビル・エヴァンスのピアノと黒人ピアニスト、ソニー・クラークのピアノを聴き比べてみて下さい。直ぐにその意味が理解できる筈です。しかし、黒人ピアニストであるマルのピアノプレイは、とてもさっぱりとしたもので、白人がプレイしているように聴こえました。私は美しい音色に聴き惚れてしまいました。マルはアメリカを離れ、長い間ヨーロッパでプレイしていたので黒人色が薄れたのか…などと考えていました。
『マルは本当に忍者なのか?』
マルと共演している日本人のミュージシャン達を袖から見ると、本当に楽しそうにプレイをしています。私は心の中で「彼らは本当に忍者かどうかを確かめているのかしら?」とマル忍者説の根拠を確かめたくなりました。大体、マル自身も演奏を楽しんでいるようで、特に何かを隠しているという感じもしませんでした。
『共演したミュージシャン、インタビュー』
マルの名曲、レフト・アローンを最後にコンサートは幕を閉じました。ステージを降りてきた日本人ミュージシャンに感想を聞きました。マルが忍者だと云っていたベーシストは顔を紅潮させ、私のカメラに答えました。
「マルは温かかったね。包まれている感じがした。近寄りがたいと思っていたら、そんなことはなかった」
それが第一声でした。今でも彼の顔ははっきり覚えています。音楽を共有した充実感がインタビューから伝わってきました。私はマルが忍者だったのか?と質問をしましたが、明確な答えは返ってきませんでした。
ドラマーは
「懐が深かった!何をしても受け入れてくれた」
と話してくれました。
私自身は彼らがマルの内側まで切り込んだのか?なんて思いましたが、共演した人達にそんなことを聞くのは野暮なことです。それよりも堂々とジャスの巨人に立ち向かった彼らに拍手を送るべきなのだろうと考えました。
『マルに「忍者か」のインタビュー』
共演後のマルにもインタビューをしました。
「あなたが「忍者」であると多くの人は言うのですがその辺りは…?」
マルが答えました。
「日本人のミュージシャンと共演できて楽しかった」
マルの答えは一般的なものでした。多分、マルは本当にそう思っていたのだと思います。忍者の話は、マルにその意味が伝わらなかったのか(繰り返し聞いたのですが…)、思っているような答えは返ってきませんでした。
『どうしてマルは忍者なのか』
「忍者」というのはある種、正体を明かさない、正体が見えない、隠密などネガティブなイメージがあります。ジャズというのは即興演奏であるインプロビゼーション(アドリブ)が主体の音楽です。瞬間、瞬間で自分のイメージや演奏相手からの音列を聴き取り、反応するスポンティニアス(自発的)な感覚が求められます。これは私の想像ですが、マルは相手から出てくるフレーズに対する答えが多彩で、共演相手の想像を超えたフレーズが出せるので「忍者」と評されたのではないか?「忍者」の意味は「多彩」「想像を超える」「変幻自在」など、奥行がありすぎてその正体が見えなかったのではないか?マルは正体を隠していたのではなく、いつもその正体を明かしてしていたのだと…。
今回取り上げたミュージシャン、アルバム
- アーティスト:マル・ウォルドロン
- アルバム:「レフト・アローン」/マル・ウォルドロン
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