今日は毛の張られ方つまり「毛替え」についてお話します。


おさらいとなりますが、弦楽器弓の品質や性能を判断したい時のポイントは前回までのブログにも記載した通り次のような項目でした。
- 工作の精度:単純にきれい、丁寧にできているか
- 全体のフォルム:ヘッドの形、スティックの削り方
- 材質:ヘルナンブコ材が良いとされていますがその他のブラジル材でも良い弓はあります
1から3は製造上の先天的な性質は、商品として完成している以上奏者が手を加えることはできません。
- 重量 〇
- 弓の弾性 〇
- 重心の位置 〇
- 毛の質 〇
- 毛の張られ方 〇
4・5についても先天性のものではありますが、重量に関してはラッピングの巻き直しなどで多少の変化をつけることができますし、5の「弓の弾性」については反りの入れ直し、曲がりの修正など矯正の可能性が多少残されている項目もあります。6の「重心の位置」も4・5での作業で多少の影響があると考えられます。
反り入れ直しの動画 10年くらい前に撮影したもので作業しているのは筆者です。
ただ、誤解の無い様にお願いしたいのは、重量、弾性、重心は明確な修正意図が奏者の側にあって、それについて作業する側が合意できない限り、基本的に手を加える事はしないと思います。作業前の状態に戻す、は無理だからです。
番号の順番通りではありませんが、今回は「毛」のお話です。弓の毛は松脂をつけて、弦に直接触れ、音に大きく関わる「部品」(この表現は適切な印象を与えませんが)です。弓の毛は劣化したら交換して⇒これを「毛替え」と言います。つまり良い毛を使うと良い結果が得られる可能性が高まります。説明をしていきましょう。
- ① 毛の質 馬の尾毛は黒いけどなぜバイオリンの弓の毛は白い?
- ② 毛の張られ方=毛替えのされ方
- ③ 毛の量 多い?少ない?ちょうどいい?
「毛の質 馬の尾毛は黒いけどなぜバイオリンの弓の毛は白い?」
馬の尾毛は黒い色をしていますが弦楽器の弓の毛は白いものがほとんどです。これは尾毛を漂白しているからです。一説には白馬の尾毛は白い、と聞いたことがありますが筆者は実際にこれが白馬の尾毛です、という現物を見たことがありません。

この漂白された尾毛が長さ90cm程度に揃えて、重さ1kg程度の棒状に束ねて、商品として流通していますが、これを通称「毛束」と呼んでいます。金額はここには記載しませんが意外に高価なものではあります。モンゴル産のものが上質とされていますが、筆者はそれ以外の産地の毛束というのは見たことがありません。この画像の毛束は95cmのものです。画面の右下が毛先で、少し茶色がかっています。
いっしょに並べている弓は4/4のバイオリン弓です。つまり、色のついてる毛先はほぼ使う事はない、という事です。
毛先の画像

毛の根元 こちら側は束ねて保管するので5cm程度ロスが出ます。

動物の毛ですから工業製品のように均一ではなく、太さにムラがあったり、切れ毛、枝毛もあったりします。漂白の段階で脱脂の目的もあるようです。脱脂が不充分だと松脂が乗らず、使えない毛になってしまいます。今回切り取った毛束の中には枝毛が無く、比較的良質な毛束なので見つかる確率が低いようです。

それでもこの画像の下の毛のように、明らかに毛の太さにムラのある毛、細すぎるものはあり、こうしたものはとりのぞいて使います。他にも色が極端に濃いなど仕上がった時の美観に影響を与えるものは極力使用を避けます。
この辺の情報は技術者でも見解が大きく分かれるところですし、断定できる内容ではありません。
「毛の張られ方=毛替えのされ方」
毛替えに極端に個性があってはいけないと考えてはいますが、職人さんによって経験の度合い、センス、やはりそれぞれです。奏者の方との相性も兼ねあって、なかなかに難しい問題と捉えている方も多いことでしょう。
毛替え作業前のチェックも重要です。
毛替えする弓の、毛替え前の状態について、奏者の方がどのような見解を持っているかを理解したいところです。つまり、奏者がご自分の弓(の状態)を気に入っているかどうかであって、毛替えの目的が単に毛が古くなったから交換する、弓の状態は交換前と同じであるのは当たり前、と考えていらっしゃる場合が殆どだと思います。
この「静かな要望」は実はとても高度な要求でもあるのですが、ある程度の手順が必要だと考えます。
1. 毛替え前の弓で音を出してみる。
奏者の方は毛替えの時期について「定期的に決めているから」、という方から、「何となく毛替えがしたくなったから」、という方まで様々です。いずれにしても毛替えの前と、毛替え後のコンディションは「変化」して当然ですから、その毛替え後のコンディションは極力満足できる内容であってほしいところです。簡単に言えば「毛替えしたら音が良くなった、弾きやすくなった」となれば何よりなわけです。
多くの場合、弓の癖があっても使用中にそれに合わせて、いわば「慣れて」しまっている場合もあるでしょう。
毛替えの作業自体は手順がほぼ決まっています。しかし、奏者は毛替えが終わった弓で弾いてその感想が全てです。
だとすれば、毛替え前のコンディションを確かめておく、という作業はやはり欠かせないものだと考えます。
2. 毛替え前の弓の重量の計測、また場合によっては外した毛の重さも測る
毛替え前の計量 64.9g

毛だけの重さ

使う毛の量を割り出して最終的に毛替え前と同じ重量にできれば最適な結果、になるはずだからです。しかし使う松脂、塗り方でも微妙な差は生じますので完璧に同じ、というのはなかなか難しいところです。ただこの弓の計量で、ラッピングは外していないのでこれについては次回以降にまた説明を致しましょう。
それでは毛替えの全工程を動画にするわけにもいかないので、今回は実際に古い弓から毛を外す作業をご覧ください。

作業しているのは筆者です。
「毛の量 多い?少ない?ちょうどいい?」
ここまでの説明の通り、実際に弓の毛替えをする際には楽器種によって、また元々の弓の総重量から計算して使う毛の量を決めたりもします。毛替えをしてみて元の重量から極端にかけ離れてしまったりした時はやりなおしをすることもあります。
動画で用いた弓(ドイツ製量産品)の毛の重さは5.1g筆者の印象では少し多めと感じます。にしてもこの弓はやはり「重い弓」の部類に入る事は言うまでもありません。あと0.5g少なくても実用範囲ではあるので、新しい毛を張る時はこの値を考慮に入れます。


これは目分量で新しい毛を切り出したものを計量したところです。ずいぶん重く感じるかもしれませんが、毛束の長さと実際に使う毛の長さはかなりの差がありますし、ここから毛の選別をしていきますから最初は少し多めに切り取ります。
実際の演奏では弓の毛を均等に弦に接触させるというよりは、毛が弦に主に接触する部分が弓の毛の片側に集中する場合があります。こうした点を考慮して、弓が主に当たる側の毛の量を若干増やす、などの調整を行う場合もあるようです。
毛の量は少ない方が好みの方もいれば、意外にモシャモシャ、とまではいかなくても多めの毛を入れる場合もあります。これは奏者の方の好みに合わせます。
まとめ
「毛替え」と一口に言っても実はこのように色々なノウハウが織り込まれていて、通り一遍の手順を踏んで、ハイ出来ましただけでは足りない「何か」が、奏者個別に存在するというなかなかに奥深いものなのです。
極めて上手な奏者は持った瞬間に弓の癖を見抜き、コントロールする術を持っているので、意外にどんな弓でも良い音を出してしまいます。
それでもやはり、良い弓というのは前々回のブログでの筆者の体験を引き合いに出しますが「弓が意思を持って自分で動いて音を出しているかのような錯覚」さえ起こすほどの瞬間があるのです。
一人でも多くの方にそういう感覚を共有できたら、と願うばかりです。できれば、あまりお金をかけずに。そしてそれは常日頃から、自分の欲しい音を探し続ける姿勢を絶やさず、機会があれば楽器、弓に触れて経験を増やす事が出会う確率を高める唯一の方法だと思います。
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次回は毛替えの話の続きになると思います。それではまた次回に。






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