ライブでその圧倒的実力を証明する山下達郎
今回の永久保存盤ライブのパート2は山下達郎さん(以下敬称略)のライブ盤『JOY』がメインです。
山下達郎が過去にリリースしたライブアルバムは2枚あります。
ライブ盤の1つの基準としてスタジオで録音されたテイクをどれだけ正確に再現できるのかというテーマがあります。スタジオで録音されるテイクにはギター、ベース、ドラム、キーボード数種類、パーカッションなど、数多くの音が入っています。中には64トラックではとても足りないなんて言う話もよく聞かれます。
1曲のスタジオ録音盤には1回や2回聞いただけでは認識できないほどの沢山の音が含まれています。そういった多くの装飾に溢れたスタジオ録音をライブで再現するには演奏者の技術力やバンドのアレンジ力が必要になります。最終的にはそれらの要素を遂行できるミュージシャンに委ねられるのです。
逆にその隔たりが大きかった場合、ライブにおける演奏はつまらなくなり、「あのミュージシャンは良くない」なんていう結果にも繋がりかねません。このあたりの議論は永遠のテーマでもあります。
そして山下達郎はライブにめっぽう強いミュージシャンでそのライブパフォーマンスの高さは業界でも広く知られています。
■ 推薦アルバム:山下達郎『イッツ・ア・ポッピン・タイム』(1978年)

1枚目は『イッツ・ア・ポッピンタイム』という1978年の超名盤です。ひっそりと六本木にあった既に閉店してしまったライブハウス、六本木ピットインでのライブです。このライブ盤についてはこれまでの鍵盤協漂流記でも何度か取り上げていますが山下達郎の他に坂本龍一(key)、村上ポンタ秀一(dr)、松木恒秀(g)、岡沢章(⒝)、土岐英史(Sax)、吉田美奈子(chr)など日本における巨匠達を従えて記録されたライブ盤です。
山下達郎の2枚のライブ盤の面白いところはそれぞれのライブ盤としての成り立ちが異なっていることです。1枚目の六本木ピットインのライブはスタジオ録音盤を意識することなく、スタジオ録音盤は単なる1つの素材でしかありません。勿論、曲の骨格は同じです。しかしアレンジはスタジオ盤に準じてはいません。そこがこのアルバムの聞き所でもあります。
1978年5月リリースのライブ盤『イッツ・ア・ポッピン・タイム』は山下達郎のセカンドアルバム『スペイシー』の1年後にリリースされたアルバムであり、3枚目のスタジオ盤『ゴー・アヘッド』(1978年12月リリース)に挟まれているアルバムです。なので『スペイシー』の楽曲と『ゴー・アヘッド』の楽曲が多く取り上げられています。
このライブ盤はスタジオ録音盤と違ったアプローチがされており、余分な音をそぎ落としたある種典型的なライブ本来の姿があります。密集することのないスカスカな音空間の中にミュージシャンの「音の必然」のみが存在しているのです。誤魔化しの利かない音の強さがそこにあります。楽曲は素材であり、結果はミュージシャンに準ずるというジャズ的な要素を強く含んでいます。実際、個人のアドリブパートも長く、そこが聞きどころだったりするという稀有なライブ盤です。
■ 推薦アルバム:山下達郎『JOY』(1989年)

2枚目は1989年にリリースされた2枚組のライブアルバム『JOY』です。前ライブとの共通メンバーはサックスプレイヤーの土岐英史のみ。
青山純(dr)、伊藤公規(b)、椎名和夫(g)、難波弘之(pf)、重実徹(syn)、松田真人(key)、野力奏一(key)、村田和人(cho)、佐々木久美(Cho)といった業界トップのプレイヤーを集め、演奏に対しての強いこだわりを見せている。
このライブ盤『JOY』は前作と違い、スタジオ録音盤にどちらかといえば忠実になっている。一部の楽曲を除いては長いアドリブパートも意図的に外されている。もう1つの大きな違いは会場の規模だ。中野サンプラザ・ホールや宮城県民会館大ホールといった大きな会場のテイクが意識的に集められている。
大きなホールは各楽器の残響時間が長いので小さなライブハウスで録音した楽曲とは印象も異なります。特にドラムやベースの音を聞くと顕著にそれが分かります。
一方、ライブ盤1枚面の『イッツ・ア・ポッピンタイム』は六本木ピットインという50~60人も入れば一杯の小さなライブハウス。2000人以上の大き目なホールとは残響が全く違います。私は小さなライブハウスの方が断然好きですが、集客人数は収益にも直結するのでそんなことはいっていられないのでしょう。
とはいえ演奏に違いがあるかとえば、そこは達郎バンド。残響が長くても、短くても全く感知するところではありません。完璧な演奏が記録されています。
アレンジが本来の楽曲に準じていることからポップソング的アルバムとして聞くことができる。『イッツ・ア・ポッピン・タイム』に比べるとキーボードプレイヤーが1人増えていることから、本来のアコースティックピアノ、エレクトリックピアノ主体の音楽ではなくなった。シンセサイザーでの楽曲への味付けが可能になり、より楽曲がカラフルな印象になり、本来のテイクに近い楽曲として聞こえてくる。
私もこの頃のライブを観ているがギターカッティングの上手さもさることながら、山下達郎自身の声には舌を巻くしかなかった。
推薦曲:「SPARKLE」
私の観たライブではこの楽曲がオープニング曲だった。アルバム『JOY』では2曲目だ。小豆色のテレキャスターによる唯一無二のギターカッティング。完璧なリズムと完璧な歌唱。スタジオ録音ではブラス隊が入っているがそれをシンセサイザーやハモンドオルガンでカバーしているため、音の薄さなどは微塵も感じることはない。特にアウトロ部分の音を聞くと重実徹が弾くハモンドオルガンによる持続音がかなりアンサンブル的に貢献していることがわかる。
推薦曲:「THE WAR SONG」
野太くアタック感の強いブラスシンセサイザーから幕を開けるこの楽曲。屋台骨を支えているのが山下達郎バンドでシンセサイザーを担当する重実徹の弾くオーバーハイムMatrix12だ。この楽曲はこのMatrix12がなければ成立なしいだろう。シンセサイザー1発でコード弾きをして耐えられるシンセサイザーといえば当時でいえばプロフィット5かこのオーバーハイムMatrix12くらいしかない。特にポリフォニックシンセサイザーで存在感を示せるのはこのシンセサイザー以外には考えられない。このポリシンセには鍵盤のない6音ポリのオーバーハイムXpanderが2台分入っていて12音ポリを6音ずつ、デュアルボイスで重ねることができる。プロフィット5は5音ポリで音を重ねられないのでこれだけの厚みのある音を出すことは不可能だ(プロフィット10は10音ポリなので5音のデュアルで重ねられるがオーバーハイム程、音に厚みはない)。
重実徹はMatrix12を所有しており、山下自身もこのポリシンセが大好きなことから当時ライブではファーストチョイスだったことが考えられる。私は重実徹のライブを達郎バンドではなく渡辺貞夫バンドでも見たことがあるがこのMatrix12を使っていた。
THE WAR SONGでシンセサイザー的にもう1つのエポックがある。
それは曲が終わったかと思われる直後に荒れ果てた大地を想起させる壮大なパッド音が入る。このパッド音もMatrix12の最も得意とする音の1つだ。このパッドだけで存在感を出せるのはオーバーハイムというシンセサイザーのオシレーターが素晴らしいからだと断言できる。
この楽曲で白眉なのは土岐英史が吹くサックスだ。このアルバムはアドリブパートが少ないと書いたが、この楽曲はそれにはあたらず、素晴らしいサックスソロが堪能できる。
今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲
- アーティスト:山下達郎、松田直人、重美徹、難波弘之、野力奏一、土岐英史など
- アルバム:『イッツ・ア・ポッピン・タイム』『JOY』
- 推薦曲:「SPARKLE」「THE WAR SONG」
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