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Rock’n Me 2 洋楽を語ろう:カーマイン・アピス

2021-10-15

テーマ:sound&person

こんにちは。洋楽を語りたがるジョシュアです。 第2回目は、ロック界が誇る偉大なドラマー、カーマイン・アピス(Carmine Appice)を取り上げます。彼のことを一行で表すと「ハード・ロックの生き字引ドラマー、ドコドコドコドコなバスドラムはこの人から始まった」です。日本のメディアでは「アピス」と表記されるのが一般的ですが、この苗字の読み方は欧米人でも苦労するようです。本人が自らネタにしていますが、ご先祖のイタリア風に読むと「アピーチェ」、家族内では「アピシー」、ロッド・スチュワートからステージ名を統一するよう勧められてからは「アピース」とのことです。

カーマインの経歴を書くと、それだけでハード・ロックの歴史となります。1946年生まれ、ニューヨーク出身のカーマインがサイケデリック・ロック・バンド(と当時は呼ばれていました)ヴァニラ・ファッジでデビューしたのは1967年でした。ヴァニラ・ファッジ脱退後、ジェフ・ベック(g) とヴァニラ・ファッジの盟友ティム・ボガート(b, vo)でトリオを組もうとしましたが、ジェフの交通事故により頓挫し、ティムとともにハード・ロック・バンド、カクタスを結成しました。カクタス解散後、数年遅れでベック・ボガート&アピス(BB&A)を結成しましたが、1973年のオリジナルアルバム1枚(と日本限定のライブアルバム1枚)で解散しました。

■ BB&A “Superstition” (1973)

スティーヴィー・ワンダー(Stevie Wonder)がジェフに提供した楽曲ですが、後にスティーヴィーが自身のアルバムで発表しヒットしました。この動画は1973年5月、サンタ・モニカ公演のものです。ジェフはトーキング・モジュレーターを使い(スピーカーの入ったホースを口にくわえ、人が喋っているようなニュアンスとなる)、ティムのベースは歪みまくり、カーマインはAメロの1拍裏にクラッシュという、歌のバックとは思えないような破天荒なドラムを叩いています。

1977年には元フェイセスのシンガー、ロッド・スチュワートのバンドに加入し、ロッドの全盛期を盛り上げ、大ヒット曲”Da Ya Think I’m Sexy?”(邦題「アイム・セクシー」)では作曲者としても貢献しました。1983年にはジェイク・E・リー在籍時のオジー・オズボーンのバンドに参加しました。しかし、マネージャーのシャロン(オジーの妻)に一方的に解雇され、後には訴訟沙汰になりました(しかし、オジーとの交友は続いたとのことです)。

■ ロッド・スチュワート “Hot Legs” (1977年)

ロッドのソロ作品のなかでも最高級のロックンロール・ナンバー。ここでもカーマインは歌のAメロからシンバルを多用、コーラスでもフィルを入れまくり、よくロッドに怒られなかったと心配になるくらい叩いています。プロモーション・ビデオのチープな雰囲気も最高です。

若手ミュージシャンを引き連れてヘヴィ・メタル・バンド、キング・コブラで活動したり、元ホワイトスネイクのギタリスト、ジョン・サイクス(g, vo)と元ザ・ファームのトニー・フランクリン(b)とともにブルー・マーダーを結成し人気を博しました。同バンド休止後は、ピンク・フロイドやマーティ・フリードマンのレコーディングに参加したり、パット・トラヴァースやリック・デリンジャーなどのギタリストともにユニットを組んだり、最近では同じくドラマーである弟ヴィニーとともにドラム・デュオ・ユニットを結成してツアーを行っています。

■ ブルー・マーダー “Blue Murder” (1989年)

戦車のように重いスネア・フィルとハーフタイム・シャッフルのイントロだけでもうお腹いっぱいですが、トニー・フランクリンのフレットレス・ベース、ジョン・サイクスのメタリックなギターが相次いで入り、この3人でしか成し遂げられない満漢全席が作られていきます。

カーマインのスタイルで特徴的なのは、大口径のツーバスドラムセットを大音量で叩き、スイング感あふれる手数の多いフィルインを入れ、オーバーで派手なステージアクションを取ることです。チャイナ・シンバルの表裏を反対にするなど、やたらと目立つシンバルの音も特徴的です。ジョン・ボーナム(レッド・ツェッペリン)、ニール・ピアート(パート)(ラッシュ)、イアン・ペイス(ディープ・パープル)、コージー・パウエル(レインボー等)、フィル・コリンズ(ジェネシス)など、影響を受けたドラマーの名を挙げればキリがありません。

しかし、カーマインのスタイルは単なる力任せではありません。その背景にはジーン・クルーパやバディ・リッチなど、ビックバンド・ジャズ・ドラマーの影響が大いに感じられます。ロック嫌いで知られていたバディ・リッチとも友人であったことが、その証となっています。

個人的な思い出としては、2005年1月18日、ワシントンDC 9:30 Clubで再結成ヴァニラ・ファッジを、2012年12月8日、下北沢Gardenで再結成カクタスのコンサートを観ました。
前者では、前座がキャンド・ヒートとマウンテン、スペシャル・ゲストがパット・トラヴァースという、出演者も観客も平均年齢が高すぎなコンサートでしたが、カーマインは芸歴の重みを感じさせながらも、現役感たっぷりの最高級レベルの演奏でした。バスドラム一発だけでその重みは伝わってきて、スティック回しを小節毎に行い、曲のブレイクでは椅子から立ち上がって観客の反応を煽っていました。親の仇を取っているかのようにシンバルをガンガン叩いて、スネアとオープン・ハイハット+バスドラムを16分音符で交互に叩いたり、3連符と6連符を乱発するオカズをふんだんに加えていました。片手でハイハット・スタンドを(ヴォーカリストのマイク・スタンドのように)抱えて、もう片手で思いっきりハイハットを叩いたり、もうやりたい放題でした。しかし、スゴいのは、こんなに破天荒なプレイとパフォーマンスが、すべてバンド・アンサンブルの一部になっていたことです。ファン丸出しで、演奏中に投げまくっていたスティック2本(1本は折れていました)をもらったのは良い思い出です。

後者では、ドラム・ソロのことをいまだに鮮明に覚えています。高速でツーバスをドコドコさせたり、リズムを叩きながら歌でコール&レスポンスをしたりするのは昔からの定番ですが、この日もそれを惜しみなく見せてくれました。スティック1本だけで複雑なリズムを奏でたり、ステージ前方に出てきて観客に拍手させながらドラムスティックだけで演奏したり、最高のショーマンシップを発揮していました。Youtubeでは、同時期のウィーン公演におけるドラム・ソロを楽しむことができます。

■ カクタス “Evil” (with drum solo)

執筆時点で74歳のカーマインですが、新型コロナウイルス感染症の拡大期間中はSNSをこまめにアップし、大迫力ドラムを見せつけています。このパンデミックが明けたら、ぜひとも日本のファンの前でドラムを見せてほしいです。


コラム「sound&person」は、皆様からの投稿によって成り立っています。
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ジョシュア

1960年以降の洋楽について分かりやすく、かつマニアックに語っていきます。 1978~84年に米国在住、洋楽で育ちました。2003~5年に再度渡米、コンサート三昧の日々でした。会場でのセットリスト収集癖があります。ギター・ベース歴は長いものの永遠の初級者です。ドラム・オルガンに憧れますが、全く弾けません。トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズに関するメールマガジン『Depot Street』で、別名義で寄稿しています。
Twitterhttps://twitter.com/RocknmeJP
Depot Streethttps://www.mag2.com/m/0000011264

 
 
 

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