ここから本文です

シンセサイザー鍵盤狂漂流記 その281 ~50周年を迎えたピンク・フロイドの名盤『炎~あなたがここにいてほしい~』から~

2025-12-24

Theme:sound&person, Music in general

ピンク・フロイド「炎~あなたがここにいてほしい~」リリース50周年!!

某雑誌でピンク・フロイドの記事が目に留まりました。 紹介されたレコードジャケットから、すぐに『狂気』の次にリリースされた『炎』であることが分かりました。 『炎』の実際のタイトル(原題)は『Wish You Were Here』。直訳すれば「あなたがここにいてほしい」ということになります。これはピンク・フロイドの初期メンバーであるシド・バレットのことをテーマにしているアルバムです。 アルバムタイトルをこのように表記するということは、メンバーのシド・バレットへの想いの強さがうかがわれます。

ピンク・フロイドは世紀の大傑作である『狂気』を1973年にリリース。ビルボード741週連続してチャートインする前人未到の大ヒットを記録します。 2年後、1975年にリリースされたアルバム『炎』は前作『狂気』の次のアルバムです。 メンバーがそのプレッシャーに苛まれ、苦労の末に絞り出されたアルバムとして知られています。

実際のオリジナルタイトルは『炎』ではなく『あなたがここにいてほしい(Wish You Were Here)』でした。オリジナルタイトル(直訳)は日本国内ではメインに使われることなく、サブタイトルでの表記になりました。 ではどうしてメインのテーマがアルバムタイトルとして使われなかったのか? は予測が付きます。『あなたがここにいてほしい』と言われても、何のことなのかが分からないからです。 なぜ『炎』になったのかは、ピンク・フロイドのアートワークを手掛けていたデザイン集団「ヒプノシス」のアルバムジャケットによるところが大きいと推測されます。

『炎~あなたがここにいてほしい』(1975年)のアルバムジャケット

『炎~あなたがここにいてほしい』のリリースは1975年。 当時、高校生だった私が記憶しているのは、ネイビーのビニールに包まれたレコードが棚に並べられていたことです。 中身が全く見えないネイビーのビニールで包装されたジャケットの左上に、「炎」という文字が書かれた10センチ四方のステッカーが貼られていました。 ネイビーのビニールを破いて中から出てくるのが、このレコードジャケットです。 男性同士が握手をしている写真ですが、右側の男性から炎が上がっていて、写真を覆う白い枠の右上部が焦げています。 こういった摩訶不思議なアートワークは「ヒプノシス」の得意とするところで、このジャケットからレコード会社が『炎』とタイトルを付けたのだと思われます。 レコード会社の、中身を明かさない思い切ったプロモーション展開に、ピンク・フロイドというバンドの得体のしれない何かを感じました。

ちなみに以下のパッケージはピンク・フロイド、デビュー50周年の『炎~あなたがここにいてほしい』のアルバム仕様です。 50年前のリリース当時のアルバム仕様は、「炎」のタイトルステッカーのみが貼られたネイビービニールの包装だけ。中央部にあるPINK FLOYDのイラストステッカーはありませんでした。

■ 推薦アルバム:ピンク・フロイド 『炎~あなたがここにいてほしい~50周年記念盤』(2025年)

ネイビーのビニールに包まれた仕様のパッケージから50年が経過し、ネイビーのビニールは随分と傷がついたエイジング仕様になっている。 更にアルバム『狂気』のプリズムステッカーのイラストや、中におまけとして入っていたピラミッドが描かれたカードのステッカー、バックステージ・パスなども貼られたデザインになっている。 このアルバムは『狂気』ではないはずだと誰もが思うところだが、この50周年の『炎』には『狂気』の楽曲も入っているのだ。 『スピーク・トゥ・ミー』、『オン・ザ・ラン』、『タイム』、『マネー』、『ザ・グレート・ギグ・イン・ザ・スカイ』など、重要曲のライブテイクが収められている。 ラインナップとしては盆と正月が一緒に来たかのようなサービスぶりで、これが果たして『炎』の50周年記念盤かと首をひねってしまうが、ファンにとっては興味深いトラックも多く収められている。

推薦曲:「狂ったダイヤモンド」(アーリー・インストゥルメンタル・ヴァージョン、ラフミックス)

オリジナルトラックを聴いている人なら、興味をそそられるはずだ。かなりラフなミックスで、デヴィッド・ギルモアのギタートラックのミックスがいささか小さすぎる。ストラトキャスターの音はほぼオリジナル通りだ。逆にハモンドオルガンを演奏するリック・ライトの音がよく聴こえるため、どこでレスリーを回しているかや、どんな音で演奏しているのかがよく分かる。ハモンドオルガンの音はとても良い音だ。 そしてこのトラックを聴くと、まだ完成途中であるこの楽曲が見えてくるし、楽曲がどんなプロセスを経てブラッシュアップされたかも、ある程度理解できる。

このトラックには『狂ったダイヤモンド』冒頭5分ほどの、デヴィッド・ギルモアの単独ギターソロパートが入っていない。 冒頭のギターパートは、バックにベースやドラムは入っていない。オルガンなどの重厚な白玉(ロングトーン)の上をギターのみでメロディーを歌うため、それなりにメロディーが構築されていないと楽曲を弱くしてしまう。冒頭にあるギルモアの聴かせどころは、まだできていなかったようだ。 ギターソロ展開部の印象的なメロディー部分もまだ決まっていなかったらしく、オリジナルテイクに近いが違うメロディーラインを弾いている。 どこまでがアドリブで、どこまでが想定ラインなのかもうっすらと見えてくる。 ギタリストのデヴィッド・ギルモアは、特にテクニカルなギタリストではなく、印象的なメロディーをどう歌うかに傾注するタイプのギタリストではないかと思う。 事実、ピンク・フロイドの楽曲を聴くと、ギターソロはかなり考えられていると以前から思っていた。それがこの『狂ったダイヤモンド』のギターソロを聴いて確信できた。そんなデヴィッド・ギルモアの試行錯誤に思いを馳せるのも面白い。

ギターに寄り添うシンセサイザーのオブリガートも入っていないし、コード進行や構成も決まっていない箇所がある。このラフミックスからオリジナルに発展していったのだろう。 また『狂ったダイヤモンド』の終盤でテーマを歌うリック・ライトが奏でるシンセサイザーの音も、オリジナルと比較すると細く、弱い。これがあのミニモーグかと疑ってしまうほどだ。 『炎~あなたがここにいてほしい~』50周年記念アルバムを聴き、アウトテイクからピンク・フロイドというバンドの創造過程を垣間見ることができた。これだけ出してしまって75周年にはどんなネタが出てくるのだろう(笑)。 前述の『狂気』のライブトラックにも興味をそそるネタがあったので、次のパートで紹介したい。


今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲

  • アーティスト:ピンク・フロイド、デヴィッド・ギルモア、リック・ライト
  • アルバム:『炎~あなたがここにいてほしい~』
  • 推薦曲:「狂ったダイヤモンド」

⇒ シンセサイザー一覧


コラム「sound&person」は、皆様からの投稿によって成り立っています。
投稿についての詳細はこちら

shinsekenban

高校時代よりプログレシブロックの虜になり、大学入学と同時に軽音楽部に入部。キーボードを担当し、イエス、キャメル、四人囃子等のコピーバンドに参加。静岡の放送局に入社し、バンド活動を続ける。シンセサイザーの番組やニュース番組の音楽物、楽器リポート等を制作、また番組の音楽、選曲、SE ,ジングル制作等も担当。静岡県内のローランド、ヤマハ、鈴木楽器、河合楽器など楽器メーカーも取材多数。
富田勲、佐藤博、深町純、井上鑑、渡辺貞夫、マル・ウォルドロン、ゲイリー・バートン、小曽根真、本田俊之、渡辺香津美、村田陽一、上原ひろみ、デビッド・リンドレー、中村善郎、オルケスタ・デ・ラ・ルスなど(敬称略)、多くのミュージシャンを取材。
<好きな音楽>ジャズ、ボサノバ、フュージョン、プログレシブロック、Jポップ
<好きなミュージシャン>マイルス・デイビス、ビル・エバンス、ウェザーリポート、トム・ジョビン、ELP、ピンク・フロイド、イエス、キング・クリムゾン、佐藤博、村田陽一、中村善郎、松下誠、南佳孝等

 
 
 

Categories

Translated articles

Calendar

2025/12

  • S
  • M
  • T
  • W
  • T
  • F
  • S
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • 31

Search by Brand

Brand List
FACEBOOK LINE YouTube X Instagram TikTok