
このブログで使用している楽器は PLAYTECH PVN244 です。
単板でこの値段?音も良く、じつに評判の良いバイオリンです。
前回のブログ「廉価なバイオリンでよい音を出すためには [第一回] 良い音とは?誰が決める?」では
『一言でまとめるとすれば大事なのは「楽器のバランス」。
各部位が正しくセッティングされて弦自体の弾くエネルギーを極力引き出せる状態になっていれば、ロスの無い豊かな響きになる』
と、じつにそれらしいまとめ方をして見せた感がありました。
でもこれは当たり前の話です。
そしてこの当たり前の「バランス」がなかなか取れなくて私も皆さんも悩んでいるわけです。
そして今日はいきなり結論です。
「ものは手で考える」
そうです。こと楽器に関しては思案に暮れていても音は全く変わりません。手を入れる、それに尽きるのです。さっそく行ってみましょう。
前回のブログでは10個の項目に分けました。
- ペグのフィッティング 糸穴の位置
- 楽器への弦の巻き付け方
- 上ナットの形状
- 上ナットの糸道の状態
- 指板の状態
- 駒の高さ 形状 フィッティング
- 魂柱の成型具合、長さ、フィッティング、立ち位置
- テールピース
- テールナイロンの長さ
- エンドピン、あご当てフィッティング
この順序で進行できればベストですが、楽器の調整は複合的な要素も多いので多少の前後が発生しますのでご了承ください。
大前提。何の弦を張るか
弦の種類はスチール弦、ナイロン弦、ガット弦と分けられます。一般に生徒さんが使う比率が高いのはナイロン、スチール、まれにガットの順番でしょう。
今回は PLAYTECH PVS300(ナイロン弦)を張ります。
なぜ張る弦を決める必要があるのか?
弦は種類、メーカーによっても「弦の太さ」が異なるのです。このためその張る弦に合わせた楽器の調整、という事も考慮に入れる必要があるのです。
まず初めに弦の太さを測ってみる事にします。
PVN244に工場から張られてくる付き弦(スチール ニッケル巻)とPLAYTECH PVS300(ナイロン芯線 アルミまたはシルバー巻き)の太さを実測したデータがこちらです。
付き弦 | 径(mm) | PVS300 | 径(mm) | |
---|---|---|---|---|
E | スチール | 0.25 | スチール | 0.25 |
A | 芯線:スチール 巻線ニッケル |
0.38 | 芯線:ナイロン 巻線:アルミ |
0.65 |
D | 芯線:スチール 巻線ニッケル |
0.50 | 芯線:ナイロン 巻線:アルミ |
0.85 |
G | 芯線:スチール 巻線ニッケル |
0.70 | 芯線:ナイロン 巻線:シルバー |
0.82 |
E線は両方ともスチールで、同じ弦です。
A,D,G線と、こうして改めて比べてみると太さがずいぶん異なっているのが分かります。
さらに構造も芯線、巻き線の材質が違うので弦の弾性(しなやかさ・たわみ具合・折れやすさ)も異なって、音質も当然違います。D線がG線より太いのは、巻き線の材質が軽いアルミか、重いシルバーかで変わります。
よく「ナイロン弦に換えるとバイオリンらしい温かみのある音になる」という説明を聞きます。これはある意味正解ですが、必ずしもナイロン弦がスチール弦の上位に位置する、とは言い切れないものです。構造的にスチール芯線の方が弦の径を細くできて、かつ張力もやや強いので結果的に得られるスチール弦のスッキリした明瞭な音も好まれる方はいらっしゃいます。弦自体の音量もスチールの方が勝りますし、華やかな音質を演出する事もできると言えるでしょう。
このように弦は種類によって太さや性質が異なるので楽器もそれに合わせて調整を施す、というのが実は本来望ましい形なのです。
ではPVS300弦(ナイロン弦)を使って話を進めていきましょう。
ペグへの巻き付け方
元々ついていたスチール弦を外してナイロン弦に交換する。こう書くと一言で終わりですが、いくつかのチェックポイントがあります。
ペグの糸穴に弦は入りましたか?(糸穴が狭くないですか?)
元の穴が弦より狭くて入らない場合は糸穴を広げる必要があります。1.5mmのドリルで穴を広げます。ドリルを用いますので自信のない方はできる人に頼む、そのあてが無ければサウンドハウスのサポートに相談してみましょう。

テールピースのアンカー爪のスリットに弦は入りましたか?

入りにくい場合、ペンチなどで弦の飾り糸部分、ボールエンドの近くを挟んでギュッと握ってやると入るようになります。ドライバーでスリットを広げるのは厳禁です(割れる事があります)

またボール部分を入れる時に割りばしを補助的に使うなど工夫をしてみてください。
ペグへの巻き付き方、上ナットへの正面から見ての角度
これはPVS300を張った後の画像です。特に問題に感じる箇所は一見すると無さそうですが・・よくご覧ください。

上ナットからペグへの角度は望ましい範囲に収まっていますか?

矢印の先部分、D線が上ナットに対して少し角度がついていますから、これを直したいところです。楽器を正面から見て上ナットの部分でこのようにカクンと弦が折れているようですと早く弦が痛みます。これは弦の長さの調整、ペグの糸穴の位置の変更、あるいはその両方を行って修正が必要になる場合があります。
角度調整のやり方
最初に弦をペグから一度外して、弦の先端からペグの糸道位置までを測ります。

今回は145mmでした。
もう一度先程のペグへの巻き付き方の画像を見てみると5回転半巻き付いているのが分かります。

弦を少しカットして長さを調整し、巻き付きの数を減らして上ナットへの角度を少なくします。

ペグの直径は7.25mmでしたので一周は約22mmとなります。画像ではマジックで印をつけた箇所をカットします。今回は結局一周では足りなかったので、2周分をカットしました。

カットが終わったら弦をペグに再び巻き付けます。

< 調整後 >

< 調整前 >
これが調整後(左)です。
調整前の画像(右)と比較してみてください。
これが調整後(上)です。
調整前の画像(下)と比較してみてください。
この弦の長さ調整を行って上ナット部分での角度(の修正)というのはじつに目立たないですし、あまり話題にもされないのです。しかし、やる前と後ではおそらく音の変化を実感していただけるものだと思います。
プラシーボ効果にも似て、「自分で手を加えた後にその結果が良いように思えるに決まってるじゃない!」とおっしゃる方もいらっしゃるでしょう。確かにそうです。このブログにコメント欄ができれば絶対にそういうコメントが飛び込んで来るでしょう。
でも私はそれでも「ご自身で考え、見極め」て「ご自身で手を加え、あるいは手配をし」て「音良くなった!」と感じられる事の方が幸せだと思うのですがいかがでしょう。
世界一(とまでは言えないけれど)廉価な楽器で、世界一(は無理かもしれないが)良い音を出すその一歩をあなたは今日踏み出しました。途中で課金も要求しないこのブログにお付き合いください。
予告
ペグ周りでチェックが終わったら次は上ナットですが今回はブログの展開上、先にナットの調整を終わらせた画像を用いています。
調整前のナットの画像はこちら。

撮影時の光源の関係で印象が違いますが、上の説明画像で使ったのと同じ楽器です。
次回のブログではこの「ナットを調整していく様子」を解説します。