

素晴らしい音楽を残したミュージシャンは素晴らしい言葉を残しています。そのお題を素敵に解釈。日々の生活に無理やりでも役立ててしまおうというコーナーです。
さて、今日のお題は?
- 人名
- フジコ・ヘミング
- 名言
- どんなに教養があって立派な人でも、
心に傷がない人には魅力がない。
他人の痛みというものがわからないから。

ピアニスト、フジコ・ヘミングのドキュメンタリーを観たのは1999年のこと。華やかなイメージのあったクラシックの世界で、その半生は貧困と病気との闘い。彼女のどん底ぶりに同情してしまうほどでした。もちろん彼女はたくましく、弱さをまったく見せません。幼少時から数々のコンクールで天才の名を欲しいままにするものの、ここぞという舞台で聴覚を失うなど機会を逃します。しかし彼女は、そうした挫折すら糧にしているようでした。クラシックといえば、キレイな衣装を身にまとい、上品で華やかなというイメージですが、そこに映し出されていたのは、着飾ることもなく、タバコを吸いながらの演奏など、私の常識からはすべてが外れていました。ただ、彼女の言葉には常に強い説得力がありました。「間違えたっていいじゃない。機械じゃないんだから」その一方で「本番中はミスしないように、そのことだけを考えるの」と言ったかと思えば「ピアノ?一緒に暮らしてる猫の餌代を得る道具よ」と割り切った言葉まで。すべてがこれまでの生き様を表しているようでした。そのドキュメンタリーから「彼女のピアノを聴いてみたい!」とTV放送後に発売となったCD『奇蹟のカンパネラ』はわずか数ヶ月で30万枚というクラシック界では異例のヒットとなりました。

で、フジコさんのお言葉です。他人の痛みがわかる人になるには想像力が必要と、いじめや虐待の問題がある度、TVの評論家は説いています。想像するにも、その立場になってみないと実際にはわからないものだと思いますが、それもなかなか難しいのが現実です。ギャラは猫の餌代といいながらも、フジコは恵まれない子供たちや福祉施設へ収益の一部を寄付しています。自分の不遇だった(そう思ってないかもしれないけど)過去に悲観することなく、未来あるものに託す努力をしています。心に傷を持つことは、誰にでもあるかもしれません。それをポジティブに変換できたら、なんて素晴らしいことなのでしょう。他人の痛みを自分の受けた傷のように考えられる想像力は無敵なはずです。魅力的な人は、そんな積み重ねで出来上がっているのかもしれません。だからこそ、彼女の奏でる音楽は強い力を持ち、聴く人の心を打つのでしょう。

あっぱれ!座布団一枚!