ローズ・ピアノの普遍性
後輩との会話の中、「ラジオ番組で麻生ゆう子の「逃避行」を聴いた、いい曲だった」という話になりました。私は麻生ゆう子の顔も思い出せず、「逃避行」という曲名は記憶していたものの、そのメロディは出てはきませんでした。
インターネットで検索すると「ああ、この人だったのか」と記憶が蘇り、曲を聴くとすぐにその意味を理解することができました。
この楽曲がリリースされたのは1974年。年末の第16回レコード大賞で最優秀新人賞を獲得しています。作詞は千家一也氏、作曲は都倉俊一氏、編曲は馬飼野俊一氏。
皆さん、日本の歌謡界を代表するレジェンド達。今で言うなら立派なJポップです。
曲を聴いて驚いたことがありました。
イントロはストリングスとローズ・ピアノがメロディを奏で、Aメロの冒頭部はローズ・ピアノのみでバッキングされていました。まさにローズの音、そのもの。
私は高校生だったので、当時の歌謡曲のアレンジがどうなっていたかなどは知る由もありません。しかしこういった曲にもローズ・ピアノが使われていたことに少し驚きました。伴奏楽器としてピアノとは異なる「電気のピアノ」が当時先進的だったのだろうと想像しました。そしてその普遍的な音に納得をしました。その円やかで切なげな音が楽曲にピタリとハマっていたからです。
■ 参考アルバム:『午前零時の鐘』麻生よう子
参考楽曲:「逃避行」(1974年)
ほぼ全編にわたり、典型的なフェンダーローズ・エレクトリックピアノの音が聴ける。アコースティックピアノ全盛だった当時にこのローズ・ピアノを使うというのはアレンジャーとして勇気のいることだったのかもしれない。しかしローズ・ピアノを使う事で楽曲にある女性の想いを際立たせることができ、新しいタイプの曲として強調できたのかもしれない。
74年当時の歌謡曲トップ20を聴いてみてもこの「逃避行」の様に全面的にローズ・ピアノをフィーチャーしている曲は見当たらない。リリィのヒット曲「私は泣いています」でバッキングに使われている程度。当時、リリィのバイバイセッションバンドはかなり先進的な音作りで知られていたが、ローズ・ピアノが全面に出てくることはなかった。
フェンダーローズ・ピアノ(ステージタイプ), CC BY-SA 3.0 (Wikipediaより引用)
電気ピアノ ローズピアノとエフェクターの関係
ローズ・ピアノの音はその構造からも分かるように、アコースティックピアノとは全く異なった音がします。アコースティックピアノはハンマーが弦を叩き、周囲の弦とピアノ内部の箱や共鳴版も振動するので多くの倍音が生じるのが特徴です。
ローズ・ピアノは金属製のトーンバーやトーンジェネレータの音をピックアップマイクで拾うのでビブラフォンのような透き通った音がします。
その透き通った音をより空間的に演出するエフェクトがミュージシャンの間ではトレンドになっていました。
ピアニスト、リチャード・ティーはエレクトロハーモニクス社のフェイザー、「スモールストーン」を使っていました。
ELECTRO-HARMONIX ( エレクトロハーモニックス ) / SMALL STONE
また、デビッド・フォスターはローズ・ピアノにコーラスをかけていました。
ローズ・ピアノにコーラスやフェイザーをかけることで音色的にリッチになり、楽曲を引き立てる大きな効果にもなりました。
電気ピアノであるローズはその構造的な特徴もあり、エフェクターとは親和性の高い楽器だったと言えます。
私のローズ・ピアノのパネル全面にはエフェクターのインとアウトが付いていました。ここにエフェクターをかませることができました。私はMXRのフェイザー、「フェイズ90」をローズに使っていました。「フェイズ90」の音は国内製のフェイザーにはない、品格のあるさっぱりとしたサウンドでした。今は価格は下がりましたが70年代後半は4万円以上した高価なエレクターでした。
MXR ( エムエックスアール ) / CSP101SL Script Phase 90 LED
プレイヤーの大ヒット曲、「ベイビー・カムバック」でイントロのテーマを奏でるツインギターにかかっているのが「フェイズ90」の音です。その音は素晴らしく、エフェクトをONにしてローズを鳴らせばとても気持ちのいいサウンドになりました。
ローズ・ピアノの進化系 ローズ・ダイノ・マイ・ピアノ
ローズ・ピアノは1970年代後半に打弦時のアタック音を強調したダイノ・マイ・ローズが台頭します。これはローズ・ピアノの改良型。その音の良さに惹かれ多くのローズ・ピアノユーザーがダイノ・マイ・ローズに移行しました。コロコロとした音で透明感の強いダイノ・マイ・ローズは旧式のローズ・ピアノを駆逐し、古いタイプのローズ音は聴かれなくなっていきました。特にダイノ・マイ・ローズはポップシーンにおいてAORが流行った時代とシンクロした為、その煌びやかな音へのニーズが高まったことが考えられます。それはアメリカだけに留まらずJポップシーンにおいても同様でした。
■ 推薦アルバム:『愛をもう一度』セルジオ・メンデス(1983年)
前回のゼルジオ・メンデスでも紹介した、ローズ・ピアノの音でも素晴らしいアルバム。ジャズフュージョン界のファーストコールであるベーシスト、チャック・レイニーとドラマー、ハーヴィー・メイソンを呼び、ギタリストはヒットメイカーであるマイケル・センベロ、キーボードプレイヤーは売れっ子ロビー・ブキャナンという錚々たるラインナップによる83年の傑作アルバム。ブラジリアンポップとアメリカンポップが理想的な形で融合し、全米4位というシングルヒット曲も生み出した。
推薦曲:「愛をもう一度(ネバー・ゴナ・レット・ユー・ゴー)」
このダイノ・マイ・ローズのイントロを聴いた時の衝撃は今でも忘れることができない。
ロビー・ブキャナンによるイントロはローズ音の素晴らしさに加え、キャッチーなメロディラインとベースラインの素晴らしさなどが相まって歴史に残るイントロになった。数多くのローズ・ピアノを使ったイントロの中で私はこの楽曲がNo.1だと思っている。
このイントロ聴いた松任谷正隆氏がインスパイアされ「ノーサイド」のイントロにつなげたと私は確信している。違っていたらゴメンナサイ(^^♪
今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲
- アーティスト:麻生よう子、セルジオ・メンデス、ロビー・ブキャナン、ハーヴィー・メイソンなど
- アルバム:『午前零時の鐘』『愛をもう一度』
- 推薦曲:「逃避行」「愛をもう一度」
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