テープレコーダーというと、多くの人はコンパクトカセットテープをイメージするかもしれませんが、ここではオープンリールと呼ばれている大型のテープレコーダーについて、その歴史を追ってみたいと思います。
■ 1928年 テープレコーダー フリッツ・フロイメル(ドイツ)
テープレコーダーは1928年にドイツ人技術者フリッツ・フロイメルが初めとされています。当時世界的に使われ始めたワイヤーレコーダーは、巻きが乱れたり、切れた場合は溶接するなど、取り扱いが難しい面がありました。フロイメルは、ワイヤーレコーダーの欠点を克服し、メディアが軽く、加工もしやすいテープレコーダーを考案します。磁性粉末をフィルムや紙に定着させるという、現在の磁気テープ技術の基礎を固めて行きます。この時期は、すでに真空管技術も利用できるようになり、増幅装置も作れたので、磁気録音装置を開発する下地は出来ていたと言えます。しかしテープの質は悪く、音質も芳しくありませんでした。
■ 1931~1935年 AEG社、BASF社(ドイツ)マグネトフォンK1型
AEG社(ドイツ)がフロイメルの特許を買い、本格的に磁気録音の開発を推し進めます。テープレコーダーに必要な基本技術はAEG社によって確立されます。
テープの開発は化学メーカーのI. G. ファーベン社(後のBASF社)(ドイツ)が担当し、実用的な磁気テープを完成させています。酢酸セルロースベースに酸化鉄という組み合わせです。
1935年には「マグネトフォンK1」を発表しています。数年でドイツ国内の放送局のほとんどに導入されて行きます。
■ 1942年 高音質の決め手、交流バイアス
交流バイアスを採用し、音質が劇的に改善されます。戦時中ということもあり、その情報はドイツ国内から出ることはありませんでした。テープレコーダーは、ラジオ放送で活用されますが、他国からは、生放送にしか聞こえなかったと言われています。このことからも圧倒的な高音質を誇っていたことがわかります。
磁気録音の高音質化に欠かせない交流バイアスは、世界中で情報共有もない中、多発的に発明されました。交流バイアスそのものは、1920年代から研究されていましたが、磁気録音向けという訳ではありませんでした。アメリカでは1930年代にワイヤーレコーダー向けに交流バイアスが採用され、音質改善を行っています。ドイツでは1940年に交流バイアスによる音質改善を行っていますが、これは偶然の事故からのスタートだったようです。日本では1930年代に東北大学の永井健三がワイヤーレコーダー向けに交流バイアスの実験をして特許を取得しています。
■ 交流バイアスの仕組み
音声信号を使って磁気テープを磁化させようとしても、ヒステリシス曲線が直線的ではないため、忠実に音を記録できません。磁気テープは一定以上の磁力がないと磁化されないということです。そこで音声信号に交流を混ぜることで、常に磁化できるレベルにすることができ、音声信号を磁気テープきれいに記録することが出来るようになります。交流バイアスの周波数は音声信号の高周波と干渉しないように、50k~100kHzが使われています。
■ 日本メーカーの参入
戦後になるとドイツのテープレコーダー技術が世界に知られ、ワイヤーレコーダーよりも高音質だということで、世界的にテープレコーダーの研究開発がスタートします。
1950年代に、東京通信工業(ソニー)は、ほとんど情報が無いにも関わらず、テープレコーダー市場に参入し、テープ開発まで行います。音質の決め手である交流バイアスの永井特許も日本電気(NEC)と共同で買って利用し、他社よりも一歩先に実用製品の開発に成功しています。
80年代では、携帯型テープレコーダーのことを「デンスケ」と呼ぶことがありました。「デンスケ」とは、1949年から新聞に連載されていた横山隆一の漫画のタイトル及び主人公の名前です。街頭インタビューするためにソニーのテープレコーダーを持ち歩いていたことから、いつの間にかポータブルテープレコーダーが「デンスケ」と呼ばれるようになります。後にソニーが商標登録しています。
■ オープンリールの規格
各国、各メーカーがテープレコーダーをバラバラで開発していては、市場拡大の妨げになるため統一されていきます。オープンリールは、アメリカのNAB規格に準拠するようになります。ソニーも、はじめ自社テープは6mm幅で作っていましたが、1/4インチであることを知ってから6.35mmに変更しています。
テープ幅
テープ幅(インチ) | テープ幅(ミリ) | |
1/4 | 6.35 | 一般向に売られていたサイズ |
1/2 | 12.7 | マルチトラック用 |
1 | 25.4 | マルチトラック用 |
2 | 50.8 | マルチトラック用 |
送りスピード
速度インチ/秒 | 速度センチ/秒 | |
3.75 | 9.525 | |
7.5 | 19.05 | 低速度 |
15 | 38.1 | 標準速度 |
30 | 76.2 | 高速度 |
トラック数(1/4インチの場合)
トラック数(1/4インチ) | |
2 | ステレオ片方向、もしくはモノラルを往復で利用 |
4 | 4チャンネルを片方向、もしくはステレオを往復で利用 |
ステレオ化の波は1950年代に訪れていて、テープレコーダーは、その特性から、いち早くステレオ化を実現しています。
■ 音質
よく知られているコンパクトカセットテープの音質と比較すると、圧倒的な音質差を感じると思います。テープ幅と、送りスピードが違うため、記録面積が広く、情報量の差が大きいためです。また同時にダイナミックレンジも拡大し、ノイズに関しても有利になります。オープンリールではノイズリダクションがなくてもノイズはあまり気にならないはずです。オープンリールはアナログ磁気録音の最高峰と言えます。
■ その後
オープンリールのテープレコーダーは高価で、大きく、扱いにも気を使うため、手軽な代物ではありませんでした。音質を重視するプロフェッショナルな分野での利用が大半でした。一方、1960年代にコンパクトカセットテープが登場すると、安価、小型、使い勝手がよいことから一般に普及して行きます。いつしかテープと言えば、カセットテープを指すようになりました。
プロフェッショナルなアナログ磁気録音は1980年代後半から、徐々にデジタル録音に置き換えられて行きます。オープンリールデッキの製造も国内は1990年前後で終了しています。2000年以降にもなると骨董品扱いされて、修理メンテしているのを横目で見ていたこともありました。テープの入手も現在では難しく、ほとんど生産されていません。それでもオープンリールの魅力は、デジタル時代になるほど、失われるどころか見直されて行きます。音楽制作がPC上で行われるようになった現在では、テープエミュレーターとしてアナログ感を出すためにバーチャル上で復活しています。テープコンプレッションと言われるコンプ効果は、やはり独特な魅力があります。
次回は1960年代から世界に一気に普及し、現在でも実用品として売られているコンパクトカセットテープについて書きたいと思います。
コラム「sound&person」は、皆様からの投稿によって成り立っています。
投稿についての詳細はこちら