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シンセサイザー鍵盤狂漂流記 その268 ~MoMAコレクション的、永久保存ライブアルバム パート4国内盤編~

2025-11-18

Theme:sound&person, Music in general

憧れのミュージシャンと共演したミュージシャンのライブ

今回の永久保存盤ライブのパート4です。
音楽をやっている人ならば、誰にでも自分の好きなミュージシャンと共演してみたいという願望があります。それが、自身のやっている音楽の系統と、自分の好きなミュージシャンが演奏する音楽とが一致している場合はなおさらのことです。

私はプロミュージシャンではありませんが、もし自分の好きな音楽ジャンルで、それを演奏しているミュージシャンと共演できるのであれば、「この」ジャンルならば誰と誰、一方「あちらの」ジャンルならば誰と誰、などと明確に提示することができます。 例えばジャズ系の場合、キーボーディストはチック・コリアであり、リチャード・ティーであり、ギタリストはパット・メセニー、さらにビ・バップ寄りならばジム・ホール、ベーシストならばジョン・パティトゥッチ、バップ寄りならばチャーリー・ヘイデン、ドラマーならばデイブ・ウェックル、ダン・ゴットリーブ、ピーター・アースキンなどなど。
これが国内となれば、キーボーディストは佐山雅弘、島健、佐藤博、坂本龍一、野力奏一、ギタリストは松木恒秀、渡辺香津美、鈴木茂・・・といったように、自分のフェイバリットのミュージシャンの名が次々に浮かびます。

これがプロの音楽家だと、どうなるのかを実践したミュージシャンがいます。 それが角松敏生さん(以下敬称略)です。 今回はそんなミュージシャンが、ある種自分の趣味に合わせてメンバーを集め、自身の愛する音楽を実際ライブで演奏してしまったという、趣味的要素満載のとても珍しいライブ盤の紹介です。

■ 推薦アルバム:角松敏生『TOSHIKI KADOMATSU SPECIAL LIVE MORE DESIRE '89.8.26』(1989年)

このライブは私が現場に足を運びたかったのだが、渡辺貞夫さんのライブを優先したために残念ながら観ることはできなかった。ミュージック・フィーはそれほど高価ではなく、大好きな日比谷の野外音楽堂というシチュエーションでもあり、とても悔いが残るアルバムとなった。

角松敏生が集めたメンバーが素晴らしかった。アルバムのコンセプトも良く、自身が愛する鈴木茂(g)、佐藤博(key)、小坂忠といったティンパン系のミュージシャンの楽曲カバーを、自ら敬愛するメンバーを集めて再現するという、誰もが思い描きながらも実現できなかった、ある意味神をも恐れぬことをやってのけたのである。
メンバーの選択も、アルバムを充実させるための重要なピースだった。 ドラマーは村上ポンタ秀一、ギタリストは鈴木茂と今剛、パーカッションは齋藤ノブ、ベーシストは角松バンドの青木智仁、キーボードは小林信吾といった面々だ。

もう1つ特筆すべき点は、作詞の多くが松本隆だということだ。作曲者は鈴木茂、佐藤博など様々だが、描かれているのは松本隆ワールドであり、それが角松敏生や演奏するミュージシャン達に1つの軸として共有され、アルバムに反映されている。しかも、作曲者本人である鈴木茂が参加することで、一層楽曲への訴求力を高めている。

特に鈴木茂の楽曲の演奏においては、オリジナルをリスペクトしつつも、オリジナルからは離れる箇所もある。そこに「意外性」というライブの面白さもある。 鈴木茂のオリジナルに、あからさまなスラップベースが聴かれることはないが、このアルバムにはスラップベースの達人である青木智仁がフィーチャーされている。 村上ポンタとのコンビネーションが素晴らしく、鈴木茂のオリジナル楽曲とは違うグルーヴがこのライブアルバムには存在している。しかし、オリジナルの要素が壊されているところは見受けられず、角松をはじめとするメンバー達の、鈴木茂の音楽への愛を汲み取ることができる。 そういう意味では、演奏者の制作者への愛が溢れる稀有なライブカバーアルバムであるといえる。

推薦曲:「レイニー・ステイション」

鈴木茂と松本隆の真骨頂である、映像的で鮮明な情景が描き出されるJポップ史上に残る名曲。 シチュエーションは、雨の駅のプラットフォームでの若い男女のワンシーンだ。 「サングラスの雨が街の色を滲ませる」このフレーズだけで、松本の世界が形成される。プラットフォームを舞台にした名曲は他にも浮かぶが、何故かこちらの方が洗練され都会的だ。松本隆が描き出す「風街」である。 オリジナルの演奏は鈴木茂、松任谷正隆、細野晴臣、林立夫という名手達による端正な演奏。一方、こちらのライブは、村上ポンタ秀一と青木智仁のスラップベースにより、もっと弾けている。 オリジナルとは異なるグルーヴを作り出している。

機材的にいえば、ヤマハDX7ⅡやローランドD-50といったデジタルシンセサイザーの音が多くを占めている。高音域が豊かな反面、中低音域は痩せ気味といったデジタルの特色が際立つ。楽曲途中でオリジナルのサックスに代わって演奏する小林信吾のソロは、ローランドのD-50によるもの。D-50の特徴は、アナログシンセ音では出せない楽器のアタック音などをサンプリングした音素片部分(例えばフルートの息を吹き込む音)とアナログ系シンセ音を合わせるという、シンセサイザー過渡期であったデジタルシンセの名機の特性をうまく使っている。なにより、その過渡期の音でフレーズを「歌わせている」点に好感が持てる。

推薦曲:「山手ホテル」

キーボーディストであり、作曲家であり、プロデューサーでもある巨匠、佐藤博の名曲。 角松敏生の歌唱から、佐藤博の楽曲への愛を随所に聴き取ることができる。 中間部で聴ける小林信吾のシンセサイザーソロはD-50によるもの。尺八のようなアタック音が強調され、印象的なフレーズを弾いている。小林信吾はエレクトリックピアノでのオブリガートやフィルイン、ソロもミュージシャンとしてのセンスに溢れ、輝かしい演奏を披露している。 この楽曲の後、ローランドのTR-808の音が入り、鈴木茂の名曲「砂の女」のイントロが始まる。直後にフェードアウトされているのが、とても残念だ。


今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲

  • アーティスト:角松敏生、鈴木茂、小林信吾、村上ポンタ秀一、青木智仁、斎藤ノブなど
  • アルバム:『TOSHIKI KADOMATSU SPECIAL LIVE MORE DESIRE '89.8.26』
  • 推薦曲:「レイニー・ステイション」「山手ホテル」

コラム「sound&person」は、皆様からの投稿によって成り立っています。
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shinsekenban

高校時代よりプログレシブロックの虜になり、大学入学と同時に軽音楽部に入部。キーボードを担当し、イエス、キャメル、四人囃子等のコピーバンドに参加。静岡の放送局に入社し、バンド活動を続ける。シンセサイザーの番組やニュース番組の音楽物、楽器リポート等を制作、また番組の音楽、選曲、SE ,ジングル制作等も担当。静岡県内のローランド、ヤマハ、鈴木楽器、河合楽器など楽器メーカーも取材多数。
富田勲、佐藤博、深町純、井上鑑、渡辺貞夫、マル・ウォルドロン、ゲイリー・バートン、小曽根真、本田俊之、渡辺香津美、村田陽一、上原ひろみ、デビッド・リンドレー、中村善郎、オルケスタ・デ・ラ・ルスなど(敬称略)、多くのミュージシャンを取材。
<好きな音楽>ジャズ、ボサノバ、フュージョン、プログレシブロック、Jポップ
<好きなミュージシャン>マイルス・デイビス、ビル・エバンス、ウェザーリポート、トム・ジョビン、ELP、ピンク・フロイド、イエス、キング・クリムゾン、佐藤博、村田陽一、中村善郎、松下誠、南佳孝等

 
 
 

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