今回はライブの音響、セッティングについての話。
このコロナの状況において厳しいライブハウス。残念ながら経営を断念するライブハウスも数多く出てきているようです。しかも、カラオケまでもクラスター源になってしまって日本の音楽文化はどうなってしまうのかと危惧することもありますが、音楽の力を考えれば杞憂かもしれません。配信ライブなどを手軽に行える環境を整えた人も多いのではないでしょうか? しかし、日本での配信は限界あるなぁ、と思います。なんと言っても住宅環境。海外アーティストみたいにお家で熱唱したら壁ドンくらうよ(僕はくらったw。いや、Hiwattフルテンにした僕が悪いです)。配信ライブは一つの表現方式だと思うけど、でもやっぱライブじゃないよね。あくまで配信。スマホや、PCのスピーカーから出て来る音でも楽しめるけれど少し残念に思う。ライブとライブ配信って、似て非なるものだなぁ、とこの期間でつくづく思いました。と同時に、だから絶対ライブはなくならないとも。

さて、ここ10年くらいになるでしょうか(もっと前かな?)、東京近辺のキャパシティー100人くらいのライブハウスのPAの装備を見るとだいたいサブウーファーが搭載されているようになっています。おかげでどんなライブハウスも一様にそれっぽい音になったと思う。昔は下手なドラマーとか本当にしょぼいまま出てたけど、今はよほどの非力じゃない限りバスドラはボスボス腹にくる。それだけでお金払う価値はあるかもしれない。それもこれもサブウーファーの貢献が大きい。でも、この誰でもいっぱしのプレイヤーみたいにしてくれるサブウーファーは天使のような悪魔の笑顔でミュージシャンを嘲笑っているんです。
ライブの時にサブウーファーを意識しているプレイヤーはほとんどいないのではないでしょうか? これは特にベース、ドラム、音色によってはギター、シンセも関係してきます。多くのプレイヤーはもちろん出音は気にして、慣れた人ならば中音(ステージ内のモニタリング)や低音感も気にしている。しかし、結局のところプロ、アマ問わずサブウーファーの悪魔の笑顔にやられている場合が多い。これはプレイヤー側でどうしようもない場合もあるけれど、サブウーファーの仕組みを知っていれば避けられることもあります。
サブウーファーとは100Hz以下の超低域のみの再生に特化したスピーカーです。サブウーファーは音楽向けというよりはホームシアターの5.1ch用のオーディオシステムの一つというのが一般的な認識ではないでしょうか。この×.1の.1がサブウーファーのことですね。よく家電のホームシアターの視聴コーナーでやっぱ違うなぁ、音がいいなぁって素人に言わせる要因の50%くらいがこのサブウーファーの低音です。普段体感しない音の震え、これをリスナーは感じ取っていつもと違う、いい音と感じるパターンです。
しかし、実のところ映画でサブウーファーを使用しているシーンはそんなに多くはありません。アクションシーンや爆発シーン、激しい音楽がガンガンなっているシーンでは使われていますが、常に使われているわけではありません。海外映画の素材をもらってProToolsに貼り付けてみると、静かな1ロール(だいたい15分くらいのまとまりのこと)まるまるサブウーファーのチャンネルのWAVEデータが棒(無音)なんてこともあります。そもそも、セリフのデータはほぼ5.0chで送られてきて、吹き替えのセリフデータも5.0chで納品することが殆どです。
よく映画館でセリフが低音効いてていいね、と思うかもしれませんがそれは作り手が意図的にセリフにEQをかけて作っている(悪者とかにたまにやります)か、だいたいは音量を大きくした際に自然と出て来る低音です。テレビやホームシアターのシステムの低音は後付けEQして膨らませているように思います。映画ではサブウーファーは観客にここ一番の見せ場、迫力、メリハリを感じさせたいところで使うのです。それ以外では極力避けようとします。なぜなら、演出の面から言うとずっとサブウーファーがなりっぱなしだと音で盛り上げるべきところで盛り上がり切らない。音効(sound effect)と音楽を奥義みたいに使いたいからです。そして、エンジニアの目線で言うと、馬鹿でかい低音はセリフなど聞かせるべき音の邪魔になりやすい(マスキング効果)うえ、100Hzくらいの低音を85dB付近の爆音でずっと聞いていると結構体にきます。昔、映画のダビングの前、映画用スピーカーの調整(ドルビー用)をしてた時、先輩にサブウーファーは脳みそ揺れるから調整の時も長時間聞くなと教えられました。確かに気持ちいいものではないです。音楽のサブウーファーチャンネルの音量だけクリップゲインで下げたりすることはしょっちゅうです。映画予告だと85Leqにも引っかかるので前半の音楽のサブウーファー抑えめで行こうとか判断します。子供向け映画を作る時は音効さんも手加減してくれます。もし、ライブハウスに行ってずっと膝に振動を感じていたらサブウーファーが効きすぎだと判断してください。

音楽の話から少し映画の話になってしまいましたが原理は同じです。しかし、音楽(PA)ではサブウーファーは違った使われ方をしています。
音楽は基本サブウーファーへの送り、音量はいじらないです。音楽のミキサーは基本一度決めた位置からフェーダーを動かしません。微調整はしてますが、あとはプレイヤー任せです。10dBくらいの振れ幅で頻繁にフェーダーを動かすなんてことはありません。このレベルでうまく表現して、っていうスタイルです。たしかに例えば玉置浩二みたいな囁きをアフレコミキサーみたいなレベルで音量上げたらアーティストに怒られそうです。エンジニアとのパワーバランスが、音楽は圧倒的に音の出し手側にある。文化の違いですね。だからしょぼい音出したらその音も尊重されます。
とは言え、ライブにおいては弊害も生まれます。
ここでPAのサブウーファーに音が至るまでの流れを大雑把におさらいしましょう。
- 演奏をマイクで拾う。キーボードなどはライン、ダイレクトボックスの音をもらい、すべての音をPAのミキサーに集める。
- ミキサーからチャンネルディバイダーへ送る。(直接アンプで分配する機種もあるが普通はチャンデバを使う)
- チャンネルディバイダーでどの周波数からクロスオーバーしてHi、Mid、SW(3way)のスピーカーに送るか決める。(クロスオーバーを細かく設定できない機種もあり)
- チャンネルディバイダーから各パワー・アンプへ送ってスピーカーから音が出る。
細かいエフェクター等は飛ばしているけど、だいたいはこんな感じです。
だからミキサーがフェーダー(もしくはEQ)を操作しない限りミキサーから周波数をクロスオーバーするチャンネルディバイダーへ常に低音が送られています。つまり、オープニングのこけおどしの迫力重低音サウンドの設定のまま、何もしなければバラードのAメロなんかも馬鹿でかい低音が出続けています。
これの何が一番問題かというと、超低音のマスキング効果です。マスキング効果とは大きな低い周波数の音が隣り合う高い周波数の音を聞こえにくく、聞こえなくする効果のことです。例えば100Hzの隣、200Hzくらいはバリトンの男性の低音にさしかかってきます。100Hzに爆音の低音が鳴っていると200Hzの音はかき消されていきます。
はっきり言って最近のライブハウスの音響のボーカルは中低域が聞こえずらい。サビなどの高音を張り上げるところは抜けて来るがAメロなどの引いたところは抜けてこないどころか、下手したら全く聞こえない。ギターもローポジションのバッキングが聞こえないなんてことも多々あります。歌物で歌が聞こえない、ボーカルの魅力が伝わらないというのは異常事態なのです。
だから今もっともこうした環境と相性がいいボーカルは口先から頭に抜ける歌い方、声を潰してミャーミャー高音を出すタイプ、元々1k以上のところにピークがある特異な声質の歌い手です。ギターなら地を這うような低音弦のリフより、高音弦の10フレットくらいでチャカチャカ弾くタイプのプレイです。そう考えれば流行りの音楽やってる人は今の時代に適応した人たちなのだなぁ、と思いもします。もし、カレン・カーペンターやキャロル・キング、ジェームス・テイラーなどのような自然な歌唱法の人が現代にデビューしたらあの魅力は世に出なかったかもしれない。これはデジタルとアナログの違いも関係してくるけれどそれはまたいつか話したいと思っています。
それでは我々はどうすればいいのか?
一番はPAミキサーがサブウーファーへの送りを意識して出音調整するのが一番だし筋だと思います。しかし、月に一回くらいしかプレイしないライブハウス、多くは一見さんのライブで自分たちのセットリストを事前に送って曲の構成を覚えてもらい、その上ここは低音を少なく、ここは多くなんてリクエストを覚えてもらうのは現実的ではありません。サブウーファーのセッティング(クロスオーバーの値、各アンプのボリューム)はライブハウスの音だと思っているし、PAシステムの中でサブウーファーは高価なので使いたい気持ちもわかります。もし大事なライブなら事前にミキサーにセットリストと心付けくらい包んで送っておきましょう、それくらいの価値はあるかもしれません。
やはり一番手っ取り早く、自分たちの能力の進化にも繋がるのが自分たちの音をコントロールすることです。
例えばギタリストなら昔から手元のボリュームやボリュームペダルを使って自分でダイナミクスレンジを調整してきました。それをより低音にセンシティブになり、ライブでサブウーファーを通したらどれくらい低音が出るか想定して練習することです。低音が回る、とか言う言葉を聞いたことがあると思いますが、とにかく低域は悪魔の笑顔です。先ほど話したマスキング効果はステージ内のモニター環境もすこぶる悪くするし、音が悪いと言う時の原因はこの低音か、何かのレベル上げ忘れというのが88%くらいを占めます。また、低周波は位相の問題も発生しやすく、特に狭い会場では音響的なカオスを引き起こす原因になります。ベースがダイレクトボックスとかLine6/Helix使うなら、後ろのでかいベースアンプ、そんな意味ないじゃんとか、密かに思ってます。自己満足の為にバンドのモニターを殺すのはどうか、とも思います。

だから、まずライブの演出的にどこで一番低音を出すべきか考えましょう。そして、そこに向けて低音を引き算してください。特にこの作業はバンドならベースが担当すようになると思います。例えばAメロとか引くパート、歌を聞かせるパートは100Hzより下は要らないかもしれない。ドラムのバスドラの音量をコントロールするのは難しいと思うのでサブウーファーに引っかかる帯域はバスドラに任せることにします。超低域で音質の違いを出すのは不可能なので、バスドラの音だろうがベースだろうがライブの聴感では変わりありません。
ベースの音質の美しさは100Hzより上にあるアタック音にあります。そして、何より大事なのがバンドの場合バスドラとベースをしっかり合わせることです。さっき話したように超低域ではドラムとベースの音質に違いがありません。つまりバスドラとベースがズレれば二回バスドラを叩いたのと同じになります。ヘヴィメタルのようにツインペダルの連打の楽曲でベースとドラムがずれると目も当てられない周波数の飽和を見ることになります。見事にずれててベースが何弾いてるか全くわからなかったこともあり、よく知るそのベーシストに苦言を呈したこともありました。おそらく、それくらい飽和した方が最初はなんかできてる気になって気持ちいいかもしれませんが、少し上にいきたいのなら調和のとれた低音感を体験するべきです。比べものにならないほど気持ちいいはずです。理想はバスドラのアタック音とベースのアタック音がシンクロすることです。
つまりパート分けするように周波数もだいたいじゃなく、きっちりやりましょうってことです。
このやり方ではベースの人はこれまで以上にバンド内で重要なポジションを担当することになります。昔は地味な職人というイメージでしたが、これからは積極的に周波数のコンダクター(指揮)の役割を果たして欲しいです。
それが天使のような悪魔の笑顔を持つサブウーファーとうまく付き合うコツです。
長くなったのでここまで。
一日も早くパワーアップしたライブパフォーマンスが披露できる日が来ることを願って。
読んでくれてありがとう。
僕はこう思う。
Taiyo Haze