
効果音録音や放送の分野で高い信頼を得ているSennheiser「MKH 8000シリーズ」の新製品ステレオショットガンマイクの発表会が、2025年7月29日、東京・日本工学院 蒲田校のイマーシブデモルームで開催されました。会場は日本工学院とNeumannの協業で誕生した国内最大規模のNeumann製スピーカーのデモルームで、同シリーズ全機種の展示とNeumann KH 150、KH 120 II、KH 750によるイマーシブ再生環境が構築されていました。

発表会と併せて効果音録音の最前線で活躍する3名のプロフェッショナル・エンジニアをゲストに招いたトークセッションも実施されるということで、35度を超える真夏日であったにもかかわらず多くの観覧希望があり、満員となった会場で新製品発表会が開始されました。
ゼンハイザーの技術によって実現したRF方式MSマイク MKH 8018
最初はゼンハイザージャパン 祷氏が登壇し、創業80周年を迎えるSennheiserの歴史を紹介し、続けて今回新製品が加わるMKH 8000シリーズの技術的特徴が解説されました。
型番の「MKH」は、ドイツ語でのマイクロフォン(Mikrofon)、コンデンサー(Kondensator)、高周波(Hochfrequenz)の頭文字を取ったものだそうです。高いS/N比、優れた低域レスポンス、優れた軸外特性、そしてコンパクトであることなど、RF方式のメリットが説明され、参加者も聞き入っていました。
説明によれば最新のMKH 8000シリーズではSennheiserの持つSMD技術(Surface Mount Device:表面実装技術)によって小型化に成功。2007年にMKH 8020(全指向性)、 MKH 8040(カーディオイド)、 MKH 8050(スーパーカーディオイド)の3機種がリリースされました。その後もシリーズが拡充され、2024年には双指向性のMKH 8030をリリース。そしてこの双指向性8030の登場が今回の新製品へリリースにつながったようです。

技術と歴史を踏まえた説明が一通り行われると、ついに新製品「MKH 8018」が発表されました。MKH 8018はMKHの技術が継承されたMSステレオショットガンマイクで、MS信号だけでなく、モードを切り替えることでステレオ信号も出力可能、またそのステレオ感もナローとワイドを必要に応じて切り替えられることができるとのことです。また、2003年に登場したMSステレオショットガンマイク「MKH 418-S」との関係にも触れられ、MKH 8018はその後継・上位にあたる位置づけであることが示されました。そして性能面ではMKH 418-Sを大きく上回る仕様となり、MKH 8000シリーズの集大成といえる存在だと説明されました。
プロフェッショナルによるレビューとトークセッション
発表会後半は、効果音録音のプロフェッショナルとして活躍する3名のゲストによるトークセッションが展開されました。ゲストの3名はもともとMKH 8000シリーズを愛用しており、今回新製品のMKH 8018の発表を前にテスト用のデモ機が貸し出されていたようで、実際の録音現場でテストした感想とともに、録音に関する具体的な知見が紹介され、来場者にとって実践的な情報が得られる内容となっていました。
MKH 8018の優位性は圧倒的なサイドカプセルの静けさ

最初の登壇者は株式会社ソノロジックデザインのサウンドデザイナー加藤 裕介氏です。ゲームの中で鳴る「全ての音を制作する」ゲームサウンドデザイナーとしての視点から「ポジショナル音源」および「環境音」両方の録音に優れた性能を発揮するマイクとしてMKH 8018の特長を従来機との比較を含めながらを「5つのポイント」を紹介していました。
最初に強調されたのは「サイドマイクの静けさ」でした。従来機MKH 418-SではサイドカプセルのSNに関して加藤氏自身も悩む場面があったそうで、真っ先にこの点を確認したとのことです。参考音源として洞窟の中で水滴以外の音が鳴っていない環境で録った音が再生され、MKH 8018でノイズがなく鮮明な音が収録できたと強調していました。
次に「軽量性・コンパクトさ」について紹介されました。L字のXLR5ピンコネクタケーブルを使用すれば加藤氏が所有するRycoteのカゴ風防Cyclone Smallにも収まるサイズで、またピストルグリップでの運用ではレコーダーと一緒にショルダーバッグに入れて持ち運べてしまうということです。
そして3つ目は「録音方式が変えられること」について言及されました。MS方式は通常ポストプロセッシングが必要ですが、XYナローとワイドモードの出力はそのままステレオとして使用できるので、例えば2chのレコーダーやカメラマイクと併用して簡単にステレオ録音できるということで、Neumann RSM 191やSanken CSS-5といった機種に対抗できる選択肢になっているということです。
4つ目は「低い帯域から高い帯域まで幅広く高音質で収音できること」が強調されました。従来機と比較し音のディテールも向上しており、Midカプセルに関してはMKH 8060と同じように単純にショットガンマイクとして使用できることや、MKH 8000シリーズの軸外減衰の緩やかさももっているためSideカプセルとの溶け合いがよいことが指摘されました。
そして5つめのポイントとして「MidとSideの音量値が揃う」ことについて、加藤氏自身がとても驚いたポイントとして紹介されていました。加藤氏は他にもMKH 8000シリーズのマイクを所持しており、MSやDMSの収録を行ってきたということですが、MKH 8018に関してはMidとSideの音量値が微調整をせずとも揃っているということです。
こういったMKH 8018の特長を踏まえて、加藤氏はゲームサウンド制作の視点から、環境音そしてポジショナル素材の収音にマッチしているマイクだと評価しました。広がりやミッドの適度なボケを必要とする環境音の収録ではXYワイドを選択したり、中央でしっかり芯があるサウンドが必要で、サイドにちょうどいいステレオ感がほしいときなどにMSを選択するなど、使い分けが可能で拡張性が高い部分を評価していました。
加藤氏の説明では製品の特長を現場のリアルに落とし込んだ情報が多く、従来機MKH 418-Sや既存のMKH 8000シリーズユーザーとして向上した点が実体験とともに語られていて、とても印象的でした。
株式会社ソノロジックデザイン
サウンドデザイナー
加藤 裕介氏
モバイルタイトルなどのサウンドディレクター、サウンドデザイナーを経て、ソノロジックデザインへ入社。小さなハンディレコーダーからフィールドレコーディングをスタートし、今では本格的なレコーダーとマイクを持ち出している。M/Sマイクなどの他には、Ambisonics録音やバイノーラルなどのリアルな質感を録音できるマイクが好み。
コンパクトで頑丈なMKH 8000シリーズ、1本で様々な録音ができるMKH 8018

加藤氏に続いて、映画やドラマ、CMの音響効果技師として活躍する松浦大樹氏が登壇。実際の写真や音源を交えつつ、現場でMKH 8000シリーズを使用する様子が紹介されました。
松浦氏はもとより多くのMKH 8000シリーズを導入しており、複数人でのフォーリーの収録において、メインマイクの軸を外れてしまう対象への補強対策としてMKH 8030を導入。そのことがきっかけで、他のMKH 8000シリーズと組み合わせたDMS方式での録音をフィールドレコーディングの場でも試すようになったとのことでした。多くMKH 8000シリーズを採用する理由としては、音質だけでなくコンパクト、頑丈といった要素が挙げられ、それらは音質と同じくらい重要と語られていました。いくつかのサンプル音源を試聴する機会が設けられ、それぞれにおけるMKH 8000シリーズの組み合わせが写真とともに紹介されました。ZOZOマリンスタジアムでのゴジラの咆哮の収録ではMKH 8020オムニスクエア(4本)+センターのMKH 8050、花火大会の音の収録ではMKH 8040をORTF x 2、センターとLFE成分としてMKH 8050 / MKH 8020を用いた5.1ch録音など、音源とともに実際の現場での使用法が紹介され、大変有意義でした。
MKH 8000シリーズはマイクひとつひとつはコンパクトであるものの、数が多くなると大変だと感じていたところに今回のMKH 8018のデモの話がきたとのこと。まずはMKH 8018で収録した雨音の音源で、Midカプセルの音にSideカプセルの音を徐々に足していくというデモ再生が行われ、後からサイドの加減を調整できるMSステレオマイクのメリットについて言及されました。またMKH 418-Sとの比較音源再生も行われ、加藤氏と同様にMKH 8018のセルフノイズの小ささについて強調し、特に音量が小さいものを録音するときに優位性があると説明されていました。そのあともMKH 8018の各モードやほかのMKH 8000シリーズを使用したステレオ収録との比較が行われ、各録音のステレオの広がりやセンター成分の違いについて参加者は実際に耳で体験することができました。
最後にMKH 8018について、1つのマイクで異なる録音方式を選択できることやマイクのコンパクトさに言及し、組み合わせやアイディア次第で録音できる世界が広がるマイクで、世界中のフィールドレコーディストの新しい選択肢になるのではないかと締めくりました。
音響効果
松浦 大樹氏
音響効果会社アルカブースを経て、2020年に独立。映画、ネットフリックスなどの配信ドラマ、CMの音響効果として活動。主な作品に「マイホームヒーロー」「ミッシング」「八犬伝」「さよならのつづき」などがある。自身が効果音を担当する作品のフォーリーや音ロケに使用するマイクに、MKH8000シリーズを愛用。それらを用いたDMSレコーディングが最近の個人的な流行となっている。
2つのモノラルカプセルを収めるマイクとしての可能性

最後に登壇したのは香川県高松市を拠点に活動するフォーリーアーティストとしてアニメやゲーム、CMなどの効果音制作に携わる渡邊雅文氏でした。渡邊氏は冒頭から「ステレオマイクをモノラルとして使う」アプローチについて話していくと切り出し、会場は好奇心を刺激されました。
実写作品のフォーリー制作では音源から離れた位置にメインマイクとは別にオフマイク立てて部屋感や距離感を録ることがある一方、渡邊氏が多く担当するアニメやゲームのフォーリーサウンドとしてはオフマイクの音はマッチせず「要らない」と言われてしまうことが多かったとのこと。しかしながらメインのオンマイクだけだとピーキーでもう少しぼやかしたくなるという思いを抱いていた時に、MS方式のサイドマイクをオフマイクの代わりにミックスしてまろやかな音をつくるという手法にたどり着いたとのことです。そうして昨年ゼンハイザーの双指向性マイクMKH 8030とショットガンマイクMKH 8060を購入し組み合わせてこの方式を実践していたところにこのMKH 8018の発売を知ったそうで、「絶対1本で買った方が安いじゃないか」とタイミングを悔やみ、会場は笑いに包まれました。
この方法ではMSのバランスを変えることで、音の距離感や主役感、柔らかさを調整できるとし、また編集作業の観点からも、まず位相を合わせる作業が必要ないこと、さらにはMid信号とSide信号を同時にエディットできることといった現場の作業的なメリットも説明され、非常に現実的な目線に参加者も共感していました。
音源の再生デモもあり、最初はサンプルレート48kと96kで録った音の比較が行われました。フォーリーでは音源をスロー再生してサウンドデザインすることも多いとのことで、その時に超音波帯が録れているかどうかが大事ということなのですが、プラグインのスペクトラム上でもMKH 8018でしっかり収音されていることを確認していました。次にMKH 8018とMKH 8060+MKH 8030の組み合わせの比較が行われ、音の違いがほとんどなく、MKH 8018の1本でMKH 8000シリーズ2本分の性能をしっかりと持っていることが示されていました。
そしてデモはついにMSマイクのモノラルミックスに移ります。足音や乱闘、拍手の音でMidカプセルのみの音とステレオデコードした音、MidとSideをモノラルミックスした音が再生されました。そしてモノラルミックスの再生では、MidとSideのバランス変化によって生じる印象の変化に来場者は耳を澄ませました。
株式会社evance
フォーリーアーティスト
渡邊 雅文氏
四国の香川県を拠点にアニメ・ゲーム・CMなどの映像作品の音響効果を手がける。
主に「フォーリー」という、足音・衣擦れ音・人が触れる物の音を、身体や物を使い、声優のアフレコのようにして音の芝居を吹き込んでいる。
株式会社evance代表取締役・大阪芸術大学音楽学科客員教授
担当作品 アニメ「SAKAMOTO DAYS」「ブルーロック」ゲーム「ドラゴンズドグマ2」など
エンターテイメントの世界を影から支えるMKH 8000シリーズ

最後に質疑応答の時間が設けられ、参加者から様々な質問が行われました。今回のイベントは新製品発表会ではありましたが、単純な発表会の枠を超えて効果音収録という仕事を理解するきっかけとしても大変ためになるものでした。
また、日本工学院のイマーシブデモルームで行われたことにより、Neumann KHシリーズによるイマーシブ環境を通じて臨場感あふれる音を体験できたことも貴重でした。これからテレビやゲーム、映画等で音を聞く時の心持ちにも変化が出そうです。これらのエンターテイメントにおける音を影から支えるSennheiser MKH 8000シリーズ、さらにMKH 8000シリーズの集大成とも言えるMKH 8018は、これから大きな注目を集めるマイクとなりそうです。

MKH 8000シリーズについて
Sennheiser MKH 8000シリーズは、あらゆる録音環境に対応するハイエンドRFコンデンサーマイクロホンシリーズです。従来のAFコンデンサーマイクとは異なり、RF(高周波)方式を採用することで、極めて低ノイズで広い周波数特性、そして高い耐環境性能を実現。高温多湿や極寒といった過酷な環境でも安定した動作を誇り、ピュアで繊細な音の再現を可能にします。
そのラインアップには、無指向性からロングショットガン、そして最新のステレオショットガンモデルまで、プロの現場が求める指向性と表現力を兼ね備えた製品群が揃っています。軸外のカラーレーションを抑えた自然な音像と、対称的なプッシュプルトランスデューサー設計により、MKH 8000シリーズは、映像制作、フィールド録音、音楽収録、放送など、さまざまな分野で信頼されています。
MKH 8000 Series (sennheiser公式サイト)

MKH 8018
- MSカプセル構成のステレオショットガンマイク
- 切り替え可能な3つのステレオモード:MS、XY-ナロー、XY-ワイド
- スイッチ式ローカットフィルター(-3dB@70Hz)
- 高品質な-10dBパッド
- MKHテクノロジー踏襲の正確なサウンドと安定
- 新採用アルミボディ、堅牢ながら115gの軽量性
SENNHEISER ( ゼンハイザー ) / MKH 8018