私が最初にベーシストを意識したあの音
世界的なベースプレイヤーであるアンソニー・ジャクソンさん(以下敬称略)が10月19日、お亡くなりになりました。享年73。心よりお悔やみ申し上げます。
アンソニー・ジャクソンは1952年、米国生まれ。ベースプレイヤーとして多くのセッションに参加しました。そのフィールドは多岐にわたり、ジャズ、フュージョン、ラテン、ロックなど、多くのミュージシャンから信頼されるファーストコール・ベーシストでした。
特にクインシー・ジョーンズ、スティーリー・ダン、リー・リトナー、ミッシェル・ペトルチアーニといった高度な技術を要するミュージシャン達からのオファーが多く、フォデラの6弦ベースを巧みに操り演奏する様子が私の頭には焼き付いています。 国内では、渡辺貞夫さんや矢野顕子さん、上原ひろみさんらと交流があり、レコーディングされたトラックも数多く残されています。
アンソニー・ジャクソンは、私がベースという楽器を最初に意識したミュージシャンでした。2017年以降は脳梗塞とパーキンソン病を患っていたようで、最近は音楽のクレジットにもその名が載ることはありませんでした。あの音が聴けなくなるのは非常に残念でなりません。
■ 推薦アルバム:クインシー・ジョーンズ『スタッフ・ライク・ザット』(1978年)

1978年リリースのクインシー・ジョーンズの最高傑作。このアルバムでもアンソニー・ジャクソンは大活躍でその存在感を示しています。
推薦曲:「アイ・ゴナ・ミス・ユー・イン・ザ・モーニング」
私がアンソニー・ジャクソンの演奏の中で一番素晴らしいと思うのがこのトラック。クインシー作のゴージャスなバラードだ。何がゴージャスなのかといえば、その鍵はアンソニー・ジャクソンが握っている。アンソニー・ジャクソンは、数多のベーシストが演奏の中心とするチョッパー(スラップ)ベースを多用することはない。テクニック的に、チョッパーベースはベーシストとしては派手な演奏方法であり、テクニックを誇示することができ、ソロパートなどでは一つの見せ所となる。しかしアンソニーはチョッパーをすることなく「間」で勝負するベーシストだ。
この楽曲でも音数は決して多くはなく、その「間」を楽曲の中で生かしている。その「間」こそが、この珠玉のバラードを更なる高みに押し上げている。アンソニーのセンスの良さが、この『アイ・ゴナ・ミス・ユー・イン・ザ・モーニング』のイントロに集約されている。
スティーブ・ガットのハイハットの刻みに、ギタリスト、エリック・ゲイルのシンプルなギター・カッティング、そこにさらにシンプルなアンソニー・ジャクソンのベースライン。ラインといっても音数は少ない。しかし、ギターとハイハットに絡むベースの、シンプル極まりないルート音に数音を足した程度で見事なイントロを構築している。その音の選択と「間」の取り方で音楽がここまで変わるのかと、私はひっくり返りそうになった記憶がある。アンソニーは「間」の魔術師であり、その「間」を生かした楽曲構成が絶妙なベーシストなのだ。
Aメロ部は3人のアンサンブルにリチャード・ティーのローズピアノが加わる。そこでの音の選択はローズの音と混ざり合い、独特な浮遊感を演出する。サビ以降、トム・スコットのリリコン・ソロからは、ルート音と5度のベースラインを基にしたよくあるラインなのだが、このグルーブ感が半端ない。ベースにはチョッパーなど必要ないというのを証明しているかのようだ。
■ 推薦アルバム:スティーリー・ダン『ガウチョ』(1980年)

1980年にリリースされたスティーリー・ダンの最高傑作の一枚。(『Aja』派や『THE ROYAL SCAM』派もいるが…) この当時、一番冴えていたバンドの音が聴ける。といってもスティーリー・ダンはバンド形態ではなく、キーボードのドナルド・フェイゲンとベースのウォルター・ベッカーの2人によるユニットだ。この2人が楽曲に合わせたミュージシャンを選択し、独自の音楽を形成する特殊なユニットである。 彼らが呼ぶミュージシャンも超一流で、そのファーストチョイスの一人にアンソニー・ジャクソンが存在していた。
推薦曲:「グラマー・プロフェッション」
ドナルド・フェイゲンのローズピアノとポリシンセのイントロの中、アンソニー・ジャクソンが弾くジグザグなベースラインが冴えわたる。 彼の特徴として、小節の一番後ろ側に音を置くというリズムの捉え方がある。この「小節の一番後ろ側で弾く」というのがプロでも難儀なことなのだが、アンソニーの音のタメ方はワン・アンド・オンリー。その「間」が独特なエレガントさを醸し出している。
■ 推薦アルバム:サイモン&ガーファンクル『セントラルパーク・コンサート』(1981年)

1981年9月、ニューヨークのセントラルパークで行われたサイモン&ガーファンクルのリユニオンライブ。 メンバーはドラムがスティーブ・ガット、ベースがアンソニー・ジャクソン、ピアノ/エレクトリック・ピアノ(ローズピアノ)がリチャード・ティー、シンセサイザーがロブ・マウンジーといった強力な面子が顔を揃えている。
推薦曲:「恋人と別れる50の方法」
フォーク・デュオなのに、どうしてスティーブ・ガットとアンソニー・ジャクソン、リチャード・ティーなのか? と、このライブを聴いたときに思ったのが正直なところだ。 ここまでの超一流のミュージシャンを使う必要があるのかと誰もが思うはずだが、演奏を聴くと納得がいく。特にこの手の楽曲は、アンサンブルを構成している楽器がシンプルで、ドラム、ベース、ローズピアノとシンセパッド、ギター、ポール・サイモンのオベイションギター(エレアコ)くらいだ。サビでブラスが少し入るが、4リズムが主軸になっている。そうなると重要なのがリズム楽器になる。そうなると重要なのがリズム楽器になる。
Aメロ部分はアコギとドラムのみ。スティーブ・ガットのドラム・ソロ後にポール・サイモンのアコギが入るが、頭がズレているところが笑える。2コーラス目になるとリチャード・ティーのローズピアノとアンソニー・ジャクソンのベースが入ってくるが、ローズピアノとベースが一つになると楽曲全体が浮遊している感覚に陥る。音のタイミングなのか、選択する音なのか、音色なのかはよくわからない。間合いを演出するアンソニー・ジャクソンの妙味がこんなところにも聴ける。サビになると一気にタイトになり、フォーク・デュオの演奏ではなくなってしまう。 ポール・サイモンがこういった一流ミュージシャンを選択した理由が、十分に理解できる瞬間がこのライブには多く存在している。
今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲
- アーティスト:アンソニー・ジャクソン、スティーブ・ガット、クインシー・ジョーンズ、リチャード・ティー、サイモン&ガーファンクルなど
- アルバム:『スタッフ・ライク・ザット』『ガウチョ』『セントラルパーク・ライブ』
- 推薦曲:「アイ・ゴナ・ミス・ユー・イン・ザ・モーニング」「グラマー・プロフェッション」「恋人と別れる50の方法」
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