■ 自分の好きな音のイメージ
楽器というのは購入しても、それが満足いくものかどうかは分からないという側面があります。購入前にはリサーチをしたり、楽器店に足を運ぶなどして前取材はします。しかしリサーチしきれない部分もあり、実際には時間をかけて使用しないと分からないというのが正直なところです。購入しなければよかったという楽器も数多くありました。
鍵盤楽器は高いお金を出せば大概いい音がするので、それを目安にすればいいという反面、音の好き嫌いは個人的な感覚でもあるため、自分に合う楽器を探すのはやはり難しいものです。
私の場合は「あのアルバムで聴いたあの音」を出したいとか、近づけたいというのをイメージして決めます。自分の聴いた音楽のあそこに使われているあの音を出したいという感覚。音楽をやっている人は皆さん持っていると思うので、それを基準にするのも1つです。
YAMAHAの「YC61」は色々な意味で私の感覚に合致する楽器でした。
■ 私の鍵盤購入履歴
私は1977年以来、鍵盤楽器の魅力に取りつかれ、シンセサイザーやオルガン、エレピなど、多くの楽器を購入しました。
その中でのベスト楽器は、アナログシンセサイザー部門では「オーバーハイム / Xpander」、デジタルシンセサイザー部門では「ヤマハ / DX7II」と「ローランド / D-50」、アナログモデリングシンセサイザー部門では「ウォルドルフ / ブロフェルドキーボード」、エレピ分野では「フェンダー・ローズ・エレクトリックピアノ」、オルガン部門では「ノード・エレクトロ / 4D」でした。
この数年ではサウンドハウスから「ヤマハ / MODX、reface CP、YC、CS」や「ベリンガー / ODYSSEY」「コルグ / wavestate」「シーケンシャル / TAKE5」「コルグ / PROLOGUE」などを購入。
その中でアナログシンセサイザーではシーケンシャルTAKE5が個人的ベストであり、オルガン系キーボードではヤマハのYC61がベスト枠に入りました。
この2つの鍵盤楽器はここ数年というよりも20年、30年のスパンでもハイレベルなものであると私は確信しています。
前回のリポートでは新開発のオルガン専用音源、VCM音源をベースにしたハモンドオルガンをシミュレートした「音」について紹介しました。
この「音」は一番大切な部分で、生音の良し悪しが鍵盤楽器の重要な要素だと言えます。
YAMAHA ( ヤマハ ) / YC61 ステージキーボード
■ VCM音源だけではない
YC61はハモンドシミュレートに特化したオルガンという見方もありますが、それだけではありません。
ヤマハの専売特許とも言えるFM音源によるオルガン音色やファルフィッサ・オルガン、ボックス・オルガンの音色も入っています。FM音源のオルガンサウンドは物理ドローバーで音色を変えることができる、これまでにない機能も組み込まれています。
■ 鍵盤は素晴らしい!の一言!
ヤマハは世界に知れたピアノメーカー。多くのシーンでヤマハのピアノが使われるのを目にするのは私だけではない筈です。
私が購入したシンセサイザーの中で一番鍵盤が弾きやすかったのはヤマハでした。流石ピアノメーカーです。DX7やDX7Ⅱの鍵盤は天下一品。ミニ鍵盤refaceの鍵盤も数多のミニ鍵盤の中では圧倒的でした。
ところがYC61の音を出す前に触った鍵盤の印象はネチネチでフカフカ。固めのマシュマロを押したような感覚でした。ビニール越しに鍵盤を触ったとき「大丈夫なのか、不良品だと困るな」と思った程です。
しかし実際弾いてみると大間違いでした。オルガンを演奏する際には鍵盤を擦ったり、叩くなど、グリッサンドを多用します。またピアノとは異なり指を鍵盤に対し、寝かせ気味に弾く場合もあります。この鍵盤はそういった荒っぽい扱いにもすんなりと対応します。指が鍵盤に引っ掛かりにくいのです。
今回の鍵盤はYCに合わせてウォーターホール鍵盤を開発したという話ですから、ヤマハの本気度がうかがえます。オルガン系の楽器を弾いてきた中で一番弾きやすかったのはこのYC61でした。
■ レスリーシミュレーターにも…
ハモンドオルガンをハモンドらしく演奏するにはレスリースピーカーが必要になりますが、YC61に付帯しているレスリーシミュレーター(YCではロータリースピーカーと表現)の完成度にも驚きました。
私が気に入ったのはステレオの音場感があり、ホーン(高域側)とローター(低域側)の輪郭が明瞭な新規ロータリースピーカーエフェクト「Studio」。YCの新しいバージョンに追加されています。この「Studio」はとても品のいいクリーンな音でした。その他にもロータリースピーカーエフェクトは用意されています。
■ ボリュームペダルによる歪みの演出
ハモンドオルガンはボリュームペダルを踏み込むことでレスリースピーカーの歪みが段階的に強くなります。YC61はこのペダルの踏み込みによる音の歪み具合もシミュレートされています。こういった細部へのこだわり、再現度合いが半端ないのです。
オルガンに本体のディストーションをかけて歪ませても、どこか機械的な歪みで私はその音が好きになれませんでした。しかしYC61は違いました。
1つの例としてブリティッシュロックのユーライア・ヒープのライブ盤で聴けるケン・ヘンズレーのハモンドB3の音。ケン・ヘンズレーはマーシャルのヘッドアンプをレスリースピーカーに使用し、歪んだ音を出しています。
ケン・ヘンズレーのレスリースピーカーは回り出しが遅く、ファスト回転でもあまり早くは回っていません。一種独特のハモンド音です。
以前、私のバンドでユーライア・ヒープの「7月の朝」を演奏していましたが、ケン・ヘンズレーの音を出すのにオルガン内蔵のディストーションを掛けるだけでは上手くいきませんでした。
YC61で用意されている3種類のハモンドオルガンの音色のうち、タイプ2(ザラ付き感や歪み感のあるハモンド音)の音を使い、レスリーシミュレーターの設定を変え、ボリュームペダルをフルに踏み込むことでケン・ヘンズレーの音に近付けることができました。このシミュレートもモデリング技術の賜物だと思われます。
■ 多様なハモンド音
YC61には上記のように性格の異なる3種類のハモンド音色が設定されており、つまみでそれを変更することができます。その音をベースにドローバーで音作りをします。クリーンな音を作りたいときにはタイプ1を使い、パーカッシブな音を作りたいときにはタイプ3を使います。こういった音色設定がニュアンスの異なるハモンド音を作るのにとても便利だと感心をします。違うタイプのハモンドを3台所有しているかの様です。この機能もYC61の大きなインセンティブだと思います。
■ ユーライア・ヒープ ライブ(1973年)
英国ハードロックグループ(当時はプログレハードとも呼ばれていた)ユーライア・ヒープのライブアルバム。大ヒット曲「対自核」や「ジプシー」「7月の朝」などを含む、ベストアルバム的要素の強いアルバム。
ハードロックに加え、美しいバラード曲も印象的。メンバーのコーラスワークも秀逸で、ライブでもその一端を聴くことができる。
ケン・ヘンズレーはユーライア・ヒープの音楽監督でハモンドB3オルガンの上にミニモーグを乗せて演奏している。「7月の朝」のイントロで聴ける独特の歪感のある音は必聴。
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