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シンセサイザー鍵盤狂漂流記 その260 ~マイナーな楽器?鍵盤ハーモニカの世界~

2025-08-23

Theme:sound&person, sound, Music in general

前回まではハーモニカのマエストロであるトゥーツ・シールマンスの世界をリポートさせていただきました。
今回はハーモニカといっても鍵盤ハーモニカをテーマにしてお話を進めます。

私たちの小学校時代、音楽の時間に個人用の楽器として購入したのはハーモニカでした。学校からの指定だったのだと思います。全員が同じハーモニカを持っていたというのは、そういうことなのでしょう。そのハーモニカにはCメジャースケールの「ドレミファソラシド」を吹く穴があり、確か1オクターブ半くらいの音数があったと記憶しています。2オクターブはなかったはずです。

1年生の音楽の時間は、担任の先生が担当していました。♯や♭がない簡単な楽曲、「きらきら星」などを皆で演奏したものです。その時、先生は何をしていたかといえば、教室の黒板の横に置かれた足踏み式オルガンを、生徒たちに合わせて弾いていました。

私が合奏コンクールなどで市内の他校の演奏を見た時、そこの生徒たちは鍵盤ハーモニカを演奏していました。ルックスがハーモニカと違い、どこかオシャレで鍵盤が付いています。その鍵盤の横には息を吹き込む口が付いていて、息を吹き込みながら演奏していました。自分のハーモニカは手を左右に移動させながら息を入れますが、鍵盤ハーモニカは指で鍵盤を押さえるだけで音が出ている。何だか分からないけれど、あっちの楽器(鍵盤ハーモニカ)がやりたい、と子供心に思ったものです。
音色に大差はないのかもしれませんが、教育的視点から考えれば、♯や♭がある鍵盤の方が音列を視覚的により理解しやすいため、ハーモニカよりも優れていると思います。問題は、ハーモニカより鍵盤ハーモニカの方が高価だということくらいでしょう。

鍵盤ハーモニカは意外に難しい!

私も時を経て鍵盤ハーモニカを手にした時「この楽器は意外に難しい!」と感じました。息を吹き込みながら鍵盤を押すタイミングの難しさや、速いパッセージを弾いた時に音が綺麗に出ないこと、特に和音を弾く場合は息の量がさらに必要になるので途中で息が切れてしまい、イメージ通りのソロがとれないことなど、見た目よりも障壁が多い楽器なのです。

バンドで鍵盤ハーモニカを演奏する場合、ピックアップマイクが付いていないため、ボーカルマイクに向けて音を出します。しかし、ボーカルよりも音を拾うのが難しく、エレキギターやベースの音に負けてしまいます。
鈴木楽器からはピックアップ付きのメロディオンも出ていますが、鍵盤ハーモニカのソロを常に必要とするわけではないので、購入は控えています(笑)。

鍵盤ハーモニカの名人!ピアニスト、フェビアン・レザ・パネ

そんな難しい鍵盤ハーモニカを、まるで歌うように演奏するピアニストがいます。その人の名は、フェビアン・レザ・パネ。パネさんは本来、アコースティックピアノを本業とするピアニストです。そのタッチの繊細さは国内でもトップクラスで、小野リサさんをはじめとするボサノバ系では引っ張りだこのピアニストです。私の大好きなボサノバシンガー、中村善郎さんのアルバムにも参加しています。ピアニストとしても素晴らしいのですが、鍵盤ハーモニカの演奏の凄さとなると、もはや表現のしようがありません。
私は中村さんのライブでフェビアン・レザ・パネさんの演奏を聴いていますが、その素晴らしさには言葉を失いました。

■ 推薦アルバム:中村善郎『エスキーナ』(1991年)

中村善郎の1991年作のセカンドアルバム。このアルバムの特徴は本来、ボサノバはブラジル産であるが、どこかヨーロッパの香りを纏っている点にある。
このアルバムでフェビアン・レザ・パネは、アコースティックピアノを弾くかたわら、見事な鍵盤ハーモニカの演奏を披露している。

推薦曲:「春」

春の訪れを感じさせる、中村善郎の名曲。ギターのバッキングとパーカッションのイントロから、シンプルなメロディを中村善郎と橋本一子がデュエットで歌う。中間部でフェビアン・レザ・パネの奏でる鍵盤ハーモニカがメロディを歌う。声で歌うスキャットと同等、いやそれ以上に、鍵盤ハーモニカの表情が豊かなことに驚く。さらに後半部分では、その鍵盤ハーモニカのソロが聴ける。まさにこのトラックの白眉だ。
実際にアドリブなのか書き譜なのかは本人に聞かなければ分からないが、起伏に富んだメロディーラインとその音色の豊かさは、鍵盤ハーモニカの領域を遥かに超えている。

推薦曲:「街角(エスキーナ)」

中村善郎が書く楽曲は、ベースがボサノバであるのは言わずもがなだが、『シネマ・イタリアーノ』という仮想サウンドトラックのアルバムもリリースしていることから、楽曲制作の裾野は広く、バリエーションは豊かだ。
この楽曲からは、ブラジルの哀感「サウダージ」とはまた違った趣を感じることができる。
雑踏のノイズからアコースティックギターのバッキングに続き、メロディを歌うのは鍵盤ハーモニカ。美しく哀愁を纏った佳曲だ。鍵盤ハーモニカで表情豊かにメロディを歌うのはかなりのテクニックがいるはず。フェビアン・レザ・パネの演奏からはそんな懸念とは全く無縁の情感が伝わってくる。彼の鍵盤ハーモニカは、暮れなずむヨーロッパの石畳を行き交う人々の情景を、見事に描き出している。


今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲

  • アーティスト:フェビアン・レザ・パネ、中村善郎、橋本一子
  • アルバム:『エスキーナ(街角)』
  • 推薦曲:「春」「街角」

コラム「sound&person」は、皆様からの投稿によって成り立っています。
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shinsekenban

高校時代よりプログレシブロックの虜になり、大学入学と同時に軽音楽部に入部。キーボードを担当し、イエス、キャメル、四人囃子等のコピーバンドに参加。静岡の放送局に入社し、バンド活動を続ける。シンセサイザーの番組やニュース番組の音楽物、楽器リポート等を制作、また番組の音楽、選曲、SE ,ジングル制作等も担当。静岡県内のローランド、ヤマハ、鈴木楽器、河合楽器など楽器メーカーも取材多数。
富田勲、佐藤博、深町純、井上鑑、渡辺貞夫、マル・ウォルドロン、ゲイリー・バートン、小曽根真、本田俊之、渡辺香津美、村田陽一、上原ひろみ、デビッド・リンドレー、中村善郎、オルケスタ・デ・ラ・ルスなど(敬称略)、多くのミュージシャンを取材。
<好きな音楽>ジャズ、ボサノバ、フュージョン、プログレシブロック、Jポップ
<好きなミュージシャン>マイルス・デイビス、ビル・エバンス、ウェザーリポート、トム・ジョビン、ELP、ピンク・フロイド、イエス、キング・クリムゾン、佐藤博、村田陽一、中村善郎、松下誠、南佳孝等

 
 
 

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