2022年9月、目白に誕生したライブハウス『MARK Ⅵ』。プロサックス奏者である奥野祐樹氏と松下洋氏が経営する株式会社Mouton&Companyが運営している。今回は、プレイヤーと経営者、両目線から見た音楽業界の課題と希望について松下氏が語ります。
『MARK Ⅵ』が開店して1年を迎えるにあたり、これからの方向性やカラーは決まってきたのでしょうか。
松下:最初はジャズとかロック以外のクラシックとか現代音楽とか、色々なジャンルの人ができるような場所にしたかった。それで名前も『MARK Ⅵ』にしました。
最終的にはどんな人が集まるかで、お店の色が決まってくる。それはコントロールできない部分だと思っています。
1年経って、クラシック・ジャズ・ポップスと万遍なくライブがあり、どうなっていくのか自分でも全然予測がつかない。来てくれる人で決まるのかなって思ってます。場所の力みたいな。
そういった意味では、ちょっと楽しみにしてる部分もあります。3階の事務所(ムートンストア)もそうなんですけど、当初はビジネスマンが来る場所になるんじゃないかって思ってたんですが、見事にサックス吹きばかり。それもかなりマニアックな人たちが、毎日来るようになったんで、そういう感じですね。
あとは、オリジナルドリンクとかフードメニューを、ちょっとずつ変えたり。もっと演奏以外のエンターテイメントを増やしていきたいと思っています。
オリジナルドリンクですか。
松下:ブルーキュラソーを使ったカクテルです。飲食店をやるには何か「映え」を狙わないと、というのもあって。けど、難しいですね。
フードメニューなど、演奏以外のところでも、オリジナリティを出していこうということですね?
松下:出したいなぁと考えています。今はみんなのおかげで何とかなってるんですけど。お店としての体験みたいなのがちょっと弱くて。場所として最低限の機能をこなすだけみたいになっちゃっているように感じてもいます。何かもっとわくわくするような。居心地の良さみたいなものも、よりよくできるんじゃないかなと思っています。
今年の春ぐらいまでは、ライブのない日もバー営業を頑張ってやっていましたが、結構大変でした。
お二人とも飲食業の経験は?
松下:アルバイトをしたことはあるのですが、奥野くんは無いと思います。
アルバイトの方にカウンター周りをお願いしているんですね。
松下:そうですね。バー営業をしていると、ライブを聴きに来た人は『ライブないの?』と…。ライブをしてると、お酒飲みに来た人が『今日はライブでお酒飲めないの?』という具合になってしまいまして。
本当はバー営業中も生ピアノ演奏とか、あったらいいなぁと思ってやったこともあるんですけど。
目白の人たちにとっては、店の前の通りはメインストリートといった感覚のようです。目白の道って結構くねくねしているんですけど、この通りだけはしっかりと1本道。この道を通る人は『すごい人通りだ』っていうんですけど、池袋と比較すると100分の1ぐらいの人通りという感覚です。目白という土地柄も多少は影響していると思っていて、バー営業が向いていない立地なんじゃないか、その影響も受けていると思っています。コロナ前からもそうだと思うんですけど、目白のお店って閉まるのも早い。飲食店も9時半くらいに閉まるんですよね。あとは不定休みたいな感じで。
今はライブをやっている日のみ営業しているという感じですか。
松下:そうですね。ライブの後に、バー営業をするときもあります。あとはセッションの日ですね。
誰でもドリンク一杯で参加できて、聴くだけっていうのもOKです。ライブのある日は夜11時とか12時ぐらいまで営業しています。
ライブハウスの経営は、演奏業とは違うことばかりだと想像しますが、発見や苦労はありますか?
松下:今までは、ライブハウスを探して出る側でした。それが、場所を作って、そこで吹いてもらえると、普段よりも何倍も良く聴こえる。人にもよると思うんですけれど、どんなライブでも『MARK Ⅵ』で演奏されているライブは、めっちゃいいライブだなと思うようになりました。演奏してくれるだけで嬉しい。それは、子どもが生まれたときの母親のような感覚に近いと思います。
クラシックはホール代が高くて、1回やるのに20万とか30万とかかかっちゃう。もっと手軽にできる場所があればと聞いていたのですが、いざ場所を作って、ぜひどうぞって言ったらやらないんですよね。そういう人達って。
金額の問題ではない、と。
松下:ジャズミュージシャンはお客さんがいる・いないに関わらず活発にライブをやっていて、それがルーティンワークになっている。クラシック系の人たちは、タダでもやらない人はやらないみたいな。やる人はホール代高くても、どんな状況でもやるし。それは実感しましたね。
ジャンルの傾向というか、何かあるんでしょうか。
松下:いい話ではないんですが、ミュージシャンには2種類いると思っています。雇われフリーランスと、アーティスト活動をするフリーランス。
雇われフリーランスのミュージシャンってすごい多いんですよね。会社員のような要素を求めてる。例えば、タダでいいから、自分の好きなことやってチケット収益上げてくださいって言うとやらないけど、1万円あげるから出てくれない?っていうと、全員出るみたいな。自分の労働に対して報酬が保証されてるときはどんなに安くてもやってくれるんです。
でもそれを自力でっていうと、やらないタイプの人がすごい多い。なので、そこは想定外でしたね。
クラシックの人にも、もっと使ってほしいと。
松下:クラシックは眠くなるイメージがあるんですけど。実は、近くで聴くとエネルギーに圧倒されて、全然眠くならないんです。
クラシックはホールで100人、200人集めないといけないプレッシャーがあったり、100人のホールでお客さんが10人だと、寂しく見えてしまうみたいなところの恐怖でやれない人がいると思っています。
『MARK Ⅵ』だと、10人いれば十分。そういう場所は、クラシックには無いに等しいんですよね。
いま『MARK Ⅵ』を利用されてるお客様は職業音楽家の方が多い印象ですね。
松下:アマチュアでやってますっていう人は、ほとんどいないかもしれないですね。理由は分からないんですけど。
アマチュアの方でも気軽に出演して問題ないでしょうか?
松下:もちろんです。アマチュアの人まで、まだこの場所の情報が届いていない気がしています。
小規模でできるっていうところが『MARK Ⅵ』のメリットですね。
松下:チラシ(フライヤー)を制作するサービスもやっています。なので、チラシを作ったことがない人でもぜひ。気軽に生活の一部として音楽を楽しめるようにと考えてます。
お店的にはもう赤字ギリギリでやっています。普通だと駅近のライブハウスは1回やるのに8〜9万円かかる。そうすると満員でも赤字、そういう図式のところってすごく多いんですよね。ホールでも、1回借りるのに100〜150万位かかる。そうするとお客さんをフルで入れても、全然手元に残らないみたいな。それは大げさですけど。
都内のコンサートホールは、採算が取れないところが多い印象です。採算を取るためにはチケット代5000円、6000円じゃないと。みんなもうプロモーションだと思って、赤字でやっているみたいな状況なんです。
『MARK Ⅵ』はドリンク代の収益もあるんで、なるべく安く、ミュージシャンの手元に残せるようにと思ってやっています。
音楽業界って集客とかいろんな課題があるんですけど、自分も常にそういう状況だったので、ミュージシャンだけが泣く店にはならないようにしたい。例えばお客さんが2人しかいない状況でも、ミュージシャンだけに全責任を負わせない、そういう場所にしていきたいと思っています。
過去のご自身の経験も踏まえて、お互いwin-winになるようなやり方を取っているということですね。
松下:場合によってはロス-ロスみたいになりますけどね(汗)。ミュージシャンもお店も集客できてないときもあるんですけど、それはもうお互い様。場所だけ提供して終わりでなくて、一緒にミュージシャンを応援するライブハウスにしたいです。
音楽の発展のために、何が出来るのかを考えたときに、最終的にたどり着いた答えは、いい演奏を届けることでした。それをミュージシャンと協力して、そういう方向のライブハウスを作りたい。それは全て経験から来ていると思います。貸すけどノータッチということはしません。
クラシック系のホールによくあることなんですが、例えばA2サイズのポスターを貼れる場所なんてどこにもないんですよね。楽器店も貼ってくれない。それは自分たちで自分たちの首を絞めることになるんじゃないかと感じています。
『MARK Ⅵ』のプロモーションは、SNSが中心になるんですか?
松下:目白駅に広告は出していますが、それぐらいです。あとはSNSですね。
メインはTwitter?
松下:はい。あとはInstagramですね。
チラシを作って、挟み込みたいと思っていますが、そこまで、手が回っていない状況です。やろうやろうと思ってることは山ほどあるんですけど、そう思ってるうちに1年経っちゃうみたいな。
あとこれは、業界の一番の課題だと思っているんですが、告知ではなく通知するアプリが必要だと考えています。近くを通ったらお店が通知されるサービスです。やろうとしたんですけど、ちょっとお金がかかりすぎました。ライブハウスが、あるいは身近に情報を見れるようなものが、あったらいいなと思っています。
サウンドハウスでもサウンドナビというライブ情報を検索出来るサービスをリリースしました。ライブ情報を検索したり、場所からも検索できて、情報を求めてる人と来てほしい人とを繋げるサービスです。機能も徐々に追加してる状況なんですけど、まさにそのような構想で始まりました。
松下:集客に一番効果的なのが、本人からの声なんですよね。それは告知というよりも通知に近いと思っています。リマインドと通知の機能を集客に活かせれば、全然違うんじゃないかと。
なるほど。
松下:コンサートは通知機能が無いんです。今の時代には通知がマッチしていて、それができたら……と、いつも考えてます。
今ある形を続けていくよりも、時代に合ったやり方で成長させていく方向で取り組んでらっしゃるんですね。この音楽・楽器業界が経済的にもより良い方向で発展していく形を目指しているという。
松下:サックスを吹いても人を楽しませるだけで、社会が良くなる実感は全然ない。例えば、周りにも山ほどサックス吹きがいますが、なかなか芽が出ない人もいます。でもその人たちも素敵なところがいっぱいあるから、一緒に有名になって、音楽活動をしたいと思って、頑張りましたが上手くいかなかった。なので、小規模でも、ライブができる場所を作るのがベストなんじゃないかと。
そういう社会を作らないといけないと思っています。演奏家として頑張って何とかなるのは、ワリと当たり前。頑張れない人っていっぱいいるので、そういう人が、楽しく演奏活動をするには起業するしかない。
例えばチャーリー・パーカーのような音を出したい人ってすごく多い。でも、自分が出したいのはチャーリー・パーカーの時代には無い道具を使って、その時代の人たちが想像もしないことができるという方向なんです。それは音楽も、起業もそうです。
経営の才能がないと言われることもあるんですが、誰も行ったことが無いところを率先して行くタイプなんです。新しいものを発見するとワクワクする。なので、機材屋さんじゃなくてよかったって思いますね。多分、マイクを買いまくると思います(笑)
奥野祐樹
神奈川県横浜市出身。
12歳からサクソフォンを始める。
神奈川県立横浜平沼高等学校を経て、昭和音楽大学音楽学部器楽学科弦管打楽器演奏家コース卒業。卒業時に読売新聞社主催の新人演奏会、同伶会湘南支部新人演奏会に出演。在学中より、佐渡裕氏監修の富士河口湖音楽祭、JTアートホール「期待の音大生によるアフタヌーンコンサート」など様々な演奏会に出演。
ザルツブルク=モーツァルト国際室内楽コンクール2015にてサクソフォーンとして初の第1位、グランプリ受賞。副賞として、レリンゲン音楽祭(ドイツ)に参加し、総スタンディングオベーションを受ける。
平成28・29年度公共ホール音楽活性化アウトリーチフォーラム事業愛知セッション派遣アーティスト。
サクソフォン四重奏団「Adam」メンバー。
これまでに、サクソフォンを大森義基、室内楽を栄村正吾、有村純親、松原孝政の各氏に師事。アレクサンドル・ドワジー氏、モーフィンサクソフォンカルテットによるマスタークラスを受講。
現在、ソロ、アンサンブル、吹奏楽などを中心にジャンルを問わず演奏活動を展開するほか、各地でのアウトリーチやTV CM音楽のレコーディング、作・編曲など様々な音楽活動を行っている。
松下洋
彼は私の名を冠する国際コンクールにおいて見事に勝利し、その人格の豊かさを世界に証明した。生れながらのアーティストであり、私はその輝かしい未来が来ることを確信している。私は自信を持って彼を薦挙します。
ジャン=マリー・ロンデックス
世界中でネクストエイジを象徴すると称されるサクソフォン奏者。主としてソロで活動、超絶技巧のコントロール駆使し多種多様かつ膨大な量のレパートリーを擁す。新曲発表および初演に多く携わり、独自奏法の開発や失われつつあるCメロサックスの復旧など、21世紀の聴衆の興味を惹く新企画の実施に余念がない。洗足学園音楽大学非常勤講師、TokyoRock'nSAX主催。
https://mark6mejiro.com/