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蠱惑の楽器たち 69. 電子音源の仕組み9 FM音源2+

2023-10-17

Theme:sound&person, Music in general

FM音源の難解な音作り

FM音源の音色バリエーションは、大抵の楽器音なら作れるほど豊かです。しかし、その音作りがあまりにも難解で、自分で作るのを諦めるというユーザーが大勢いました。そのこともあってプリセットがよく売れたようです。

基本的には下図のようなサイン波を持つオペレータ(2~6個程度)の組み合わせで音を作ります。組み合わせ方はいろいろありますが、下記の発展となります。一番下のcarrierと呼ばれるオペレータが出力となります。

縦に積まれたオペレータが何をやっているかというと、2段の場合は下のような式になっています。

sin(2pi * (x + sin(2pi * x)))

さらに各オペレータの周波数比、振幅、エンベロープ(時間軸における値の変化)を設定することで音を作り出しています。ただ、この手の情報はネット上に溢れていますので、本記事では一般的にあまり扱われてない話題を取り上げることにします。

FM音源の難解さの原因

FM音源で音作りする場合、個人的にナイキスト周波数と折り返しノイズを理解しておく必要があると思っています。他には倍音と音色の関係も重要な要素です。音程感のある音は主に整数倍音で構成されています。整数倍音以外の音の割合が増えると、音程感が損なわれていきます。下図は整数倍音の音色です。周波数軸は対数ではなくリニア表示になっていますので、倍音の関係が等間隔になっているのが確認できます。

ナイキスト周波数

デジタル音声処理では、これを知っていないとまずいことが起こります。デジタル音声は記録できる最高音が決まっています。その上限のことをナイキスト周波数と言います。別の言い方をするとサンプリング周波数の1/2の周波数がナイキスト周波数です。例えばサンプリング周波数が48,000Hzであれば24,000Hzがナイキスト周波数となります。人が聞き取れる周波数の上限は20,000Hzと言われています。

マイクから録音する場合は、フィルタを通るので使える周波数を上回れば記録されないだけですが、内部で音を合成する場合は上限が問題となってきます。もし内部で計算した波形がナイキスト周波数を超えると削除されずに跳ね返ってきてしまう現象が起きます。FM音源では、ある意味これらを利用して音作りをしています。

折り返しノイズ(エイリアスノイズ)

跳ね返ってきてしまう現象を、ここでは「折り返しノイズ」と呼びます。FM音源はパラメータを上げて行くと、折り返しノイズが混入しランダムな音に聞こえてきます。それまでの音の変化から想像できない音になってしまうため、混乱することになります。さらにデジタル的に加工するということは、離散的でありステップごとに次の値にジャンプするため、滑らかな変化が期待できません。解像度が低い初期のDX7などは急激に値が変化しますので、混乱に拍車をかけることになります。

下動画はFM音源で音程を滑らかに上げた時のリニア表示の周波数スペクトルです。右端がナイキスト周波数で、徐々に倍音が高域側へ移動しています。右端まで行くと跳ね返ってきて可聴域に音が出現します。折り返しノイズは整数倍音以外が確実に入ることを意味しますので、音程感を損ないます。レベルが低ければそれほど目立ちませんが、図のように倍音のレベルが高いとかなり目立ちます。

この折り返しノイズと付き合って音作りをするのがFM音源なのですが、その変化は人間の感性に合っていません。アナログシンセのように予想通りの自然な変化が得られないのです。しかし折り返しノイズが音にあまり影響しない範囲であれば、実はそれほど厄介ではありません。

この折り返しノイズはデジタルで音作りする際には常に問題になることですが、80年代は計算コストから対策なしで楽器が作られていました。FM音源では逆にこれを利用して金属的な音作りをしたとも言えます。理想的には排除すべきものです。今ならばオーバーサンプリングすることで目立たないようにすることもできますし、完全に排除することもできます。ただ、そうすると従来のFM音源らしさがスポイルされてしまいます。そういうこともあり、現在のソフトウェアシンセの多くは折り返しノイズを使った従来の方法で作られています。

以前から不思議に思っているのですが、雑誌などで上記のことに触れている記事をほとんど見かけたことがありません。個人的にはすごく重要なことと思っていて、これらの理解だけでFM音源の音作りが簡単に出来るようになると思います。 音作りする際には倍音を監視するために、スペクトラムアナライザは必須だと思います。ただ周波数軸が対数表示のものがほとんどなので、倍音を監視したいときにはちょっと使いにくいと感じています。上記のスペクトラムアナライザは周波数軸をリニア表示に改造したものです。

上記を意識した音作りのポイント

FM音源の音作りは面白いのでいろいろ書きたいところですが、切りがないので上記と直結するポイントだけ記しておきます。

  • 折り返しノイズは非整数倍音となり、金属的な音もしくは音程感のない音になります。
  • 音程のある楽器の多くは整数倍音で音は構成されているので、そういう音を作る場合は、折り返しノイズはアタックのみ使い、サスティーン部は整数倍音で構成するようにすると楽器らしい音になります。
  • 逆に音程感を希薄にしたい打楽器や金属を叩くような音であれば、折り返しノイズを積極的に使っていきます。

FM音源の苦手な音

サイン波から作り出すFM音源が苦手な音は、きれいなエッジのあるノコギリ波が作りにくいところです。どこか丸い感じで木管的になりやすいし、無理すると金属的になってしまいます。

DX7にはフィードバックという機能があり、これで疑似的なノコギリ波からノイズまで生成できるようにしていました。フィードバックの中身はオペレータの平均値を取っているだけのようですが、簡単かつ効果的で本来のFM音源をうまくフォローしたかたちになっています。それでもきれいなノコギリ波ではなく、下図のようにFM音源らしい音になってしまいます。柔らかいストリングス系の音はアナログシンセにはかないません。

近年のFM音源ではサイン波以外の基本波形、フィルターを備えていることも多いので作れる音の自由度が上がっています。音だけ聞くとFM音源とは思えないほどです。ただ他音源との差別化という意味では、従来の若干不自由なFM音源が未だに強烈な個性を放っていると言えるでしょう。


コラム「sound&person」は、皆様からの投稿によって成り立っています。
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achapi

楽器メーカーで楽器開発していました。楽器は不思議な道具で、人間が生きていく上で、必要不可欠でもないのに、いつの時代も、たいへんな魅力を放っています。音楽そのものが、実用性という意味では摩訶不思議な立ち位置ですが、その音楽を奏でる楽器も、道具としては一風変わった存在なのです。そんな掴み所のない楽器について、作り手視点で、あれこれ書いていきたいと思います。
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