ジャジーなJポップは数多く存在するが・・・
4ビートといえばジャズ。ジャズといえば4ビートです。そこにランニングベースが加わり、ジャズビートのベースが出来上がります。
2014年にアカデミー賞を受賞している映画、「セッション」ではジャズ・ドラマーをテーマにしています。そこで4ビートの奥深さが様々な形で提示されます。ドラムの授業で生徒が教師に教わるシーン、彼らの会話の背景に黒板があり「間抜けなヤツはロックをやれ」と書かれています。ジャズの奥深さや4ビートの難しさを伝える1つのディテール(細部)だと思います。
一方、ロックが悪いという訳ではありません。ロックはジャズに比べると入口のハードルが低いという間口の広さを持っていて、誰もが比較的取っつきやすい音楽カテゴリーであります。それ故に多くの人が理解しやすいというメリットもあります。
翻ってジャズはどうかといえば、イメージとしては自由で好きにできると思われがちですが、しっかりマスターしようと思えばとても難しい音楽です。アドリブをするとすれば、コード進行に対してのそれぞれの小節あたりに割り当てられる音階(スケール)が限定されています。1つの例として、Ⅱ-Ⅴ-1のコード進行に対してはⅡはドリアン・スケール、Ⅴはミクソリディアン・スケール、Ⅰはイオニアン・スケールと弾くべき音列が限られています。それだけでもハードルが高いのですが、そこに4ビートという分かりにくいリズムが横たわっています。
Jポップに4ビートを使った楽曲が少ないのはどうしてなのかといえば、そんな理由があるのだろうと想像が付きます。
4ビートのリズムがJポップに向かないのは…
ポップスは商業的な側面と密接に結びついています。音楽は売れないと商売になりません。いくら高度で素晴らしくても人に聴いてもらえてなんぼの世界です。8ビートや16ビートのリズムは私達の日常に入り込んでいるので、そういったリズムに抵抗感はありません。
しかし4ビートはロックやポップスと違い、あまり脳や身体に沁み込んでいないという現実があります。そして4ビートはリズム自体が8ビートや16ビートに比べ、ノリにくいという側面や、スイングするビートに歌詞が乗りにくいという理由もあるでしょう。 それに加え、ジャズのメロディはポップスに比べ分かりにくく、とっつきにくいというのも大きな理由なのかも知れません。
しかしそんな障害をものともせずにジャズ、4ビートにトライするミュージシャン達がいました。それがパリス・マッチです。
■ 推薦アルバム:パリス・マッチ『♭5』(2004年)

1998年に結成された、ミズノマリ(vo)、古澤大(作詞)、杉山洋介(作、編曲)の3人組ユニット。2000年に大人のための音楽を標榜するaosisレーベルよりデビュー。Jポップの上昇気流に乗ったパリス・マッチ5枚目のアルバム。
当時務めていたラジオ局のCDライブラリーで、洒落た写真とアートワークのCDジャケットを手に取った。その音はジャズやボサノバ、ブルーアイド・ソウルなどを吸収し、アウトプットされた洒落たJ-POPだった。そのアルバムがこれ。

パリス・マッチ ファーストアルバム『volume one』
「風の生まれる場所で」は名曲。ミズノマリの儚げなボーカルが素晴らしい!
aosisレーベルからはその他にも素敵なアルバムがリリースされた。
パリス・マッチに関してはとうとう日本にもこんなバンドが出てきたのかと感心した。時代に媚びない一貫した音楽性にも好感が持てた。そんな姿勢が支持され、息の長い活動が続いている。
彼らの音楽はジャズやボサノバといった複雑なテンションノートを纏った音やコードを楽曲に盛り込み、粋な音楽を発信した。
そして楽曲表現に長けた稀有なボーカリスト、ミズノマリのヴォイスがサウンドの一部となり、これまでにありそうでなかったワン&オンリーな世界が構築された。
推薦曲「太陽の接吻(kiss)」
この楽曲は某著名ビールメーカーのチューハイのCMソングになった。おやじの飲み物であったチューハイが何故か洒落た飲み物に思えてきた。それほどこの楽曲はキャッチーでしかもジャズだった。これまでのパリス・マッチの楽曲はジャジーではあったがリズム的なバックボーンはジャズ、4ビートではなかった。しかしこの楽曲を聴いて目から鱗が落ちた。
ビートは真正面からの4ビート。ドラムもまさにストレートアヘッドなジャズ。ベースもランニングベース。しかし何故か見事にポップスしている。歌詞も見事にビートにはまっているし、普通のリスナーは「ジャズ」と結び付かないのではないかと思う。ビブラフォンのフィルインも完全にジャズ。このビブラフォンとユニゾンで歌うミズノマリのスキャットも4ビートにマッチしている。
この「太陽の接吻」というポップスは難解なジャズの垣根を軽々と越えてしまった。
■ 推薦アルバム:ミズノマリ『Salon de Mari Platinum Songs』

パリス・マッチではなくミズノマリ名義でジャズを素材にしたアルバム。
パリス・マッチの仕掛人、杉山洋介の音楽的センスでポップス側にいたボーカリスト、ミズノマリを確信的にジャズ側に放り込んだ。
このアルバムはポップス側で秀でたボーカリストがジャズ側でもその親和性の高さを見せている。それを可能にしたのはミズノマリのヴォイスによるものだろう。ある種の説得力を持った彼女の音楽が耳に届いてくる。
推薦曲「Saturday」
パリス・マッチのヒット曲であるSaturdayが限りなくジャズに接近し、新しい顔を覗かせる。
ドラムは4ビートを刻み、ベースはエレクトリックベースではなく、ウッドベースが選択されている。ベースラインは4ビートではなく、16ビートだ。4ビートのランニングベースを聴いてみたかったという思いも募る。
推薦曲「My Favorite Things」
誰もが知っているジャズスタンダードの名曲。ピアノ、ドラム、ベースのトリオによる演奏で「もろジャズ」にトライしている。といってもプレイヤー達はジャズを生業にしているミュージシャン達。ミズノマリのボーカルもさることながらアコースティックピアノのプレイヤー、堀秀彰のプレイは圧巻。真向からのジャズプレイではあるもののある種ポップを意識したメロディアスなピアノプレイが印象に残る。
ポップス側にいたミズノマリをジャズ側のミュージシャンで演出した戦略的楽曲。
今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲
- アーティスト:パリス・マッチ(ミズノマリ、杉山洋介)、堀秀彰など
- アルバム:『♭5』『volume one』『Salon de Mari Platinum Songs』
- 推薦曲:「太陽の接吻(kiss)」「Saturday」「My Favorite Things」
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