今回取り上げるのはキーボーディスト、ヤン・ハマー(Jan Hammer)です。ジョン・マクラフリン(John McLaughlin)率いる「マハヴィシュヌ・オーケストラ(Mahavishnu Orchestra)」、ジェフ・ベック(Jeff Beck)の「ライブワイアー(Jeff Beck with the Jan Hammer Group Live)」などに参加したギタリスト・・・ではなく、鍵盤屋です。
ヤン・ハマー資料
ヤン・ハマーはチェコ出身のキーボーディストでバークリー音楽院に学んでいます。1970年代前半、速弾きギタリストのジョン・マクラフリン率いるマハヴィシュヌ・オーケストラに参加。シンセサイザーによるギターライクなプレイで名を馳せました。
ヤン・ハマーはジャズやロックの著名ギタリスト達と共演し、シンセサイザーでギターそっくりなフレーズを弾いたことが評価されました。ジェフ・ベック、アル・ディメオラ、カルロス・サンタナ、ニール・ショーン、スティーヴ・ルカサー、増尾好秋など、多くのギタリストから声がかかりました。また、『特捜刑事マイアミ・バイス(Miami Vice)』のサントラではグラミー賞も受賞しています。
ヤン・ハマー / 使用機材
マハヴィシュヌ・オーケストラ、ジェフ・ベック共演当時 ミニモーグ・シンセサイザー、フェンダー・ローズ・エレクトリック・ピアノなど。

MiniMoog synthesizer(イメージ)
ヤン・ハマーの音楽性
シンセサイザーは鍵盤楽器ですから、ギターを真似るという発想は当時のキーボーディストにはありませんでした。そもそも、鍵盤楽器がギターの真似をしたところで意味がありません、ギターのフレーズはギターで弾けばいいからです。ところがヤン・ハマーはこの概念を見事に覆しました。
ヤン・ハマーのギターフレーズはどこからくるのか?

〇 ピッチベンドホイールとモジュレーションホイール(ヤマハMODX6)
ヤン・ハマーのギターライクプレイの核となるのがミニモーグ・シンセサイザーの鍵盤左側にある2つの円盤(ホイール)です。上記の写真はヤマハのシンセサイザーのものですが、同様の白いホイールがミニモーグの鍵盤左側についています。
左側のホイールを指で上に上げると音程が上がり、下側に下げれば音程が下がります。右側のホイールは上げるとビブラートやトレモロがかかります。ハマーはこの2つのホイールを巧みに操作し、ミニモーグでギターフレーズをシミュレートしました。
他のキーボーディストもこのホイールを使っていますが、ハマーが凄かったのはホイールでギターと寸分変わらぬチョーキングやビブラートを表現したことでした。ライブでは意識して聴かなければ、ギターかシンセなのか、ほとんど区別がつきません。
■ 推薦アルバム:『虚無からの飛翔(Between Nothingness & Eternity)』(1973年) ジョン・マクラフリン & マハヴィシュヌ・オーケストラ

推薦曲:「トリロジー(Trilogy)」
マハヴィシュヌ・オーケストラのライブアルバム。「トリロジー」ではヤン・ハマーとジョン・マクラフリン、ヴァイオリニストのジョニー・グッドマン3者が火のでるような掛け合いを繰り広げます。この勢いこそが、マハヴィシュヌ・オーケストラのライブにおける聴きどころで、ハマーのフレーズ、音、タッチ、全てがギターそのものです。
シンセサイザーの音の立ち上がりと減衰を決めるエンベロープ・ジェネレーター(ADSR)でギターの特性である立ち上がりの鋭さを決めるアタックタイムを0、音が切れた後のリリースタイムも0にすることでギターをシミュレートしています。この音にディレイ(当時はエコー)をかけると「ペトペト」したギターを弾いた時の音を真似することができます。そこにミニモーグホイールの操作をすればギターサウンドになりますが、そこに卓越した技術がなければギターのようには聴こえません。ギターのニュアンスを出すにはタイミングがすべてなのです。ライブアルバムではこのホイールの習熟度が「火の鳥(Birds of Fire)」よりも向上しているのが良くわかります。また、ドラマーのビリー・コブハムの手数とパワーにも注目です!
■ 推薦アルバム:『ライブ・ワイアー(Jeff Beck with the Jan Hammer Group Live)』(1977年)

推薦曲:「フリーウェイ・ジャム(Freeway Jam)」「スキャッターブレイン(Scatterbrain)」「ブルー・ウィンド(Blue Wind)」
ジェフ・ベックの「ライブ・ワイアー」では、ヤン・ハマーが奏でるギターフレーズの完成形を聴くことができます。このライブを聴くと曲によってミニモーグの音を変えていることが分かります。フリーウェイ・ジャムではミニモーグのノコギリ波、この音が一番鋭い音。ブルー・ウインドではノコギリ波でなく、矩形波(管楽器系の音)を使っています。ライブ・ワイアーはマハヴィシュヌ・オーケストラのライブよりも音が整理されているため、ハマーの音の違いが分かります。スキャッターブレイン後半ではベースのチョッパーソロを思わせるミニモーグのソロが聴けます。ギターだけでなく、ベースにもその領域を広げたハマーの創造性を垣間見ることができます。
今回取り上げたミュージシャン、アルバム、曲名、使用シンセサイザー、キーボード
- ヤン・ハマー
- アルバム:/「虚無からの飛翔」 マハヴィシュヌ・オーケストラ「ライブ・ワイアー」ジェフ・ベック with ヤン・ハマー・グループ
- 曲名:トリロジー、フリーウェイ・ジャム、スキャッターブレイン、ブルー・ウィンド
- 使用楽器:ミニモーグ、オーバーハイム・シンセサイザー フェンダー・ローズ・エレクトリック・ピアノなど